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第13話 異変に気づく 


 この日、イラは外へ出るマコトを見送った後、一人作業場にこもって精霊器の作成をやっていた。

「ウレアノト アリ イエシエス オル」

 精霊器とは精霊結晶を組みこんだ道具の総称であり、精霊術が使えない人間や不得手な人間でも精霊術を使えるようにしたものだ。


 イラは精霊術で“炉”を生成、そこに精霊器の基盤となる金属を入れる。イラの作る炉は金属が溶けるほどの高温でありながら、金属に精霊が含まれることを阻害する特殊な空間になっている。まさに精霊器を作るのに適した空間だ。

「ウレアノト アリ ウヒアン オン ウテツオト ウルス ウテゾイク」

 “炉”の中で金属が溶けたのを確認して、今度はその金属に陣を刻むためのナイフを生成、『炉』に差し入れて金属にゆっくりと陣を書いていく。


 精霊器は基盤となる金属に陣を書き込み、精霊結晶を装着。そこに起動のトリガーとなる機構を組みこむことで精霊器は完成する。精霊器を作成する環境は精霊の少ない環境、もしくは精霊の量が六色均等である環境が好ましく、しかもその環境は精霊器を作り始めてから精霊結晶をつけるまで維持しなくてはいけない。さらに刻む陣は定規やコンパスもなしに描かなくてはならず、わずかなズレも許されない。

 本来であれば環境を整える職人、陣を刻む職人、精霊結晶の形を整え基盤に付着される職人など、複数人の職人が数日がかりで行うのが精霊器作成という仕事だ。だがイラはそれを“透徹”と“炉”という二つの固有術式を使うことで、一人でかつ短期間に仕上げることを可能にしている。


 どれくらい陣を刻む作業をしていただろうか。マコトが家に帰ってくる気配がした。そして何やらごそごそと、イラに隠れてやっている気配。

「……なんですかね」

 何をしているのか問い詰めたい気もするが、今イラは手を離せない。“炉”の状態を保つ精霊器も作っておいてはあるが、それはあくまで非常用。備蓄してある精霊結晶を多く消費するためあまり使いたくない。

 何か問題があれば言いに来るだろう。そう考えてイラは、マコトに声をかけることをせずに作業を続行した。


 指の震えを無色の精霊操作で押し殺し、ゆっくりと丁寧に陣を刻んでいく。チマチマチマチマやっているから作業は遅々として進まない。特に今回作っているのは自分用でないため、普段あまり刻まない陣形を多く用いているからなおのこと。

 しばらくそうしていると、マコトの気配が消えた。どこかへ出かけていったらしい。


 気配の隠し方はまだまだ稚拙(ちせつ)だが、マコトはたった二週間で随分と強くなった。陣を刻みながらイラは考える。

 生意気な態度は出会った頃とまるで変わらないが、それは彼がまだ幼いからだろう。そう思えばこらえもきくし、幼さからくる傲慢さも多少はましになった。イラが徹底的に叩きのめしたせいというのもあるだろう。実力的な面でも精霊術の発音は大分ましになったし、剣の振り方もよくなってきている。


 これが才能というやつだろうか。マコトはイラが血反吐を吐きながら寸暇を惜しんで踏み入れた領域へ、大した苦労もせずに踏み入れようとしている。才能は平等ではないのだから、当然といえば当然だが釈然としない。

 そもそもマコトが成長するのが嫌ならば、あんな風にして指導しなければいいのだ。適当にニコニコ笑いながら上っ面だけを教えてやればいい。その方がマコトも楽だし、恨まれずにすむ。

 そうしないのはつまるところ、イラは人にものを教えることが好きということなのか。ロエ村がまだあった頃はよく何かを聞かれたし、それを分かりやすく教えることは楽しかった。


 イラはマコトに厳しく指導をしているが、それもマコトが死なず、翌日には回復できるギリギリのラインを見極めてやっている。人は死の淵に立つことで急激に実力を伸ばすことが出来る。

 きっと楽しいのだろう。マコトはイラの教えたことを綿のように吸収する。血と汚泥にまみれた自分の技術が、誰かのためになっていると勘違いしてしまいそうになる。


 陣を刻む。全体の三分の一ほどを刻み終えて一息ついた。外を見ればもう夕方だ。そろそろ夕食の支度をした方がいいだろう。イラは“炉”の状態を維持する精霊器を起動させた。

 ブゥゥゥンと低い音が鳴り始め、燃料替わりの精霊結晶が淡い光を発し始める。イラは精霊器に装着している“暴食”の数打ちが、ちゃんと起動しているか一度確かめて席を立った。


 ちなみにイラの用いる“炉”の固有術式だが、これは精霊術の研究者である“黒の玉石”から教えてもらった呪文と、帝国との戦争終了後に賞罰の一環としてもらった“暴食”の数打ちを根幹として成立させている。だから厳密には“固有”術式とは言えないが、“炉”の精霊術はイラしか使えないもの事実なので、彼の固有術式といっていいだろう。


 作業場から出て居間に行ったところで、玄関の扉がコンコン、ココン、ココン、コンとノックされた。だが扉向こうからは気配を感じない。それを確認してイラは返事をせずに扉を開ける。

「お疲れ様です」

 扉の向こうには灰色のローブを着た人物が立っていた。目元が隠れるまでフードを被っているため、男女も分からない怪しさ満点の人物だが、イラとしては符丁と恰好さえ統一されていればあとはどうでもいい。


「こちら、を」

「はい。影衆の皆さんはいつも大変ですね」

 ぼそぼそとしゃべる影衆から手紙を受け取る。

 彼らは王国国王グランヘルムの裏の手足である“影衆”。王の懐刀として教育を受けてきた彼らは、常日頃からグランヘルムや王国のために休む間も西へなく東へと奔走しているとも、普段は一般人に偽装し有事の時だけ暗躍するとも言われている。


 グランヘルム以外は構成員、人数などなど全てが不明なまさしく闇の中にいる組織だ。


 イラが手紙を受け取ると、イラは「委任状です」と言って別の手紙を手渡した。それを受け取ると影衆はペコリと一礼して夕闇の中へ消えていった。この異様なまでの気配のなさは“謙譲”の魔剣の作用によるものだ。

 十四種の大罪、美徳の魔剣の中でも、気配を遮断するだけの“謙譲”の能力はひと際地味で、()()の能力に見える。だがこうして相対すれば、気配を感じないことの恐ろしさが分かろうものだ。

 油断していれば目の前でナイフを振り上げられても、気づくことができないのだから。


 居間に戻り、影衆からもらった手紙を広げる。もらった手紙はグランヘルムから定期的に来る連絡だ。王国の辺境に引きこもっているイラに、王都を始めとしたその他あらゆることが書かれている。

 グランヘルムの愚痴や世間話が、内容の半分を占めることも少なくないが。


 手紙にはまずリリアーナの暴走への謝罪が書かれてあった。……新ロエ村から王都まで馬車を使っても二十日はかかるはず。まだマコトが来て十四日目なのにこの手紙にそのことが書かれているのはどうしてだろうか。きっと気にしてはいけないことだろう。

 謝罪を流し読みし、リリアーナと同じく使える人材が少ないことを嘆く愚痴をさらに流し読みしていると、さらりと「お前もそろそろ王都に戻って居を構えてみないか」といったことが書かれてあるのを見つけた。イラはわずかに苦笑する。


「自分はもうこの村から離れるつもりはないと言っているでしょうに」


 そもそもどの面下げて王都に行けばいいというのか。王都には帝国との戦争時代、迷惑をかけた相手がたくさんいる。イラが王都に来てもお互い余計に疲弊(ひへい)してしまうだけだ。


 それからまたパラパラと手紙を読む。最先端の精霊術研究について。新しく発表された精霊器とその機構。王都の状況。農作物の備蓄の増減。グランヘルムの手紙には国家機密が山ほど書かれてある。そんなことまで手紙に書くのも、グランヘルムの誠意と王都へ来てほしいという願いからだろう。

 分厚く長い手紙を読んでいき、外交について書いた最後の部分まで来てイラの動きは止まった。

「帝国に不穏な兆し在り。今後十年以内に再侵攻が行われる可能性」


 大。


 くしゃり、とイラはグランヘルムからの手紙を握りつぶしていた。大量の毛虫が口の中に突っ込まれたような不快感。脳に直接火を入れて沸騰させたかのような煮えたぎる憎悪があふれ出てくる。

「待て。落ち着け俺。まだ戦争が再開したわけじゃない。あくまであの害悪どもが騒ぎだしてるだけだろ。まだ時間はある。今から焦ったところでこっちが疲れるだけだ」


 少なくとも王国の方から侵略戦争を始めたところで成功する見込みはない。だからいくら帝国の情勢が怪しいからと言っても、こちらから攻めるわけにはいかない。

 イラも齢を重ねて()()()の分別はつくようになった。


「……そういえば中々帰ってこないな」

 帝国のことを考えていると怒りで頭が爆発しそうだ。窓の外を眺めるとすでに夜になっていた。だというのにマコトはまだ家に帰ってこない。

「一度家に帰って来ていたみたいだったが、あいつ何してんだ?」

 新ロエ村はマコトの言う通り田舎で、遊びに行く場所なんてほとんどない。酒場すらないのだ。遊ぶとしたら他の村人の家だがそうであった場合、家主がイラのところに話に来ないなんて不自然だ。

 真琴の扱いは、まだ分別のつかない子どものそれと大して変わらない。


「おーい! イラくぅーん! いるかー?」

「オオガイさん?」

 不安に駆られていると、玄関から普段は野菜を作っているオオガイの声がした。村は貨幣ではなく、物々交換と自給自足で成り立っているから、野菜を届けに来てくれたのだろう。


 眉間をほぐして玄関を開ける。オオガイはイラに野菜を渡し、口を開いた。

「んなぁ、今日マコト君が森の魔獣の話を聞いて焦っとったんだがさ、何か知らんかい?」

 思わぬところからの情報だ。


「え? どういうことです?」

「マコト君からなんも聞いとらんと?」

「ええ。いやなぜだかまだ家に帰って来ていないんですよ」

「そりゃぁ、おかしなこともあるとね」

「……オオガイさん。彼は何と言っていました?」

 嫌な予感がしてイラはオオガイに尋ねる。


「うーん。どうだったかんなぁ。“森の王”の話ば聞いてマコト君はおかしくなったんよ。後は最近魔獣が来てないーってことかなぁ」

「魔獣、ですか」

 イラは魔獣について一通りのことは知っているが、詳しいとは言えない。おそらく魔獣に関しては冒険者であるマコトの方が圧倒的に詳しい。


「あの」

「――ォ、ォォォ」

 再びイラが口を開こうとした時、鋭敏なイラの聴覚が森の奥に潜む何者かの鳴き声を聞いた。そして木々をなぎ倒すような音も聞こえてくる。


「まさか」

 さっと、イラの顔から血の気が引いた。


「イラ君?」

「すみません。緊急事態かもしれません。オオガイさんは村の方たちに良からぬことが森で起きていると連絡を回してください」

「イラ君はどうするね!」

 イラの表情から状況が逼迫(ひっぱく)していると気がついたオオガイが問いかける。


「自分は森の方へ行ってみます。もしかしたら彼もそこにいるのかもしれない」

 かもしれないとは言ったが、イラは事の元凶の近くにマコトがいると確信していた。おそらくオオガイの話からマコトにしか分からない何かを見出したのだろう。そして自分一人で解決しようとした。

「あの馬鹿……!」

 急いで家の中に引き返し、どんな相手と当たってもいいように準備を整える。そして現在はマコトが私室として使っているイラの寝室を覗き、龍剣他マコトの装備がなくなっていることを確認して、現状を正確に把握した。


 イラは焦燥に身を任せて森の方へ走っていった。

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