回顧録1
いじめと、思い出の話。
今回は時間あったから、ながーいよっ
当時はそんな言葉知らなかったけれど、頂点と底辺を両立するのってなかなか無いことじゃないのかな。
僕は小学生4年生から6年生の始めまで、不登校児だった。よくある、いじめが原因。
その時期から、僕は性格が著しく変わったと言われている。原因の心当たりはあるけれど、それはまたの機会に。
冒頭の話だけれど、最近じゃあ漫画や小説でも当たり前のように出てくる『スクールカースト』のことだ。
僕は家庭の事情で幼稚園と保育園をそれぞれ1つ、小学校を3校程転々とした。所謂転勤族って言われる家庭ほどでもないけど、少なくもない。そんな微妙な数かもしれない。
特に、性格が変わる前と言われた最初の小学校の頃。転園こそしたけど、幼稚園や保育園では引っ越しをした訳ではなかったから顔見知りも多かったし、その頃は人と話すのがとても楽しかったのを覚えている。
その小学校は、何度も合併の話が出ているけれど、自治体の境目で他の学区に移るのが難しい地区が含まれているのと、地形の関係で『避難所』の指定が他に出来なくて惰性で存続しているという話を在学している頃から耳にしていた。
そんな学校だったからか、生徒も少なめだった。男女15人前後で、合わせて30人を切るくらいが一学年の平均だと記憶している。そんな人数でも、思い返せばヒエラルキー的なものが存在していた。
当時の僕は、幼子特有の正義感と万能感で一杯な元気が取り柄みたいな子供だった。学校の方針なのか生徒数の関係かはわからないけど、他学年と一緒の体育の授業があった時でも上位にいたし、勉強は塾通いの子と比べてもそこそこ出来る方。色んな遊びを思い付いて、クラスだけじゃなく他学年の子とも臆せず話して遊んでいた僕は割と中心的な位置に居たと思う。
それでも、やっぱりいじめはあって。
「○○ちゃんの靴が隠されたから、クラスみんなで探そう」って授業が潰れることがあった。「○○くんと○○くんが○○か原因で喧嘩をしたから話をしよう」って、臨時の学級会が開かれることがあった。
逆に、「○○ちゃんが曲をつくりました」って朝の会が音楽鑑賞になったり、「○○ちゃんが○○が出来るようになった」と臨時の発表会もよく開催された。
そういう時は、内心はどうであれクラスのみんなで楽しんでいたと思う。
最初、靴を隠した犯人は僕が見付けた。
隠されたと言っていた女の子本人だった。
「どうして、靴を隠したの?」
そう聞いたら、「○○くんに心配してもらえると思って…」と僕がよく一緒に遊んでいた男の子の名前を挙げた。話し掛けるのは怖かったけど、優しいその男の子の興味をひきたかったらしい。
それなら、と僕はその男の子と遊ぶ時はその女の子も誘うようにした。同じグループで遊ぶようになって、女の子は「ありがとう」と言ってくれた。
暫くして、またその子の靴が隠された。
僕はこっそりと女の子に聞いてみたけど、女の子は自分じゃないと言う。
授業を2つ分潰してやっと見つけた靴は、当時はまだ割と普及していた焼却炉の中にあった。
僕はまた、靴を隠した犯人を見付けてしまった。
いつも二人でくっついて行動している女の子達だった。
「どうして、靴を隠したの?」
僕はその二人にも同じ質問をした。
二人は互いに顔を見合わせてから、「○○くんと一緒に遊んでいて○○ちゃんはズルい」と言った。
僕は、靴を隠された女の子の時と同じようにその二人も一緒に遊ぶように誘った。けれど、件の男の子が困ったように僕の提案に首を振る。
「いつもそんなに大人数でする遊びじゃつまらないよ。それに、あの子達は教室で遊んでばっかりで、木登りやサッカーをしないでしょ?」
元々同じグループに居た女の子はスポーツが得意だったし、靴を隠された女の子は運動は苦手だったけど男の子と一緒に遊べるならとあの日からスカートをやめて、転んでもすぐに笑顔で走り回るようになった。だけれど、新たに誘った女の子二人はいつも人形のような服を着ていて休み時間も教室でお喋りをしているタイプだ。
その会話は二人の前でしていて、僕は二人にごめんねと謝ってから、昼休みを謳歌するべくいつもの面子で校庭に走り出した。
次の日、僕の上履きには画ビョウが入れられていた。
犯人はわかっていたし、僕は踵にしっかりと針を刺すことになったけど、直接彼女らに何かを言うこともしなかった。僕が悪かったんだろうな、とはぼんやりとでもわかったから。
それでも、雨の日なんかはその子達も誘って遊ぶこともあった。みんなで何となく輪になって、下らない話で盛り上がる。それで、みんな楽しんでると思っていた。
ある朝、僕の上履きが無くて。その頃は割と頻度が上がっていたし、忘れ物の多かった僕は持ち帰った上履きを忘れることも多かったからあんまり気にしないで
「靴下スライディング!」
とか遊んで、先生に怒られていた。
先生の目を盗んで、同じグループの男子とスライディングごっこをして遊ぶのは上履きが無い日のお約束だった。僕がいじめの対象になっていても遊ぶグループの子は変わらなかったし、グループの子の大半が塾通いだったから雨の日や放課後は他学年の近所の子や同じクラスの運動が苦手な友達と遊ぶのもいじめが始まる前から変わらなかった。
3年生の4月に転校が決まって、残りの登校日が6日になった日。
珍しく早起きした僕は、昇降口が解錠されるより早くに登校した。
用務員さんが鍵を開けてくれるのを待っている間に、クラスメイトの一人が登校してきた。
「君も早起きしたの?」
「俺はいつもこのくらいに来るよ。」
大人数で遊ぶ時か催しでしか話さない子だったけど、それを聞いて素直に感心した。
残りの数日は頑張って早起きして、早朝の教室でその子と話すのが日課になった。何で今まで話さなかったんだろうって思うくらい、僕達は仲良くなった。
最後の登校日。
初日以降はずっとその子より後に着いてしまったから、最後くらいら勝ちたい!と勝手に勝負に認定した早朝登校の時間をさらに早くしてみた。
昇降口どころか校門すら開いてない時間に着いたのは、今思い返すといっそ微笑ましい。門を無理矢理潜ることも出来たけど、流石に大人が居なければ校内に入れないのはわかっていたから時間を潰すために学校の周りをぐるりと一周したんだったな。
戻ってくると既に昇降口が開いてて、僕は慌てて駆け込んだ。彼はいつも昇降口が開く時間ぴったりくらいに登校してきていたから。
案の定、下駄箱の所に彼の姿があった。
彼は、自分の下駄箱の前じゃなくて、僕の下駄箱の前に居た。
「何をしているの?」
「別に。」
そう言って、彼は先に教室に向かう。
僕も靴を履き替えて後を追いかける。
「ねえ、何をしてたの?」
その日は、他の子が登校してきて別の話をするまで口をきいてもらえなかった。
その日の帰りの会は、僕が主役のお別れ会になった。仲の良かった子ばかりのクラスメイトは大半が涙を流して別れを惜しんでくれて僕も胸が一杯だったように思う。ただ、一番記憶に残っているのは早朝の会話で仲良くなれたと思った男の子が一日中、僕を避けていたこと。
昔から涙脆かった筈の僕が、その日は涙を流すことはなかった。
土日を挟んで、新しい学校に行く筈だった。
月曜日、僕はまだその小学校に居た。
何やら書類の関係だったとか、なんとかで親と共に妙な時間に学校の門を潜った気がする。子供だてらに、なかなかいたたまれない思いをした。
当然、教室には行き難くて、親の用事が終わるまで授業中の廊下をふらふらと歩いて時間を潰す。
このまま歩くと自分の居た教室の前、という所でチャイムが響く。逃げなければ、とキュッと廊下を鳴らして方向転換するも走り出す前に教室のドアが開く音がした。
それでもなんとか走り出して階段を駆け降りて、教員用の玄関から外に逃げる。5分の業間休みなら校舎から逃げれば勝ちだという判断からだ。
校舎の脇にある、ちょっとした林の中に入ってから呼吸を整える。やたらフランクな校長先生が手入れしているという梅林は、30分ある業間休みと昼休みには腕白盛りの生徒に人気のスポットだけど、5分の休みではやってくる生徒は滅多にいない。
今年は校長先生お手製の梅ジュースが飲めないな、なんて思いながら上を見上げていると校舎側から誰かの足音が聞こえてきた。
校長先生かと思って振り替えると、早朝の男の子の姿があった。
「もう、来ないんじゃなかったの?」
「僕もそう聞いていたよ。」
責めるように問うてくる男の子に、僕はどうしたらいいのか分からなくて不貞腐れたような声で答えた。
「それに、うんと遠くへ引っ越す訳じゃないし。従姉弟もこの学校だから催しとかあれば、たまには来ることになるよ。」
「……そっか。」
「そうだよ。」
それだけ話すと、男の子は歩み寄ってきて、僕の手を掴んだ。
「とりあえず、教室に行こう。」
「なんで?もうお別れ会したし、僕は今日授業は受けなくていいんだよ?」
「いいから!」
男の子より僕の方が力が強かったけど、なんでかその時は男の子が引っ張る力に勝てなかった。
昇降口で靴を履き替えようとしたけど、僕は上履きが無くて靴下のまま。男の子は、それに気付くと自分の上履きを脱いで僕の前に置いてくれた。
「履けよ。」
「別に大丈夫だよ。どうせ、すぐに帰るし。」
「…前に、上履き無くて泣いてただろ。」
ぎくりと、肩が揺れた。
いじめが始まって、最初はふざけてやり過ごしたけど、頻度が上がって暫くして……僕は耐えきれなくて授業をサボって空き教室で泣いてたことがある。その時も授業を潰して、いなくなった僕をクラス全員で探すことになった。
発見されるきっかけになったのは、情けないことに隠れていた棚にクラスメイトが寄り掛かったせいで床との隙間に指を挟んで僕が叫んだことだった。みんな、怪我が痛くて泣いたのだと思っていたけど…この子にはばれていたらしい。
恥ずかしくて、僕は返事をしないまま男の子の上履きを借りて歩き出す。
二人で教室に入ると、男の子を探しに行こうとした担任とクラスメイトに迎えられた。
始業に遅れた男の子をからかう声と、居ない筈の僕を驚きながら迎えてくれた生徒に囲まれて僕は苦笑するしか出来なかったけど。
用事の済んだ親が、僕を迎えに来て男の子に上履きを返す時。男の子がこっそり耳打ちしてきた。
「朝、お前の上履きがちゃんと靴箱にあるか確認してたんだ。みんなに囲まれて笑いながら、みんなを守ってるお前が、一番格好良いよ。」
その言葉が嬉しくて、次の学校でもまた頑張ろうって思った。
校舎を出ても、授業中の筈なのに窓から手を振る元クラスメイト達に懸命に手を振って本当のお別れをした。
今日はそんな、スクールカーストの頂点と底辺に同在した時の話。
この学校の時の話は、またするかもしれない。面白い話も沢山あるからね。
でも、その2年後。
僕は学校に行けなくなった。
そして、人と話すのが大好きだった僕は、人間が大嫌いになった。
例え良い思い出があっても、そういうものなんだよね。