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第11話 走馬燈を見るような訓練


「おい! マコト準備はいいか!?」

「もちろんだ! いつでもいいぜ!」

「よっしゃ。俺たちが道を作る。だからお前が決めろ!」


 王国南部にある森林の奥深く。そこで真琴たち金級冒険者クラン“龍王の咆哮”は“森の王”と呼ばれる巨人と相対していた。“森の王”は討伐ランク聖銀の強力な魔獣で、背丈は優に十メートルを超え、灰色の岩石交じりの体躯は生半可な刃を通さず、黄色く濁った目は森の中のあらゆる事象を読み取ることができる。四本もある屈強な腕から繰り出される拳はかすりでもしたら全身の骨がバラバラになること間違いなし。


 さらに、“森の王”は生息する森の魔獣を従え、統率することができる。人間とは必ずしも敵対しているわけではないが、一度敵対してしまうといくつもの村や町が滅ぶことになってしまう。

 そして残念なことに、この“森の王”は人類と敵対した。きっかけは人間が王の住む森を切り開こうとしたから。人間の都合で“森の王”を怒らせ、そして人間の都合で“森の王”は討伐される。そこに真琴は一抹の空しさを覚える。


 ニヒルに考えている自分自身に、真琴は酔い痴れていた。


 とはいえ仕事は仕事。真琴たちは冒険者として人間に害をなす魔獣を討伐しなければならない。そうやって金を稼ぎ、酒を飲んでバカ騒ぎをするのが冒険者という人種だ。

「ォォォォォ!!!」

 “森の王”の憤怒の咆哮があたり一帯に響き渡る。肝の細いものならションベンちびって気絶してしまうような覇気がある。だがそれに屈するような“龍王の咆哮”ではない。


「ぅおらぁ!」

 隕石の如き拳の一撃を仲間の一人が盾で受け止める。ドゴォォンとおよそ人間が巻き込まれては無事では済まないような音が鳴り渡るが、仲間は不敵な笑みを浮かべてこんなものかと挑発する。


「かぁっ!」

 “森の王”の意識が盾持ちの仲間の一人に向いた瞬間を狙って、クランリーダーの長刀使いが王の懐に入り込む。ザン! という音と一度だけ煌めく残光。伸びきった王の腕が肘の先から切断される。

「ォォォォォォォォ…!!」

 腕を断ち切られたことで“森の王”が悲痛な叫びを上げる。これまでの戦いで王はすでにボロボロだ。王の攻撃はことごとく盾使いに遮られ、長刀使いにすでに3本の腕を斬り落とされたせいで、もう腕が一本しか残っていない。その上真琴の龍剣によって、全身に焼け焦げた跡がついている。


「ォォ」

 王は濁った瞳を長刀使いに向ける。だがその目は唐突に潰れた。眼球の中心に太い矢が刺さり、そこから薄汚れた液体が噴出する。

 クランの弓使いの援護だ。実際王の眼球だけでなく、関節や口内など脆い部分にはくまなく矢が刺さっている。弓使いの正確無比な射撃だ。


 “森の王”はすでに死に体だ。真琴は龍剣に力を集めながら、確実に一撃を当てられるタイミングを探っている。

 自分一人では“森の王”は討伐できなかった。ここに来られたのだって数多の冒険者が“森の王”の配下の魔獣たちを押さえてくれているからで、一撃に力を込めることができるのも”龍王の咆哮“のクランメンバーの力があったからこそだ。


「ォォ…ォォォォォ!!!!」

「うぉ!」

「くそこの」

 手負いの獣ほど恐ろしいものはない。“森の王”は命を燃やし尽くすようにがむしゃらに腕を振り回し始めた。その猛攻にさすがの盾使いもじりじりと後退させられ、長刀使いは刀をしまって回避を専念する。


 ここだ!

 一見すると危険極まりない状況。だが今“森の王”の頭からは完全に真琴の存在が消え失せている。

 いける! と思った時、長刀使いが真琴を一瞬見て、二ヤリと笑った。真琴はそれを合図と受け取った。


 真琴は龍剣を居合のように構え、風よりも速く直進した。目の前を王の拳が通る。だが当たらない。真琴は皮肉げに唇の端を吊り上げる。

 ユラリと、真琴の龍剣が揺らぐ。幻影剣。真琴はつい最近目覚めた龍剣の新たな力を使って刃の数を増やし、威力を底上げする。

 腕に力を込め、ググッと剣を持ちあげる。剣が重い。それは剣が膨大な火炎を内包しているからだ。この火炎を解き放つ。だが燃やし過ぎるな。燃やすのは“森の王”だけ。森そのものは燃やさない。

「はああああああああああ!!」

「いっけぇぇぇぇぇぇ!」

「やれ! マコトォ!!」

 気勢と共に真琴は龍剣を振り抜いた。不可視にして複数の刃が“森の王”を深く傷つける。堅牢な肌に深い傷が刻まれる。そしてその傷が白く灼熱した。


「ォォォオオオオオオオォオッォオッォォ!!!!」

 ボコボコォっと王の肌が泡立ち弾けた。弾けた泡から漏れ出るのは高温になって溶けた王の肌。それが溶岩のようにドロリと森の大地に零れ落ち、白濁した煙を噴出する。

 王は己の終わりから逃れるように身をよじる。しかし破滅はすでに王の身の中。王の死はすでに逃れえぬ場所まで来ていた。


 ポコン。


 重く苦しい音が森を駆け巡る中、やけに軽い音が一つ響いた。それが“森の王”の最期だった。王の頭部が不自然に膨れ上がり、シャボン玉が割れるみたいに弾けた最後っ屁のように、噴き出た真っ白な溶岩が辺りに広がる。冒険者たちはばっと後ろに飛んでその溶岩を回避する。


「……やったな」

「ああ。俺たちの勝ちだ!」

 長刀使いの一声でクランメンバーたちの怒号のような喜びの声が上がった。皆が駆け寄り真琴をもみくちゃにする。


「んだよこのやろ俺の合図ちゃんと受け取りやがって!」

「お、おい! 汗くせぇんだよ! 離れろ!」

「うっせ! 黙って抱き着かれてろ!おれたちゃ万年女日照りの“龍王の咆哮”よ!」

「馬鹿言うな。俺には女がちゃんといるぞ」

「てめぇには言ってねぇ!!」

 戦いの緊張はどこへやら、いい歳した大人たちが子どものようにはしゃいで回る。そんな空気が真琴は大好きだった。剣や弓を手に取って、力を合わせて仲間と共に強敵を倒す。まさしく異世界の生活だ。


「おうおう! 俺に任せとけって!」

 感極まって真琴はそんな文脈のつながっていない言葉を吐き出す。だがそんな言葉にも快く返してくれるのが“龍王の咆哮”。気のいい真琴の仲間たち。


 ああ楽しいなぁ畜生。

 口元が緩んで、ニマニマと笑う。そして真琴の顔面に鋭い蹴りが入った。



   ***   ***



   ***   ***



「へぶっ!」

「何油断しているんですか。気味の悪い顔をするくらいならその分別の筋肉を動かして、少しでも早く回避できるようにしなさい」

 真琴は錐揉み状に飛んでいって、頭から地面に突き刺さる。それでようやく現実に帰ってきた。

「い、今のはまさか走馬燈……?」

 唐突に過去の思い出が溢れかえってきた。これが世に聞く走馬燈かと真琴が戦慄していると、頭上からイラの呆れた声が降ってきた。


「馬鹿なこと言っていないで立ちなさい。それとももうギブアップですか? へなちょこですね」

「うっせぇ。この」

 倒れたまま言い返そうとした真琴の顔の真横に、イラの足がゴンという音ともに踏みつけられた。イラの足は地面に半ばまで陥没している。

 もし今の踏みつけが自分の頭に入っていたら。それを考えて真琴から血の気が引いていった。急いで起き上がり、イラから距離を取る。


()()()()()、今ので君は死んでいましたね。これで何度目でしょうか。十回?それとも二十回?今日だけで君は何度」

「っつ……。あぁ!」


 イラの冷笑にできる反論はない。だからその代わりに龍剣を振る。当たれば“森の王”すら滅ぼすことができる必殺の剣。だが当たらなければ意味はない。イラはわざとらしく両手を上げて、陥没した足を抜き、そのまま地面を軽く蹴って木の葉のようにヒラリとかわす。後ろに下がった足を地につけ、その足を軸に今度はクルリと舞うように回転。

「いっ」

 流れるような動きの後に来るのは鋭い蹴り。心臓を抉り出すようなキックが真琴にぶつかる。真琴は聖銀でできた胸当てをしているが、そんなものお構いなしにと衝撃は突き抜けてくる。


「うごっ」

 後ろにたたらを踏んだ真琴にイラはさらに追撃。蹴り足で地面を踏みつけて、腰を捻るようにして足から順に力を移動させる。巡った動きの終着点は拳。真琴の鳩尾に突き上げるような裏拳が入った。

 否、突き上げるような、ではない。事実真琴の体は持ちあがった。イラの連撃は止まらない。続けざまに裏拳とは反対の手から、真琴の腹部に掌底が打ち込まれた。

「……!!」

 息がつまる。吐き気がこみ上げる。地面と平行に飛ばされた真琴は遠くに生えていた樹に衝突してようやく止まった。


 ぼやけて揺らぐ視界は眼前の光景を捉える。真琴は龍剣を手放してしまったようで、装飾華美な愛剣は地面に無残に転がってくる。そしてゆったりとした歩調で歩いてくる悪魔。

 イラは両手に何も持っていない。袖の無いシャツに動きやすいジーパンを着た彼は、紛れもなく無手だ。対する真琴は龍剣を持って構えていたはず。それでなお、真琴は素手のイラになすすべもなく叩きのめされたのだ。しかもここまでイラは一度も精霊術を使っていない。


 一歩一歩近づいてくるイラは悪を煮詰めた悪魔のようにも、死を運ぶ死神のようにも見える。イラの元で暮らし始めてはや二週間。精霊術の訓練とこうした実戦を一日ごとに繰り返しているが、未だに真琴はイラに一撃を入れることができていなかった。


 実力に差がありすぎる。今日こそはいけると思ったのだ。こちらはフル装備。対するイラは素手で戦うと言った上に、無色の精霊の肉体強化以外使わないと言ったのだ。さすがに勝てると思った。なのに結果はこれだ。真琴は無様に地面に転がり指一本動かすことができない。対するイラは余裕綽々(しゃくしゃく)で息一つ乱れていない。

 初めはイラのことを認めまいと思っていた真琴だったが、二週間たってイラのことを認めざるを得なくなってきた。何せどうあがいてもイラに真琴は敵わない。剣にせよ、精霊術にせよ、イラは真琴のはるか先を行っている。それでもなお認めないと意地を張れるほど、真琴は頑固になれなかった。


 ただ。認めはしても不満は溜まる。どうして自分がこんな目に合わないといけないのか。精霊術の訓練との時は小さなミスをイラからねちねちと指摘され、戦闘訓練では今のようにぼろ雑巾のようになるまで叩きのめされる。


 強くなった実感はないし、きついばかりだ。


「諦めますか」

 冷たいイラの声。それに答える力はもう真琴には残っていない。

「今日はここまでですね」


 その声と同時に真琴の視界をイラの手が覆い、彼の意識は黒に塗り潰された。

イラ式スパルタ訓練

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