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第10話 精霊術について教えます③

今回で説明回終わりです。


 そこまで話してイラは庭にある切り株に腰掛ける。そして精霊術で大地を盛り上げ、もう一つ座れる場所を作って、それをマコトに勧めた。


「どうぞ。これ以降は大した実演もしないので座って話しましょう」

「そりゃどうも」

 マコトもイラに素直に従い、即席の椅子に腰掛ける。


「それでは固有術式の前に先に無色の精霊について話しましょうか。初めの方に位階についての話はしましたね?」

「ああ」

「無色の精霊とは位階の一番下、内界位階に存在する精霊のことです」

「あぁ?精霊って精霊位階にいるもんなんじゃねぇの?」

「それもまた真ではありますが、精霊位階にいるのはこの広いくくりの世界における精霊のことです。そして世界が精霊に色付けしているから、我々も精霊に色付けして見えているのです」

 「世界」。一度死んで違う世界から渡ってきたマコトにとって、その話は少しは理解のできるものだった。


「内界位階では生命を一つの世界と定義し、その内側にも精霊が存在すると定義しています。そして自分自身が世界であるから内部の精霊に干渉することはたやすい。君にも覚えがあるはずです。内側の“何か”に働きかけて肉体を強化したことがあるでしょう?」

「もちろん。冒険者たるものそれができなきゃ話になんねぇ。“気”とか“精神力”とは呼び方はまちまちだけどよ」

「それです。精霊術士の間ではそれを“無色の精霊”と定義しています。だから君は魔眼の影響を受けて、無意識的に働きかけて無色の精霊を操作しているはずです。というか操作してます。まぁそれができる人間を“戦士”と定義していいでしょう」

「戦士……」


 無色の精霊はその生命の肉体や再生力を高める力がある。膂力を高め、感覚を鋭敏にする。この無色の精霊を扱えるかどうかが戦える人間かどうか変わってくる。

 無色の精霊は生きているのなら何でも持っているもので、無色の精霊を操作できる動物を、人は魔獣と呼ぶ。


「そして無色の精霊はあまり扱えないが、中級以上の精霊術を使える者を“精霊術士”、中級以上の精霊術と無色の精霊を同時に操れる人間を“騎士”と呼びます」

 リリアーナが特に育成したいのはこの“騎士”だ。“戦士”も“精霊術士”も有用であるが、双方に優れた人材こそ今の王国に必要である。もし再び帝国と戦争になった際、最前線で死なずに精霊術を使える人材の有無は戦術に大きく関わってくるはずだ。


 それに精霊術は知識の豊富さが求められるため、精霊術を学んだ経験は文官仕事にも役に立つ、らしい。イラは特にそういう実感がないから分からないが。

 ともかく、それもリリアーナが騎士を欲する理由だ。ちなみに王国最高峰の騎士は“青の玉石”エクス・ナイツナイツであるが、彼自身は文官仕事に手慣れている。


「ってことは…俺は“戦士”ってことか?騎士じゃなくて」

「ですね。そういうカテゴリー分けだと自分は“騎士”ということになります」

 “戦士”と“精霊術士”と“騎士”の分類。それを聞いてマコトはふと疑問に思った。

「ん? なぁ騎士って貴重なんじゃねぇの? だから国がその育成をしているわけで。確か学校でもそんなこと言ってたし。なのに何であんたはこんなところにいんだよ。よくわかんねぇけどキサキサマとも知り合いなんだろ?」


「そうですね。……黙秘します」

「おい」

 戦争でやらかし過ぎたから辺境に隔離されているなんて、昨日今日あったばかりのマコトに言えるわけがない。やらかしたことについては、一片たりとも後悔はしていないが。


「誰にだって話したくないことくらいあるでしょう。あまり大っぴらに言うことではないです。君に取って大事なのは自分が君のためになるかどうか。それだけではないんですか?」

「それは、まぁ。だろうがよ」

 到底納得できるはずもない返答だったが、イラの意思は固いようで、これ以上話を聞き出すことは難しそうだった。諦めて続きを促す。


「ならとっとと固有術式について教えてくれよ」

「そうですね」

 イラはふぅと息をついた。


「固有術式は概念術式、無色の精霊と深い関係にあります。先に定義を話しますが、固有術式とは“内界位階の中に新たな概念を生成し、それを精霊位階を通じて物質位階に発現させる精霊術”ということになります」

「つまり……どゆこと?」

「その個人にしか使えない新しい単語を作ると言いますか、先に概念術式についての話をしましょうか。概念術式は今までの精霊術とは全くプロセスの異なるものです」

 概念術式とはつまり精霊位階と物質位階ではなく、精霊位階と概念位階を重ねて結果として物質位階にも変化を及ぼすというよう、一段階余計なプロセスを挟むことになる。つまりそれだけ無駄があるということだが、干渉する概念によってはその無駄を補って余りある効果を発揮する。


「まず概念位階に干渉するためには六色の精霊に適性がある必要があり、しかも全色の精霊を均等に揃える必要があります。六色の精霊。それで初めて概念位階に干渉できるようになる。それで入り口なんです」

 ここから先は聞き流してくれても構いませんとイラは言う。


「何度も言っているようにこの世界は四つの位階が重なり合って存在しています。その構成ですがまず世界を動かす法則である概念位階があり、その法則のもとに物質位階。そしてその物質位階と少しずれた位相に精霊位階があり、これは概念位階と物質位階の中間に位置します。内界位階は世界の中の別世界ということになるのでやや離れた場所に位置します。精霊位階は他二つの位階の中央にあるのでどちらにも干渉できる。ですが干渉しやすいのは精霊術士自身が存在している物質位階です。だから精霊術士は皆精霊位階と物質位階を重ねることにまず尽力する。そして物質位階と精霊位階を重ねることに長けたごくごく一部の人間が概念位階に干渉しようとします。ですがそれはとても難しい。目をつぶったまま迷路を抜けろと言っているようなものです。何せ自分自身は知覚できない位階の話ですから。精霊術には明確なイメージが必須。ですが、そのイメージがまずできないんですよね。しかも先駆者なんていないものだから、ある意味全てを独学で学ぶようなものです。だからほとんどの人間には概念術式は不可能。ゆえに概念術式を使える者はめったにいない。しかし稀に独学でその領域にたどりつく人間もいる。君も知っているリリアーナ。彼女は概念術式を使えます」


 リリアーナはその余りある才能の全てを費やして、概念術式をやってみせた。例えば瞬間移動。例えば空間内の指定物質の消滅。例えば因果の逆転。「距離」や「空間」、「因果律」そのものへの干渉。いずれも物質位階に干渉するだけでは不可能な芸当であり、概念術式を有用に使えている稀有な例だ。

 有史以降、概念術式に挑戦した精霊術士は数多くいるが、その多くは有用さを示すことができずに挫折した。「火」の概念に干渉して、触っても熱くない火に変えても確かにすごいがだから何だという話であり、「速さ」の概念に干渉して少しの力で多大な加速ができるようにしても、「速さ」への概念干渉を行うために、結果的により多くの力を労してしまっている。


 学問的には価値あれど、実戦には毛ほどの役にも立たない。それが今も昔も変わらない概念術式の基本的な考え方だ。


「そんな概念術式。ですがこれを上手く活用できていないのは概念位階の概念を使っているからだと提唱する人がかつていました」

 世界という広い枠組みから作りだされる概念術式は不可能を可能にする可能性を秘めている。だが概念位階をもちいるには、あまりに暗中模索がすぎる。

 ならば既存の概念を使うのではなく、()()()()()()()()()()()ではないか。それが固有術式の起こりの発想である。


「世界の中の別世界。内界位階で概念を生成し、それを大枠の世界でも通用させる。これは言葉で言うほど簡単なわけではありません。内界位階の概念を外に出すこと自体は無色の精霊を活用することで比較的容易にできます。ですが前提となる概念の生成が難しい。必要となるのは物質位階に現出できるほど具体的かつ明確なイメージと、そのイメージを正確に精霊に伝達できるほどの技術。この二つが合わさってようやく固有術式は成立します」

 「ウテツオト」とイラが唱える。するとキィィンという高い澄んだ音と共に結晶が現れた。


「これが自分が作った固有術式に用いる単語“ウテツオト”。“透徹”と言う意味を持たせています。この単語を用いた精霊術を固有術式と呼び、既存の単語と組み合わせる時は呪文の冒頭に六節の単語、省略しても別に二節の単語を組みこむ必要はありますが、増やすだけの価値がある固有術式だと自負していますね」

 この「ウテツオト」と同じものを作ろうすれば六色全てを組み合わせた上級精霊術が必要になり、しかも省略しなければ九十節以上の長大な呪文になる。それを思えばたかだか二節付け加えることを無駄とは言いきれないだろう。


「固有術式の大きなメリットは、初見の相手に精霊術の性質が悟られないことと詠唱の大幅な短縮。デメリットらしいデメリットは……特に思いつきませんね。強いて挙げればまずそこまで到達すること自体が難しく、性質自体はつかめなくとも詠唱から固有術式を使ったとばれるので、変な注目を浴びるということですね。これで精霊術について大体の話は終わりです。明日からは精霊術の初級からやっていきましょう」


「初級、初級かぁ。なぁおっさん。ひとっとびに固有術式を使うようには」

「なりません。そんなことはせめて詠唱の発音が上手くできるようになってから言いなさい」

 呆れた調子でイラが言った。

次回から話が動きます。

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