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第12話 異変の始まり


 翌日目覚めた真琴は、イラから一日の休暇をもらった。ここに来てからの二週間で、初めての休みだ。

「最近雑念が混じっています。少し気分転換をするといいでしょう」

 とのことらしい。


「そりゃそうだろうよ。朝ボコられて、それからずっと寝てんだから……」

 イラとの訓練は午前中。しかし大抵精霊術の訓練でも戦闘訓練でも疲れ果てるか気を失うかまでやるので、これまでろくに休みを取った気になっていなかった。


 そもそもイラは何者なのか。騎士学校に入学してから手痛い敗北を二回期したが、それを除けば真琴はチート能力のおかげでほとんど負け知らずと言ってもよかった。

 その証明が真琴の持つ金級冒険者という称号だ。半年あまりで金級にまで昇りつめた実績と実力は偽りではない。つまりそれだけ真琴には力があったということ。そのはずである。


 毎日のようにイラにどやされ、たたきのめされるせいで、その実感はかなり薄れてしまっていたが。


 ともかく気になるのはイラの素性だ。多種多様な武技を極め、精霊術も固有術式まで有している。しかも彼お手製の精霊器は真琴の見たことのある市販のものよりずっと強力で、攻撃的だ。

 イラが世間から姿を隠した仙人などならまだ分かる。だがイラには王国の妃という国の重要人物と知り合いだ。そして王国は今人手不足。


 イラほどの人物がこんなド田舎に置かれている理由がまるで理解できない。


 もし仮に、仮にだがイラが冒険者の討伐対象になったとして、真琴がかつて所属していたクラン“龍王の咆哮”は彼を討伐できるだろうか。“龍王の咆哮”は相手の攻撃を一手に引き受ける盾使いとダメージを与えるリーダーの長刀使いと真琴。それに後方から精密な援護射撃をする弓使いの4人構成だ。


「勝てる気がしねぇ」

 まず盾使いの実力ではイラの一撃を抑えられないだろうし、長刀使いも真琴もイラに攻撃を当てられないだろう。弓使いも精霊術で逆に真っ先に狙い撃ちされそうだ。

 まず盾使いが攻撃を受けようとして、盾ごと撃ち抜かれてアウト。両サイドから攻撃を仕掛けても精霊術で反撃されるか、回避されるだろう。イラは攻撃力が高いくせに俊敏だ。コンビネーションによる連撃でもかすりもしないだろう。

 弓使いが矢を放った時には速攻で精霊術によって迎撃、墜落させられるだろう。イラには武技だけではなく、精霊術や精霊器もあるのだ。攻め手が三人いても手が足りないなんてことはないはず。

 特に厄介なのが固有術式“透徹”か。あれを使われるとまず攻撃が通らない。クランの中でも最大火力を誇っていた龍剣の炎ですら、破壊できない強度だ。あれをばらまかれるだけで敗北する気がする。


「おいやぁ。マコト君でねぇの」

 そんなことをつらつらと考えながらのどかな村を散策していると、農作業をしていた老人に声をかけられた。

「ん?何だよじっちゃん」

「いやいや、いつもはこの時間イラ君にぼっこぼこにされてっからよぉ。ついに逃げ出しちまったのかってぇ」

「んなことするか!」

 イラと真琴の戦闘訓練は娯楽の少ないこの村では、いい娯楽となっているようで度々村人たちが見学に来ている。その結果、真琴の存在は村から周知されると同時に『強いけどイラよりは弱い子』という認識がされている。


 屈辱だ。


「でも逃げ出すねぇ。……いや無理だろ」

 辛いなら最初の頃考えていたように逃げてしまえばいい。だがイラは今のところ真琴を手放すつもりはないようだし、逃げ出せるような気がしない。

 仮に逃げたとしても、地の果てまで追いかけてきそうだ。


「はぁ。なぁじっちゃん。おっさんって何者なんだ?」

「んあぁ? おっさんてイラ君のことかい?」

 老人は農地からトマトのような野菜を一つもぎって真琴に渡す。口に入れるとほのかな酸味と甘みが口いっぱいに広がった。新鮮な野菜の栄養が疲れた真琴の体に染みわたる。


「うま。そうそう。あの銀髪ヤローだよ」

「イラ君かぁ。そうさなぁ。あんまり知らんなぁ。多分村の誰も知らないんでねぇか?」

「は? どうして」

 田舎でいかにも地縁血縁の濃そうな村だ。そんな村に住みながら誰もイラのことを知らないなんて不自然に思える。


「あぁ。マコト君はイラ君からなにも聞いてねんだな。この村の名前は()ロエ村っていうんだけどぉ」

「シンロエ村?」

「うんにゃ新、ロエ村。この村は一度滅びてんのさぁ」

「滅びた?」

 老人が言うには元々ここにあったロエ村は帝国との戦争の折、滅ぼされてしまったらしい。何せ位置する場所が帝国領のすぐ近くだ。侵略の際、真っ先に攻められたらしい。


「そんでぇ、戦争が終わって村を新しく作った時に、他に滅ぼされた村の生き残りとかぁ、行きてぇって言った奴を集めたんさぁ。だから村の連中はよんにゅう仲いいけんど、お互い昔何してたとかは知らんなぁ」

 かく言う俺も帝国に村を焼かれたとよ。そう言って老人はカラカラと笑う。

「いやいや笑いごとじゃねぇだろ」

 現代日本の価値観を持つ真琴からしてみれば到底笑える話ではない。一生トラウマになるようなきつい話だ。


「笑いごとさぁ」

 しかし老人はそう言ってのける。そしてすぐ首を振った。


「いんや、笑いごとにでもせんとどうにもならんのよ。そういう経験した奴らは少なくなかと。特にこの村におる連中は特になぁ。一人でうだうだ不幸自慢なんぞしてもつまらんし、なら笑い話にでもするしかないんよぉ。そういやぁ、村ができた時のイラ君は随分とぉひどい面しとったなぁ」

「ひどい面?」

「そそ。こう額にしわ寄せて、目ェなんかドロドロしとったんよ。そのくせ生きようともせんで、家からは泣き声やら、悲鳴やらが聞こえ取ったぁ。しばらくちっこい女の子たちが世話しとったみたいだし。一年くらいかな?それで元気になったけども。うん。ありゃ怖かったなぁ」

 老人は実際に眉間にしわを寄せて、目をグッと見開く。そして「けんど今では立派な温厚な好青年たい!」と晴れやかな顏で言った。


「おっさんが怖いねぇ」

 イラが怖いことには同意するが、老人の言う意味とはまた違う。真琴がイラに感じるのは断絶的なまでの実力の格差的な怖さで、人としてイラを怖いと思ったことはない。というか、イラからは不自然なくらいに威圧を感じないのだ。見ただけではただの冴えない男で、金級冒険者を一方的につぶせるような実力があるようには見えない。

 よくよく考えれば異常なことだろう。

 実力。おそらくイラは真琴の実力を認めていないのだろう。どうにかして見返してやりたいものだが。



「そういやさ、このあたりって魔獣がでんだよな?」

「ん? 何ねいきなり」

「いやちょっと気になってさ」

 冒険者といえば魔獣討伐。イラが以前このあたりにも魔獣が出てくると話していた。


 魔獣を討伐すれば、おっさんも俺のことを少しは認めてくれるのではないか。

 若い自負心の発露だ。老人はむむっとうなり答えた。

「んまぁ確かに出てくんなぁ。大概は村の若い衆が倒しとるけん。俺はあんまり詳しいことしらんがなぁ」

「若い衆。それってやっぱりあのおっさんも参加してんの?」

「そりゃな。この村は自給自足じゃけんなぁ。みぃんなが村のために貢献して、助け合って生きとる。若いもんは少ないしなぁ。イラ君は精霊器を時々くれたりすんが、やっぱりそっち方面をを貸し出すことが多いなぁ」


「ふぅん。それでさ、どんな魔獣が出んの?」

「あー猿みたいな奴とか、樹のバケモンとか、ま、色々じゃな」

 猿みたいな奴はウォーモンキーあたりで、樹のバケモンはトレントか。どちらも下位冒険者パーティでも倒せる程度の、大した魔獣じゃない。無色の精霊が使えるならさしたる苦労もなく討伐できるだろう。


「そっか。その魔獣退治って、村に出てきた奴を殺すの?」

「そりゃぁな。人が森の領分を犯したら“森の王”が出るーなんていうしなぁ」

 真琴はコクリと頷く。“森の王”は数多くいる魔獣の中でも特に有名な魔獣だ。そして森に対して過剰に干渉しなければ、敵意を向くことはないということもまた有名である。だからこういった冒険者のいない村で森に入って魔獣を狩るようなことはめったにしない。

 “森の王”がいるのであれば、森に棲む魔獣は統率がなされるので、むしろ人里への危害は少なくなるのだ。だから人里に出てくる魔獣は“森の王”の支配から偶然逃れたもので、その魔獣を討伐しても“森の王”は怒らない。

 特に新ロエ村近くの森は深い。十中八九“森の王”は潜んでいる。


「それが正しいよ」

「あぁ。王様は怒らせるべきじゃねんかんなぁ。そのおかげかね。ここ半年くらいは魔獣も村に出てこなんだわ」

「え?」

 老人の発した何気ない一言に真琴は耳を疑った。森から魔獣が出てこない? “森の王”がいるのに?


「ありえない」

「んお?どしたどした」

 唖然(あぜん)とする真琴に老人が声をかけてくるがそれどころではない。老人が今言ったことが事実なら、それは明らかな異常事態だ。


 “森の王”は森の魔獣を統率するが、完璧に支配しているわけではない。意図的などうかは分からないが、“森の王”はその支配の一部に抜け穴を作るのだ。そしてその抜け穴にはまった魔獣は支配から解放され、森の外を目指す。

 それは“森の王”の欠陥とも、褒章とも言われているがそれはともかくとして、“森の王”がいる森からは一定の間隔で魔獣が森から出てくるということは確かな事実だ。今までそのサイクルが確立されていたのに、それが崩れた。森の中で異様な何かが起こっているのだとしたら、真琴は冒険者として森へ行かなければならない。


「ならおっさんに相談を」

 ひとまず自分一人で行くのは危険だ。真琴は一度イラに相談しようとして、その足を止めた。

「何で俺はあいつを頼ろうとしてんだ俺」

 真琴は冒険者だがイラは冒険者ではない。そして冒険者は国が守ってくれない民衆の利益を守るために存在している。


 魔獣被害から人々を守ることが、冒険者の使命だ。


「ごめんじいちゃん。俺少用事を思い出したわ」

「おぉ!? マコト君!」

 真琴は自分一人で森を調査することを決め、来た道を引き返していった。

村の老人の方言は適当です。多分色々混じってます。

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