日出まではまだ至らず
それでも言葉を飲み込んだのは、私も同じように好奇心を抱いてしまっていた事に対する後ろめたさの様なものだろう。一度意識してしまうと、黙っているのも何だか気まずい。
「それよりも、何で亡くなったんだ?やはり病気か?」
彼女は昔から体が弱かったのだと聞いたことがある。学校行事も体調不良を理由に不参加である事が多い子だった。中には穿った見方をして、そんな彼女を「仮病だ」と責め立てる輩も居たが、多くの人はそれを受け入れていた。
「いや、自殺だってよ」
また、事も無気に言う。流石に面白がっている風ではないが、別段悲しんだり気に病んだりはしていない様だった。私はグラスを取り落さない様にするので精一杯だった。酷い腹痛に襲われた時の様に、脂汗が滲む。
「自殺って、そりゃまた何で」
「さぁ?詳しくは知らないさ。関と仲良い友人って余り居なかったから、詳細を知ってる奴が全然いないんだよ」
思えば、学生時代からそうだった。彼女は病弱という事で、周りとは少し違う扱いを受けていた。無論、差別などではなく、好意による区別だ。
「彼女は病弱だから重いものは持たせないでおこう」とか、「体調悪かったら無理しなくていいからね?」等々、数えればキリがないが、私の同級生達は、必死に彼女を気遣おうとしていた。
容姿が整っていた事も、それを助長したのだろう。結果、孤立はしていないのに、彼女はいつも寂しそうではあった。
「って言うかその辺はお前の方が詳しいだろ。仲良かったんだから」
意地悪く笑ってこちらに投げかけてくる。口角が上がりすぎて、口に含もうとしたウイスキーが零れそうになっている。
「やめてくれよ。そういうんじゃないってば」
一つ溜息を零し、こちらも少量酒を口に含む。別に彼女との間に色恋沙汰があった訳ではない。ただ、一年の時に何故だか向こうから良く突っかかってきていただけだ。
休み時間になると態々隣のクラスからやってきて、私の私物にいたずら書きしたり、酷い時には書道に使うフェルトの下敷きを向こう側が透けて見える程引き伸ばされた事もあった。
文句を言おうものなら、「過保護な」女生徒達が逆に私を糾弾する始末だった。所が、学年が上がり同じクラスになると、それがぱたりと止んだのだ。
未だ私は理由を知らないが、時を同じくして彼女の顔から笑顔が減ったように記憶している。だから、それ以降は学校で会えば少し話をする程度の関係だった。
「大体、不謹慎だろ」
こんなやり取りをする事が、彼女に悪い気がしてしまった。
「死んだばかりならまだしも、もう二年だ。いつまでも暗い顔してる方が可哀想だろ」
ただでさえ生前は寂しかったろうに、死んでからくらい笑ってやれよ、と急に真面目に語り出した彼と、目を合わせる事が出来なかった。グラスの残りを一気に飲み干して、空のそれをテーブルに叩き付ける。一瞬、しんと静まり返った。
彼の言い分は恐らく正しいのだろう。解ってはいる。けれど、彼が彼女の死を冗談として話せるのは、それがもう過去になっているからだ。先程聞かされたばかりの私には、まだそこまで受け止めきれない。
「解った、この話はもう止めよう。聞いた私が悪かった」
彼が冗談交じりに語るのを、これ以上聞き流す自信がなかった。興味本位で聞いてしまった私に、彼を責める資格もないとも思った。
結局その晩は、くだらない話をしながら飲み明かした。