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第19話 かくして二人は出会った


「遅い、です」

「かはぁ……!」

 イラが目を開けると外で誰かが戦っている音が聞こえてきた。


「俺は」

 激しい頭痛をこらえつつ、イラは気を失うまでのことを思い出し、顔を大きくしかめた。


「丸見え、です」

「ちょ、ま!」

「どこねらてる、ですか? おめめ、つてます?」

「うっせぇよ!」

「話す暇あたら、腕動かすいいですよ」

「おげぼっ!」


「精霊術の行使で気を失うなんて、情けない」

 ひどい頭痛は限界ギリギリまで精霊術を使った証拠だ。イラは深いため息とともに肩を落とす。ところでさっきから庭で聞こえてくるこの声はなんだろう。イラはこっそりと窓から外の様子を覗きこんだ。


「これは」

 庭ではマコトともう一人、服装から察するに“影衆”の者が戦っていた。二人の口ぶりからして本気の戦闘ではなく模擬戦。それも武器の性能に頼らない単純な技量による戦いのようだ。


「ほっ! ほっ!」

「う、く」

 戦いは少女の方が優勢のようだ。“影衆”の少女は身軽な動きでナイフを振るい、マコトを翻弄(ほんろう)している。マコトも剣で応戦しているが、如何せんフェイントやだましに引っかかって実力を出しきれていない。


 否、少女がマコトの力を引き出させていないのだ。


 相手の心理を読み解き、嫌がる動きをして力を発揮させない。まさしく隠密、暗殺者の戦い方である。

 二人の邪魔をするのも申し訳ないので、イラは窓からこっそりと二人の様子を眺める。すると少女がイラの視線に気づいたようで、一瞬だけイラの方を向いて目元だけで頭を下げた。


「そこだぁ!」

 そこを隙と見たかマコトが少女に迫り、鉄剣を真横に薙ぐ。イラはおやと目を見開いた。

「随分といい剣を振るようになりましたね。あの怪物と戦ったからでしょうか」

 あの不愉快極まりない帝国の作った怪物にも、少しはいいところがあったらしい。マコトからは今までどうしても消えなかった傲慢さや鼻につく幼さが抜け、素直で実直な雰囲気が表に出ている。


「あまいですよ」

 フッとマコトを鼻で笑い、少女は真琴の一閃を後ろに倒れることでかわした。その流れで両手を地面につき、逆立ちの要領でマコトの顎を蹴り上げる。

「ぐが!」

「これでしまい、です」

 そして両手を突き出して空中に体を浮かせ、ひねりを加えて体勢を変える。少女はマコトの首に飛びつき、全身を使ってギリギリと締め上げた。


「これがしごと、なら、首、とくに折れてるで、すよ?」

「お……ご、降参、降参するから首絞めんな!」

「りょ、です」

 マコトが少女の太ももにパンパンと手を置きながら言うと、少女は自慢げにマコトから離れ、そしてイラの方へ向かって「おはようございます」とあいさつをしてきた。


「お、おっさん!? 起きてたのかよ! ていうか見てたのかよ!」

「はい。邪魔するの悪いですから」

 玄関から庭に出ながらイラは答える。「あーもうっ!」とマコトが頭を抱えた。


「ところで自分が気を失った後どうなったか教えてもらえますか? 何もイレギュラーなことが起きていなかったらいいのですが」

「起きたよイレギュラー。あの怪物生きてたぞ」

「え゛」

 マコトの答えに頬が引きつる。概念爆発はイラの使える最も破壊力のある精霊術だ。それを受けてなお、滅びていないというのは異形を通りこして素直に恐ろしい。


「ならとどめは君が?」

「私がやたです」

 イラの言葉にマコトが顔をしかめる。その代わりにと答えたのが“影衆”の少女だ。


「あなたが。というかどうしてまだここに? 自分はてっきりもうここを立ったのかと」

「たたですよ。でもなんかへな空気がしたので、かてきたですよ」

「それはまた、もしかして自分の戦い途中から見てました?」

「そですよー。危なくない位置から、じとりねとりと……見てました」


 全く気がつかなかった。さすがは“影衆”と言うべきか。戦闘中であったとはいえイラの“見霊の義眼”から逃れるとは思わなかった。この少女がすごいのか、それとも“謙譲”がすごいのか。おそらくは両方だろうけれど。


「はぁ。自分は重ね重ね情けないですね。いいとこなしじゃないですか」

 預かりものの仮弟子に大怪我を負わせ、精霊術の酷使で気を失い、しかもそこまでしたのに怪物を滅ぼせていなかった。

 だがイラの言葉にマコトと少女は呆れた顔で首を振る。

「いや、んなこというなら俺は何だよ。おっさんがいいとこなしなら俺はウンコだよ」

「イラさんかこよかたですよ?」

 少女はなぜか顔を赤らめもじもじしている。


「そんなことはないでしょう。ところで二人は自分のことが怖くないんですか?」

「怖い、ですか?」

 少女はさも不思議であると言わんばかりに首を傾げる。


「ええ。だってあんな精霊術、人の身で放っていいものではないですよ」

「そなこといったら妃さまはどうなるです?あのひとだて、やろうと思えば似たよなことできるですよ?」

「それはそうですが」

「イラさんは“黄の玉石”ですから、あれだけできて当然?です」


「はぁっ!?」


 “黄の玉石”。その言葉に反応してマコトが大声を上げた。

「ちょ、ちょ、ちょ待て待て! 玉石!? おっさんもしかしてあの妃とか、メイド馬鹿とかの同類かよ!」

「妃はともかく……メイド馬鹿?」

「知らなたですか? こゆ術式使える人、めたにいないですよ。そな人がただの精霊術士なわけないです」

「聞いてねぇんだから仕方ねぇだろうがぁー!」

 三者三様の反応が新ロエ村に響いていった。


   *


「では、私はこれで」

「はい。シイナさんもお気をつけて」

「……どもです」

 それからマコトが落ち着いたところを見計らって、イラは怪物にまつわることの顛末(てんまつ)を手紙に書き、改めて委任状も添えてグランヘルムまで送ってもらうことにした。


 “色欲”の異能で作られた存在らしきものが新ロエ村近くの森に現れたこと。


 それが黒の精霊で動き、他の生命体を吸収してその能力や特性を使えること。


 “色欲”は現在帝国所持となっているから、注意が必要であること。


 グランヘルムならこの情報を上手く活用してくれるだろう。ついでに討伐の際、六色細剣の赤の精霊結晶を砕いてしまったので、代わりが欲しいと書いておく。


 シイナは昨日と同じようにペコリと頭を下げ、姿を消した。見霊の義眼を活性化させていないイラにからすると、煙のように消えてしまったかのようにも見える。いると分かっている位置を注視して初めて薄らぼんやりと姿が確認できるくらいだ。

 シイナとは敵対したくないものだ。


「さて、色々言いたいことはありますが、まずはこれだけ言わせてください。すみませんでした」

 シイナを見送り、イラは真琴に深々と頭を下げた。

「な、なんでおっさんが謝んだよ! 謝るのは俺だろ!?」

「いえ、君の腕が無くなったのは自分が至らなかったからです。今回の件で痛感しました。過去のツケを一気に支払わされた気分です」


 マコトの左手は、応急処置程度のことはしてあるが、今をもってなお手首から先がないままだ。イラは六色全ての精霊術を使えるし、白の治癒術も使えるには使えるが、それは欠けた腕を修復するほどではない。

 欠落した肉体の生成を行うには概念術式を理解し、なおかつ白の上級精霊術を扱える者でなければならない。


 イラの知る中でそれが出来る人物は“白の玉石”であるリリアーナくらいだが、彼女は王国のための仕事で手一杯だ。欠損を治すにはかなり根気強く何度も治癒を施さないといけない。

 つまりマコトの腕を治すことは実質不可能。冒険者として活動するにはあまりに痛い。


「無論、君の腕の代わりは精霊器で作るつもりです。幸い君に渡そうと思って作っていた精霊器の基盤があるのでそれを流用すれば義手は作れるはずです」

「おい……」

「ですが生身の腕には代えられません。だから――」

「おい!」

 マコトが大声を出してイラの言葉を遮った。


「勝手に色んなこと決めんな! 冒険者の負傷は冒険者自身が責任をとる。この手は俺が自分を生かすためにやったんだ。だから間違ってもおっさんの責任じゃない。……俺の責任まで奪うな」

 そう言うとマコトは恥ずかしそうにイラから目を逸らした。


「それに…あんたがいなきゃ俺はあの時死んでた。死んで、その死も冒涜されてたんだ。だから、俺はおっさんに『ありがとう』って言うぞ。あんたはただ『どういたしまして』っていやいいんだよ」

「……はは。参りましたね」

 マコトの頬は赤い。脱力した様子でイラは言った。


「子どもというものは本当に成長が早い。君の言う通り、自分がおっさんになってしまった気分ですよ。……分かりました。自分は君を助けてやりました。どういたしまして」

「一言多いんだよ」

 不満ありげにマコトが呟き、どちらからともなく笑い出す。ひとしきり笑って、マコトはイラに対してあるお願いをした。


「なぁおっさん、いやイラ()()。俺をあんたの弟子にしてくんないかな」

「弟子?ですか?」

「あぁ。今回のことでさ。俺は自分が何もできないガキだって分かったよ。だけど俺は、その……自分で言うのもなんだけどすっげぇ強いガキなわけじゃん?」


 怪物との戦いで何もできなかったけれど、それを理解した上でマコトは語る。

「だからあの怪物相手だと俺は何もできなかったけど、でもああいうのじゃなけりゃ俺はこれでも強いんだ。多分。でも師匠ってのは俺より強くないといけない。じゃないと俺はまた馬鹿みたいにのぼせ上がったガキになっちまうと思うんだ。もちろん迷惑だってことも、あんたが俺のことを別に好きでも何でもないことは分かってる。でも」


「そうですね。自分の考えも聞いてくれませんか?」


 マコトの言葉を今度はイラが遮り、口を開く。

「正直な話、君が自身の力不足を感じたように、自分も自分の力不足を感じました。戦闘だけじゃありません。他にも色んなところで欠けているところはありますし、到底師匠になれるほど人として熟練もしていません」

 人として自分は落第ですからね、とイラは自嘲する。


「だから、自分は君の師匠にはなれませんよ」


「そっか」

 マコトは気落ちした様子でうつむく。


「でも」

 イラはわずかに微笑んで言った。


「『俺』は君の師匠にはなれません。『自分』はマコトの先生にはなれると思うんです。『俺』に人の道は教えられないけど、『自分』は自分の技術を伝えることができる。血にまみれた技術ですが、それでもいいのなら」


「ほんとか! 嘘じゃないよな!」


 師匠は無理でも、先生ならできる。その言葉にマコトは喜色を浮かべてイラの手を握る。イラはそんなマコトに困惑するが、元はこういう性格だったのだろうと思い直した。


「こんなことで嘘つきませんよ。今日から自分と君は先生と生徒の関係です」


「よっしゃ。あ、そうだ。それならそれで『君』じゃなくて『真琴』って呼べよ。俺の名前は『君』じゃない」


「はは。そうですね。分かりましたよ真琴。なら自分のことを『おっさん』ではなく『イラ』か『先生』と呼びなさい。自分はまだ二九です。この齢でおっさん呼ばわりは存外傷つくんですよ?」


「オッケー。分かった。よろしくなイラ先生」


「はい。では差し当たってお互いの自己紹介でもしましょうか」


「そうだな。俺の名前は――」


 こうしてオウルファクト王国東部辺境新ロエ村にて一組の先生と生徒が生まれた。片や異世界から来訪し、女神から授かった力で漠然と道を歩んできたまだ幼い青年。片や憎しみの中で刃を研ぎ、帝国に牙を向いた騎士あらざる騎士。


 この二人の出会いがいずれ来る戦争に抗う切り札となることは、まだ誰も知らない。



第一章 かくして二人は出会った。 終わり

 これにて一章は終わりです。ここまで読んでいただきありがとうございます。一章はあくまで序章。『誰か俺に異世界人の指導の仕方を教えてほしい』はここから始まるのです。

 感想、ブクマ、ポイント評価などしてくださると泣いて喜びます。

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