水無月5
「僕」は「弟」と一緒に住んでいます。
僕は、梅雨が苦手だ。
暑いだけの夏ならばダルくはあっても構わないと思っている。だけど、日本の…特に関東以南の夏は蒸し暑くて敵わない。
じわりと滲む汗が、滴となって流れるよりも先に空気中の砂や塵などと混ざって肌にへばり付くこの頃。それほど寒暖に弱い訳ではないけれど、文明の利器に慣れきった身体じゃあそれもたかが知れている。
「弟くんよ、人は何故水中で生活出来ないのだろうな。」
エアコンの無い自室でおジョーと戯れるのが流石に苦行になってきて、リビングでゲームをしていた弟くんの所に移動して疑問を投げ掛ける。
チラリと一瞬だけこちらに向けた視線をテレビ画面に戻しつつ弟くんはふむ、と息を吐いた。
「また哲学っぽいヤツ?それとも独り言?」
「いいや、ただの思い付きで純然なる疑問だよ。」
「じゃあ、陸上に適応する進化をしたからと答えておくよ。」
僕からは画面が見えないけれど、銃撃音と爆発音がテレビからしているからFPSだったか、その辺のシューティングをしてるのかもしれない。
画面を視界に入れるとCG酔いをするので、テレビの真後ろに陣取ってエアコンの涼やかな風を浴びる。
「確かに陸上なら人は大分広く分布しているね。でもさ、それほど適応能力があるならば水中に適応する人種が存在してもいいんじゃないかな。」
話している途中に盛大な爆発音がしてから、弟くんが此方を向いた。ゲームオーバーにでもなったのかもしれない。
「ファンタジー的な人種ってこと?」
「それも面白いけれど、流行りの小説ネタは先ず無理だろうね。それならSFの方が嬉しいかな。まだ、僕が実験台になる可能性が残されているから。」
弟くんはまたふむ、と溢して顎に手をやる。長考の構えだ。
塩対応のようだけど、弟くんと話しているのは面白い。本人には迷惑でしかない筈の答えの出来ない会話に、僕にはない発想で付き合ってくれる。
「確かに可能性はゼロじゃないけど、限りなく0%に近いチャンスを掴む切っ掛けが無いよな。」
コンテニューする様子が無いから、今日はこの会話に思考を割いてくれるのだろう。
万が一以下の確率で、水中で活動する為のなんらかの研究が実を結んだとしよう。その実験台に無作為に選ばれるなど、小説や漫画の世界でしかあり得ない。
「んー…とりあえず治験サイトの巡回はしてるけど、結局ある程度まで進まなきゃ詳細もわからんしな。ネットで呟くにしても、やり方がわからん。」
「……お前さんの中途半端に現実的な所が、たまに解らなくなる。」
今度は弟くんがはっきりとため息をついた。
「現実として行いたいことだから、発想が突飛でも現実的な箇所があるのは当然じゃない?」
「まぁ…うん、そうね。」
何か、諦められたっぽい。
そう感じたのは間違いじゃなかったみたいで、弟くんはゲームを再開した。
どうせ答えも出ないし、他力本願をそこまで本気にもしていないので僕も会話を打ち切って弟くんの隣に移動する。
やることもないから、具合悪くなったら寝るつもりでおジョーを膝に乗せてゲームを観戦することに決めた。
銃剣の世界も楽しそうだけど、僕の身体能力じゃあ良くてOPの屍その10くらいだろうな。なんて考えてたら、案の定直ぐに気持ち悪くなって部屋に引き上げようと腰を上げる。
「なぁ、お前さんや」
階段に足を掛けた所で弟くんに呼ばれた。
「なんだい?さっさと寝ないと、階段を登れなくなりそうなんだが。」
「もうお互いいい歳なんだから、ぬいぐるみ抱えてテレビ越しに妙なポーズ決めるのは止めてくれないか?」
「可愛くも凛々しいおジョーの姿を君に見せ付けていたのだよ。」
酔っ払いに出来る最大限の凛々しい顔をして、おジョーと一緒に弟くんを5秒程見詰めてから部屋に引き上げる。
またゲームオーバーらしき音が聞こえたけど、ベッドに潜り込んだ僕とおジョーには関係の無いことだ。