第20話 玉石会議
「おーし。大体揃ったから玉石会議始めるぞー」
そんな間の抜けた声が王城の一室に響き渡った。
オウルファクト王国中央にある王城の会議室。そこに五人の男女が、円卓を囲んで座っていた。
始めに声を上げたのは野性的な外見の、三十代ほどの偉丈夫。彼は椅子に背を預け、くつろいだ様子であるにも関わらず、にやにやと顔に不敵な笑みを浮かべ、背後に劫火を背負っているかのような覇気を背負っていた。
それもそのはず、彼こそはこのオウルファクト王国の若き国王にして、八年前の帝国との戦争では圧倒的戦力差をひっくり返し停戦にまで持ちこんだ生きる伝説“赤の玉石”グランヘルム・レクスティア・オウルファクトだ。
向かい合う者全てを従えんとするほどの王威を持つグランヘルムだが、その性格は非常に鷹揚である。言い方を変えれば大雑把だ。
細かいことを気にせず、使えると思った者は何でも使う。些末な形式や礼式など路傍の石ころ程度にしか思っていない彼は、年配の貴族からは嫌われているが、若い貴族からは多大な支持を得ている。彼を嫌う貴族たちですら、グランヘルムの才覚を見れば口をつぐまざるを得ない。
誰もがグランヘルムを上位者として見る。グランヘルムも力量のない人間を、自分と同一と見做すことはありえない。しかしそんな彼と対等に円卓に座る者がこの場に四人。
「んじゃ一応出席とるわー。リリアーナ」
「はい」
グランヘルムの右隣に座り、艶やかに頬杖をついて返事をするのはグランヘルムの妻であり、また“白の玉石”であるリリアーナ・ウァンティア・オウルファクト。漆黒の髪と淡い紫の瞳以外を全て白で彩った彼女はグランヘルムに委縮する様子もなく、その隣に座している。
その姿は優美で、一輪の花のようだ。しかし彼女は外見こそ一輪の花であっても、敵軍を一人で壊滅させるだけの力を持つ。
「ほーい。次エクス」
「はっ!」
リリアーナの隣、グランヘルムから見て右斜めに座しているのは壮年の厳格そうな面持ちの男だ。
彼の名前はエクス・ナイツナイツ。“青の玉石”であり、王国が二振り所有する魔剣の片方、原典“節制”の持ち主にして、“騎士の中の騎士”とまで言われる人物である。
彼は姿勢正しく座り、ゆるく目を瞑っている。
「ういうい。そんでイラ……は例によって欠席だな。委任状も預かってる。いい加減あいつもここに来ればいいのにな」
「王。彼は罪を犯し、その罰として辺境にいるのです。そのような不用意な発言は……」
「いいんだよ。もう八年だぞ、八年。いい加減あいつに任せたい仕事もあんだ。ちょくちょくリリーが仕事振ってるみたいだけどよ、あいつを遊ばせておく余裕が王国にあんのか? ん?」
「しかし罪は罪で、罰は罰です」
グランヘルムとエクスは目線で火花を散らせる。エクスは“騎士の中の騎士”と呼ばれるだけあって、グランヘルムに無二の忠誠を誓っている。だがそれは王の言葉に全て頷くということと同義にはならない。
エクスは自分の価値観に従って、間違っていると思ったことは臆せず口にする。その度にエクスはグランヘルムやリリアーナと対立するのだが、それでもエクスが解任されないのは彼が慣例を無視しがちな王と妃のストッパーになっていると、他ならぬ二人が理解しているからだ。
だからこそ、グランヘルムもリリアーナもエクスを重用しているし、彼に絶対の信頼を置いている。
「確かに罪には罰だ。だが時に罰を与えること以上に大事なことだってあるだろ」
「……たしかにそうでしょう。ですが、ほかならぬイラ自身があそこを離れるのを嫌っているのではありませんか? 私はイラの意思を考えた上で、王都に呼び寄せることに反対します」
「ふむ。そうだな。ならイラが王都に来たいって言い出したらまた別なわけだ」
グランヘルムはエクスの言葉を聞いて、不敵な笑みを深める。
「? そうですね。ですがそれだけでは足りません。もし彼が王都へ向かうと言うのなら、私が彼を見定めることにしましょう」
「そうかい」
グランヘルムはそれを聞いて、クックックと人の悪そうな笑みを浮かべた。何やら不穏なものを感じて、エクスは眉を顰める。
「まぁいいや。次フィリーネ」
「は、はひ!」
欠席しているイラを飛ばしてグランヘルムの左斜めに座っているのは、金髪翠眼の見目麗しい少女だ。少女はこの場にいることがおこがましいというような顔で、びくびくおどおどしている。
「そんなにおどおどせんでいいぞ。ここは皆対等の場だからな。俺のことは知り合いのおじちゃんくらいの感覚でいいんだよ」
「で、でもそんなこと……無理ですぅ!」
肩を縮めているフィリーネの声が裏返った。そんな様子も天使のように愛らしい。グランヘルムはそんな彼女を見て、なごんだ様子で目を細める。
「はは。ところで騎士学校はどうだい?楽しいか?」
平民であるのに王と対等に口を利けと言われたフィリーネは今にも泣いてしまいそうな顔をしている。エクスが頭の痛そうな顔をする。
「楽しい、といえば楽しいですよ。その……変な、人とかもいましたけど」
「変な奴? 誰だそいつはフィリーネは俺らの娘みたいなものだからな。ちょっかい出すやつはこの俺が直々に成敗してくれる!」
「ひ、ひえっ! やめてあげてください!」
フィリーネの目には涙が浮かんでいた。
「はぁ。グラン。心配しなくてもその子は色々と難があったから、騎士学校から一度出してイラのところに送ったわよ」
「ん? あー! そいつのことか! 確か異世界から来たって言い張るおかしな奴!」
それを聞いて、グランヘルムはがっはっはと高らかに笑う。
「大体フィリーネにちょっかい出せるような人は騎士学校にいませんしね……」
リリアーナがぼそっと呟く。事実、騎士学校にいる生徒のレベルでは、フィリーネにかすり傷ひとつ負わせることもできない。それほどまでにフィリーネの防御技術は逸脱している。攻撃力は玉石中最下位でも、守りに関しては他の追随を許さない。
玉石ですら、フィリーネに手傷を負わせることは不可能に近いのだ。
「はっはっは。ところで、うん。フィリーネは相変わらずだな」
「はい?」
「いや、その……」
グランヘルムの目線がフィリーネの顔の下。無論その慎ましやかな胸にではなく、フィリーネが着ている服に向けられた。
グランヘルムの視線に気づいて、フィリーネの周りの空気が揺らいだ。同時に、玉石の全員が反射的に身構える。
フィリーネから発せられたのは間違いなく殺気であった。
「え? 何ですか?まさか国王陛下は私のメイド服にケチをつけるつもりですか? まさかそんなことありませんよね。“赤の玉石”“紅蓮の王”と名高いグランヘルム・レクスティア・オウルファクトともあろうお方が、同じ玉石の服装に物言いをつけるわけないですよね。それに国王がこのメイド服のすばらしさを理解していないはずがありませんよね。よく見てくださいこの白と黒の二色で構成された完成された美を。実用にも鑑賞にも耐えうる衣服なんてメイド服以外にはありえないんですよ? あってはならないんです。ありえません。私は断固として認めません。メイド服以外を否定するつもりこそありませんけど、メイド服が至高にして完璧であることは絶対に否定させません。ありえません。論外です。そんなことを私に直接言う人がいたら私が直接言って聞かせましょう。きっと十時間くらい話せばメイド服のすばらしさを理解してくれると思いますし。涙を流して、口からメイド服への賛美を語ってくれるようになる自信があります。あれ? さきほどもグランヘルム様は自分のことを近所のおっちゃんくらいの考えでいいと言っていましたし、まさかその言葉を吐いた舌の根が乾かぬうちに、この私にメイド服を脱げだなんて……」
「落ち着けフィリーネ」
「あっ……すみません」
「いや、俺も……何かすまん」
フィリーネはその妖精のように見目麗しい外見とほわほわした雰囲気を除けば、ごくごく普通の女の子だ。だが彼女は精霊術以外でもう一点、異彩を放っているところがある。
それがメイド服。
そう、フィリーネはなぜかメイド服を着ていた。特別彼女はメイドをしているというわけではないし、両親がメイドや執事だったわけでもない。フィリーネは裕福とはいえ平民の出である。メイドと何ら関わりのない生活を送ってきたにも関わらず、フィリーネは頑なにメイド服を脱ごうとはしない。基本臆病で強く言われたら断れない性格なのに、メイド服に関することだけは誰に言われようが譲らない。
三度の飯よりメイド服を愛しているのが“緑の玉石”フィリーネ・トーラナーラという少女だ。わずか六歳にして、王都の守護をたった一人で担った守りの精霊術のエキスパートである。
「はは……。んじゃ最後ニントス」
「はぁーい。ようやくあたしの名前を呼んでくれたわねグランちゃん。相変わらず渋い声で素敵! 抱いて!」
「お、おう……そのうち、な?」
立て板に水な言葉に、グランヘルムの不敵な笑みが崩れた。頬が引きつり、目を左右に泳がせている。
「約束よぉ。もう!その言葉何度目かしら。あたし悲しい!でもいいの。つくすことこそが女の幸せだ・か・ら♡」
「……」
「……」
「……」
「うふ♡」
ニントスの絡みつくような声に全員が沈黙した。ニントスは黙り込んだ玉石を見て、何を思ったか体をくねくねさせている。
重々しい沈黙が場に満ちた。厳格なことで有名なエクスですら、ニントスと目を合わせまいと顔を不自然に逸らしている。フィリーネは現実逃避のようにメイド服の素晴らしさを呟いているし、リリアーナもしきりに紅茶を啜っている。
ニントスは婀娜っぽい視線を隣に座るグランヘルムに送り、長いまつげのある目でバチンとウインクした。それを受けてグランヘルムは空を(天井しか見えないが)仰いだ。
ニントスは細身の体に黒のスラックスに同じく黒のサマーセーター、そしてセーターの上に研究者らしく白衣を着込んでいる。齢はもう三十代の半ばを超えようとしているが、本人曰く「美容には気を使っている」とのことで、若々しいというか、立ち振る舞いには十代の活力がみなぎっている。
気を使っている成果が現れているのか肌は瑞々しく、それでいて適度に焼けているので健康的だ。指先もしなやかで細かなところまで体に気を使っていることが分かる。
ニントスは女ならさぞモテるであろう人物である。そう、彼が女であれば。
ニントスは生物学的には三十代後半の男、しかしその魂は彼曰く「十代の乙女」らしい。そのため性的趣向は男に向き、美容関係の関心の高さは王都の女性顔負けである。
ただアクの強い性格である反面、非常にマルチな才能を持っていて、精霊術研究から精霊器作成に始まり、国策や農業改革、経済政策、料理に至るまで多種多様な方面で活躍している。
そして他者の心を労わる精神も持ち合わせていている。狂気に落ちたイラとまともに会話できたといえば、そのほども知れるだろう。
赤の玉石“紅蓮の王”グランヘルム・レクスティア・オウルファクト。
白の玉石“愛しき永遠”リリアーナ・ウァンティア・オウルファクト。
青の玉石“騎士の中の騎士”エクス・ナイツナイツ。
緑の玉石“風結城塞”フィリーネ・トーラナーラ。
黒の玉石“天転壊界”ニントス・ラン・スピーナル。
そしてこの場にいない黄の玉石“透徹の暴霊”イラ・クリストルク。
彼らがこのオウルファクト王国の最高戦力たちであり、一人で数千もの帝国兵と対等以上に渡り合える力を持った「化け物」たちである。
「それじゃあ玉石会議を始めようか。今日は定例報告以外にも、イラから最高におもしれぇ報告があったからなぁ。……荒れるぜ?」
リリアーナが飲んだ紅茶のカップを机に置いた。そのコトンという音と共に、グランヘルムが緩んだ場の空気を一掃する。ニントスが図らずとも作り上げた嫌な沈黙は消え、代わりにビリビリとした緊張感が部屋に満ちた。フィリーネですら、先ほどまでのおどおどさが消えている。
不敵なグランヘルムの言葉に、玉石たちは身を引き締めた。
*
会議が終わり、グランヘルムは意気揚々と。リリアーナは鼻歌を歌いながら、しかし目に険をにじませて。エクスは頭を抱えながら。ニントスは何を考えているか分からない表情でそれぞれ出て行った。
そして会議室に一人残ったフィリーネは、本来いないはずの六人目の参加者に問いかける。
「ねぇシイナちゃん。イラさん、どんな様子だった?」
「そですね。元気そでしたよ」
「そっか。良かった」
会議室にはフィリーネ一人の姿しかないが、聞こえてくる声は二つ。一つは“緑の玉石”フィリーネのものだが、もう一つは“影衆”筆頭代行シイナのものだ。
「それにしてもすごい隠形だよね。いることは分かっても姿が全然見えない」
「それ、いうならフィリーネも。刀が当たる気、しないし」
「あはは。私にはそれくらいしか取り柄がないから」
二人は少女同士らしいフラットな口調で、しかし物騒な内容の会話を続ける。
フィリーネとシイナ。二人は騎士学校の同級生だ。とは言っても、フィリーネはともかくシイナは騎士学校に在籍していると認識されていない。しているのは騎士学校に関わっている玉石の二人だけである。
シイナはリリアーナが配置した、騎士学校におけるいわば「教師の試験官」を担っている。教師が不穏な動きをしていないか、癒着や悪い慣例が生まれていないか、あるいはシイナの存在に教師が気づけるか。
“影衆”としての任務がない限り、シイナは騎士学校の膿を取り除くための機能を果たしているのだ。そして彼女自身、ずば抜けた能力と実績を示して、玉石たちから高い信頼を獲得している。
ちなみに玉石会議に“影衆”のシイナがいることは暗黙の了解とされている。玉石会議で決定したことは“影衆”の任務に影響してくるからである。またさりげなく玉石たちのお茶出しなどもシイナがしているので、どうしても存在しない六人目の存在は知れる。
「じゃあイラさんのことよろしくね」
「うん。言われるまでなく」
玉石会議で決まった事項。それには帝国と隣接する新ロエ村も関わっている。むしろ舞台と言ってもいいだろう。イラが報告してきた大罪の魔剣“色欲”の原典によって作りだされた怪物。それとイラが行った概念爆発の影響の調査に王国軍兵士と騎士が向かうことになった。
そこには目付としてシイナも同行することになる。
「また」
「うん。また」
そして王城にあってイラを慕い、心配する二人の少女のなりをした「化け物」も会議室を後にした。
今回出てきた玉石の六人。フィリーネとニントス以外はシリーズの短編で主人公をやってるので、よろしければそちらも是非。
ちなみに“緑”のフィリーネは作者のお気に入りです。




