第16話 異形の怪物
戦闘回です。
「間に合い、ましたかね?」
イラは真琴の前に立ち、じっと「それ」を眺めている。普段かけている眼鏡はなく、その目は鋭い。
イラは精霊術士が好んで着るローブではなく、革製のロングコートを着て、指ぬきグローブをはめた手には奇怪な細剣を持っていた。
その細剣はリボルバー式拳銃と細剣を組み合わせたとも言うべき形をしている。剣の柄に銃の引金を取り付け、鍔の代わりにシリンダー。シリンダーには六色の精霊結晶がカードリッジとして納められている。剣の刃は細剣のそれよりもずっと細く、長い。炎の明かりを反射して銀色に輝いている。
銃とも剣とも言えないデザインのそれはイラが作り出した、彼だけが使いこなせる一つの兵器。
「“六色細剣”、持って来て正解でしたね」
そうつぶやいてイラはチラリと真琴の左手を見た。手首から先が消失した腕に、一瞬眉をひそめる。
「止血は……すんでいるようですね」
「あ、あぁ」
真琴の頭は状況の急転に処理が追いついていない。だが自分が九死に一生を拾ったことは分かった。
「あの怪物に覚えは?」
「……ない。すまねぇ」
「そうですか」
淡々とイラは真琴から情報を集めていく。そこで真琴は気づいた。
「リ、リィ」
今まで何にも頓着せずに攻撃を仕掛けていた「それ」が、イラを前にして攻撃することをためらっていた。その証拠に「それ」は、先ほどから触手を伸ばそうとしてすぐ引っ込める動作を繰り返している。
「それ」との戦いで殻を破った真琴は、ようやくイラと自分の実力の違いがどれほどあるのかを理解できた。小さな動作の一つから意識の巡らせ方に至るまで、真琴のそれとは全く違う。自分がどれほど未熟かを、否応なしに理解させられる。
「君も大分消耗しているでしょう。少しの間自分に任せて休んでいてください」
「ま、待て! あいつに触れると」
「大丈夫です」
触れると体を乗っ取ろうとしてくる。それを伝えようとした真琴の言葉が遮られる。
「ここに来るまでに、すでに理解しました」
そしてイラが「それ」に向かって細剣を繰り出した。
*
間に合ったか、間に合っていないかと聞かれれば間に合っていないのだろう。森の異変に気づいて急ぎ森へ向かったが、そこでイラは異様な魔獣と出くわした。
何らかの物体に脳を乗っ取られた魔獣たち。イラを見るや否や血相を変えて襲ってきたそれらを薙ぎ払い、死後次の宿主を探して黒い物質が飛んでくるさまに冷や汗を流しながら、イラは進んだ。
比較的早い段階でマコトを見つけることができたのは、マコトが炎を森に放ったからだ。イラは森に入った時点で緑の精霊術を使った索敵をしていたが、あくまで大雑把なものでしかなく、しかも動く敵の数が多いせいであまり機能していなかった。
これまで自分以外は皆敵、という意識で精霊術を磨いていたことへのツケを支払われた形だ。
炎を目印にマコトを見つけ、敵にやられそうになる直前で割り込めたのはせめてもの僥倖だろう。だがマコトの左手が失われてしまったのはしくじる思いだ。
マコトをそこまで追いつめた敵は、小山ほどの大きさの粘液で構成された何かだ。生命と言いきれないのは、内界位階のあり方があまりに歪だから。無色の精霊の代わりに黒の精霊が収まっている生命なんて聞いたことがないし、特に白ならばともかく「黒」という時点で生命として異常だ。
黒の精霊が司るのは死と負の感情。生命と対極にある黒で満たされた状態で生きているとは思えない。
こんな異形が有名でないはずがないのに、マコトが知らないと言ったことからイラはこれを魔獣とは別種の存在として認識した。幸か不幸か、こういったものを作りだせる可能性の一つにイラは覚えがある。
その可能性はイラにとっても最悪に近いものであるが。
事前情報のない、どころか死ぬかどうかも怪しい相手にイラがどこまでやれるか。今のイラは八年前と比べるとはるかに弱い。この八年来るべき日に備え、訓練を欠かしたことはないがイラの根幹となる「あれ」がない分、どうしても地力は落ちる。
戦力的は文字通り半減だ。
手始めにイラは“六色細剣”のシリンダーを緑の結晶に回して、引金を引き詠唱。
「エタナウ」
「リ……テリィ!」
細剣から暴風が吹き荒れ、グラリと怪物の体が持ちあがった。その風に自分も乗って怪物の真下に入り、シリンダーを黄色に。
「エタナウ」
「テ……リィィィィィ!!」
再び引金を引いて詠唱。大地が怪物を突き上げるように盛り上がり、小山の如き怪物を空に打ち上げる。
「イン イウク オウ イチアド」
黄の精霊術を詠唱。怪物が墜落する辺りの大地を作り変え、平地を鋭い杭の乱立地帯にする。
「ィィィィィィィィ!」
空を舞う怪物にその杭から逃れる術はなく、怪物はすさまじい衝突音とともに杭に縫い付けられた。
「すっげ」
そのあまりに一方的な戦いに真琴は絶句する。自分があれほど手こずり、絶望を味あわされた怪物相手に一歩も引かないどころか、大きなダメージを与えている。
「これなら!」
「いいえ。全然です。ウレアノト アリ エタト ネミス ウテツオト」
イラの詠唱で真琴の周囲に守るように四面体からなる水晶の盾が作られた。真琴が疑問に思うと同時に森の中から大量の魔獣が現れる。そしてそれらは当然脳を怪物に乗っ取られている。その魔獣のいくつかは真琴のいる水晶に突進し、その勢いのまま壁に打ち付けられて沈黙する。
魔獣を操る怪物もズリズリと杭から逃れ、イラに這い寄る。体を細かく震わせる姿は怒っているようにも見えた。
守られた。その事実に真琴は怒ることもできない。守られたということは真琴が足手まといだろいうこと。しかし片手を失った真琴ではイラにとって、役に立たないことは理解できた。
「くそ」
水晶の壁の中で真琴は水晶に覆われた地面に腕を叩きつける。ビリビリと帰ってくる衝撃が、自分ではこの水晶を到底壊せそうにないことを伝えていた。
自分はこの異世界に来て、今まで何をしていたのか。突っ走って守られて、おまけに腕も持っていかれた。これまでの怠惰の代償が支払われ、しかもイラにその尻ぬぐいをさせている。
真琴は透徹の水晶の中で、自分の弱さをただひらすらに悔いていた。
目の前には巨大な怪物。周囲を囲むのは脳を侵された魔獣の群れ。どうやらこの森に生息するほぼ全て魔獣が集まってきたらしい。ここに至るまでマコトやイラが倒してきた数など氷山の一角に過ぎないことがよくわかる。数は少なくとも千は超えているだろう。
「この魔獣全てを相手にする必要は……今のところありませんね。あのデカブツが死んで他も共倒れなら本望。よしんば暴走したとしても、それならそれでいい」
イラの用いる“六色細剣”は、シリンダーの中にあるカードリッジを回転させながら、装填した色の精霊術を起動される精霊器だ。引金や詠唱抜きなら初級程度の精霊術を、引金を引けば下級。引金を引き、たった一節詠唱すれば中級程度の精霊術を行使できる。
さらに他の機能もあり、イラにとっては激しい戦場を共に駆け抜けたかけがえのない相棒だ。根幹を失った今でも当時のスペックをフルに発揮できるということもあり、重宝している。
ただ当然制約もある。それは一度中級の精霊術を“六色細剣”で行使した場合、精霊の補充のために、インターバルを一分ほど置かなくてはいけないというものだ。とは言っても陣を構成せず、詠唱も一節でいいことを考えれば安い制約だ。
「ウレアノト アリ ネグネク ウテツオト エソボロウ イタグ」
だからイラは自分のもう一つの武器を使う。用いる精霊術は“穿つ透徹の礫”。拳大の精霊結晶を無数に生成し、周囲にばらまくイラの代名詞ともいうべき精霊術。
結晶の礫がイラに襲い掛かった魔獣たちに穴を穿つ。凄惨な光景を一瞬で作りだしたイラは、しかし大きく舌打ちをした。
「やはり魔獣相手では不完全か」
礫をかわし、迫る魔獣に対して、イラは細剣のシリンダーを青に変えて流水の剣で対処する。
イラの手がしなるたびに魔獣が二つ、三つに裂かれ、宿主が死んだことを理解した寄生体がイラに飛び掛かる。それをイラは時にかわし、時に剣で斬り捨てながらその場にとどまることがない。
イラの舌打ちの理由。“穿つ透徹の礫”は元々帝国兵を殺戮するために開発された精霊術だ。だから運用の際は詠唱を省略し、文言としては消えているものの対人用、対帝国用の文言が含まれている。そしてその文言は帝国兵のみを対象として、ホーミングする機能を持っていた。
今回、撃った敵が帝国兵ではなく、魔獣であるため、ホーミング機能が失われているのだ。そのせいで射程距離に入るにもかかわらず、取りこぼしが出てきている。
「リ……テ、リ」
「うるせぇよ」
魔獣の波にまぎれて、母を求める赤子のように触手を伸ばす怪物にイラは悪態をつく。伸ばした触手を、流水の剣の一振りでバラバラにする。
「この炎、借りるぞ」
そしてマコトが作り出した炎から赤の精霊を集めて詠唱。
「イエシエス ウーイカク」
触手の猛攻をかわしながらイラは真琴の炎を赤の精霊を通じて集め、火球を生み出す。その数は十五。イラの周囲に浮かび、メラメラと燃えている。
「ウクイスサ ネアク」
怪物は肉体を銃口に変えて発砲。イラは流水の剣を盾に変えて受け流しつつ、作りだした火炎に圧縮をかける。人の頭ほどもあった火球は指先ほどのサイズにまで縮む。触れれば破裂する直前。指先ほどの火球は不自然に揺らぐ。
「イエトク ネサイス エザク エタナウ」
危険を感じた怪物はノロノロとイラの射程から逃れようとし、同時に支配下にある魔獣をけし掛ける。だがその前にイラが次の精霊術を詠唱。ピンと張りつめた風の糸が怪物と火球をつなぐ。
そしてその風の糸に導かれ、圧縮された火球が一直線に怪物に見舞われた。
「ィィィィィ、リィィ、テ、リ、ラ……リテリテリィィィ!」
圧縮された火球は怪物との衝突によって圧縮が解かれ、膨大な破壊力を伴った爆弾として機能する。轟音とともに灼熱に焼かれ、怪物の不定形の肉体が抉られて削られる。
「足りないか」
下級二つと中級一つの連携術式。その威力は火力に先鋭した上級に匹敵する。だがそれでも怪物は体積を多少減らしたくらいで、大した損害を受けていない。
火力が足りないのか、それとも別の要因か。長期戦になる予感がして、イラの額に一条の汗が流れた。




