言わない優しさ、言えない弱さ
十七時三十分。待ち合わせより随分と早く来てしまった。別に野崎との邂逅が待ち遠しかった訳ではない。寧ろ、久々に会う友人にどう接して良いか、少し戸惑っているくらいだ。
それでも、家に居るよりは幾分かマシだった。
「あれ……?お前早くね?」
三十分をどうやって潰そうか、決めあぐねていると、改札から出てきた彼女に声をかけられた。
「そっちこそ、つーか電車?」
「あ?言ってなかったっけ?今もう一人暮らしだよ」
街の方に住んでる、と自慢するでもなく言ってのける。私には、やはり彼女の姿も背広同様に眩しかった。
「じゃあそっちで待ち合わせでも良かったのに」
そう言ってはみたものの、実際どうだろうか。仮に彼女の現状を知っていようが、私はその事を考慮に入れなかった気もする。
「里帰り的な?」
彼女はそう言ってお道化てみせる。だが、最初の待ち合わせを私がすっぽかしたという事は、だ。恐らく彼女は本日二度目の『里帰り』なのだろう。
そんな事はおくびにも出さず、これからどうするか、と嬉々として考えている。私はそんな彼女にも、やはり後ろめたさの様なものも感じた。
「と言ってもこっちじゃ何にもないだろうに」
「カフェくらいあるだろ、どっか」
「そりゃ君の方が詳しいだろ。私は帰郷してまだ日が浅いんだし」
私の言葉に、彼女の表情は曇った。何か、決定的な事を言うか言うまいか、逡巡している様にも見える。
彼女は中空を見たり、私の顔を見たり、を何度か繰り返した後、口を開いた。
「……なぁ、何で帰って来たんだ?」
「大学を辞めたからだよ」
即座に、口を突いた言葉がそれだった。お互いがお互いの行間を読み合う様な、気まずい沈黙が流れた。
「……そっか。あーあ、勿体ねぇな!アタシなんかじゃ逆立ちしたって入れないのにさ!」
私は彼女の意図を汲まなかった。しかし、彼女は私の意図を汲んでくれた様だった。
「逆立ちして入れる奴が居るなら逆に見てみたいよ」
「けっ。解ってて言ってんだから性格悪いよな」
片手を頭上でヒラヒラさせて、歩き出す彼女は、女性だと言うのに、いやに格好良かった。
「……ありがとう」
彼女の背中を見ながら、ぽそりと呟いた。聞こえたのか、聞こえないのか、彼女は立ち止まり、振り返る。
「おい、早くしろよ。もうカラオケで良いっしょ?」
「私が音痴なのは知っているだろ」
「だからじゃん。音痴と行くと楽しいんだよ」
カラカラと笑いながら再び歩き出してしまう。夕日の眩しさに、彼女の顔は見えなかったけれど、私の足元まで届く影は何処となく寂しそうだった。