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第9話 教会ウルフ

 七時きっちりに目を覚ますと、今日は曇り空だった。この広い家の間取りにももう慣れた。部屋から出て、洗面所に行って歯を磨き始める。昨日の寝付きはよくなかった。なんだかすごく激しい夢を見たような気がしたからだ。目の縁には隈が出来てる。結構早く寝たはずなんだけどなあ…


「ふわぁあーねむいぜ」



 あくびを噛み殺して、水で洗顔する。その冷たさが俺の眠気を何処かへと追いやった。よし!これでOkだ。



 顔をパンパンと叩き、一階へ向かう。ヴァイオラは既に起きており、朝食の準備をしていた。



「おはようーレン!よく眠れたかしら?」


「なんだか変な夢を見てたような気がするんですけど、忘れちゃいました」


「あらそうーどんな夢だったのか興味あるかもー」


「いやーなんだったんでしょうかね?かなり激しい夢だったんですけど…まったく覚えてないんですよ」


「あらーエッチな夢かしら?」


「いえ…その…多分全然違います」


「あは!ところで目玉焼きとオムレツどっちがいい?」


「オムレツを頂けますか?」


「オッケー!まっててねー。あーところで、ロリリン起こしてきてくれない?」


「えーと。彼女の部屋に入って良いんですか?」


 それは女の子の部屋に入ると言うことだった。考えただけで鼓動が速くなる。俺は気まずくて頭を掻いた。


「うん。起こしてきてー朝食の時間だし」



「あー…えと、分かりました」



 彼女の部屋は三階にある、俺は階段を上って部屋に向かった。しかし…生まれて初めて女の子の部屋に行くのか…なんというか緊張していた。部屋の前でドアがノックできずに固まってしまう。


 だが俺はロリリンを起こさなければならない!これは使命なんだ!決して寝顔が見たいわけではない…



「ええいままよ」



コンコン   



起きない



コンコン



起きない



コンコンゴンゴン



 駄目だ…まったく起きない。俺はそっとドアノブに手をかけた。予想とは裏腹に、簡単に扉は開いた。確かに、誰だって自室に鍵をかけて寝たりしないだろう…しかし、なんだかイケないことをしているような

気分だった。


 18歳のフランス人女子高生の部屋に侵入する20歳の日本人男性………………どう考えても犯罪じゃないか!




 ロリリンの部屋に入った瞬間、イチゴみたいな甘い香りが俺の鼻腔をくすぐった。ホントに良い香りで驚いた。これが女子力なのか…?



「ロリリン!起きろ!朝だぞ」



 彼女はまるでお姫様みたいに、部屋の真ん中にあるベッドで寝ていた。甘い匂いにつられてふらふらと近づく…


 上から彼女を見下ろすと、生まれたばかりの天使みたいなホッペがすごく柔らかそうだった。半開きのピンク色の唇から子猫のような寝息が漏れて…その奥に真っ白く整った前歯がちらりと見えた。


 …ひょっとして白雪姫なんだろうか?キスすると起きるのか?



「起きないと…ほっぺつねるぞ…」


「…」


 自然と、彼女のほっぺに指を伸ばしていた…ゆっくりと。



 その指先が頬に触れた瞬間、パチリと青い瞳が開いた。彼女の瞳孔が猫みたいに収縮する。俺達はしばらくの間無言で目を合わせた。



これは…言い訳した方が良いんだろうか?



「お、おはよう…朝だぞ…」


「…」


「………Eeeh. Auhm」


 ロリリンはさっと布団で顔を隠して何かもにょもにょと呟く。


「それ…フランス語?」


「Auww....え…もう…だめでしょ!」


 彼女の耳と白いほっぺが急にピンク色に染まっていく。こんな風に恥じらう女の子が現実にいるとは思えなかった。


「いや、これには訳があって…」


「Hentai....もぉ…えっちなんだから!」


「ご!ごめん!」


「…あはは…別に良いけど…」


「…え?」


「いいよ…」


 顔を布団で半分隠して上目使いで俺を見る。その表情は慈愛の眼差しだった。全てを真っ直ぐ受け入れてくれる。俺は生まれて一度も、そんな目を向けられたことも見たこともなかった。


 急激に鼓動が速くなっていく、なんなら心臓が口から飛び出すんじゃないかってくらい。


 俺はどうしたらいいか分からず、電池の切れたロボットみたいになって、完全に固まってしまった…



「二人ともーーーオムレツ出来たわよーーー」




「「うわ!」」



 ヴァイオラの声に、二人して体がビクッと動いた。ロリリンは髪の毛が逆立ってる。俺は冷や汗を額からかいていた。そんなコメディーみたいなシチュエーションが可笑しくて…俺達は目を合わせながらクスクスと笑いあった。



「へんなの…レン」


「ほんとだ。ロリリン」






 朝食を食べた後、今日はロリリンと二人で教会に行くことになった。どうやら、敬虔なカトリックらしい。


「ミセスヴァイオラは教会に行かないんですか?」



「あー実はねー私もカトリックだったのよ。でも私の母がガンになったときにね?たくさん教会に行って祈ったのよ…それでも母は死んじゃってね…」



「…そんな辛い過去があったんですね…お聞きして申し訳ありませんでした」



「いいのいいのー。それ以降教会に行くの止めちゃったのよーでもロリリンは毎週行ってるからね!二人で行ってきなよー」


「レン!今日は私が車を運転するんだから!」


 ロリリンが任せろ。とばかりに胸を張った。彼女が免許を持ってることが以外だった。


「免許取ってたのか?」


「先週試験に合格したばっかりなの!」









ガコンガコンガコン




 運転はロリリンが担当した。パリから少し離れた地方都市、カーン市の道路はお世辞にも整ってるとは言えず、石畳の道路をガタガタ揺らしながら走行していた。



彼女の運転も上手とは言えず…




「あーーーやば!道間違えた!」



「お、おう」



「あら。縁石にぶつけちゃった…」



「おう…」



「ねぇなんか車の底ガリガリいってるよ!やばいよ!レン」



「えぇ…」



 はっきり言って滅茶苦茶だった。人生の中でワーストな運転を見た。メルセデスベンツを削るのは止めて欲しかったが、俺はこんな高級な車を彼女の代わりには運転できない。そもそも左ハンドルの車は初めてだ。



 それでも、俺は彼女とのドライブが楽しかった。高級車の助手席に優雅に座りながら、青くなったり、赤くなったりしながら運転する彼女を観察することはコミカルだったからだ。自然と笑みがこぼれてしまう。



「笑うなんてひどいよ!レン」



「ははは、なんか面白くてさ」



「もおーー意地悪な男」



 そんなバカみたいなやり取りを経てようやく教会に到着した。




 扉を開けて入り口に入るときに、ロリリンは胸の前で十字を切って肩膝を軽く地面につけた。すべて一瞬の動作だったが…俺はその格好いい仕草に惚れ惚れしてしまった。

 

 似た動作をどっかの映画で見たことがある…騎士が片膝を着いて、その女王陛下が騎士の両肩をポンポンとサーベルで叩くシーンが脳に浮かんでは消えてった。



 暫くして教会の礼拝が始まった。そいつはものすごく長かったし、ずっと立ちっぱなしの状況に辟易したが、建物や歌声、人々の表情はとても美しかった。


 礼拝が初めてだったし、神父が話している内容も分からなかったので、適当に相づちを打つ。やがてすべての行程が終わった。



「ねぇ!教会はどうだった?」


「俺にとって特別で最高の1日だよ。なんだか心がきれいさっぱり洗われた気分だ」



「そうかそうか!よかったねレン!」



彼女はとても嬉しそうだった。










 家に帰って、一休みを入れるため、彼女と流行りの映画を見ることした。ソファーに座ると、ロリリンは俺にそっと身を寄せてきた…。


「もう八時だよ…レン」



「そうだね」



「また教会一緒にいこ?」



「うん」




 正直映画の内容なんてどうでも良かったし、まるで頭に入ってこなかった。それは、彼女の体の温もりが直接伝わってくるからだ。


 ストロベリーの甘い上品な香水の匂いを仄かに感じた。頭にドンドン血が上って来る。



「ふふ。レンの体温かいし…耳も真っ赤っかだね」



 彼女の言う通り、俺の耳は真っ赤になっていて、心臓の鼓動はEDMみたいにガンガン鳴っている。フラフラの頭を動かすと、すぐ隣にロリリンの小さな顔があった。唇から漏れたしっとりした息が俺の頬や唇をくすぐる。




 あと少し顔を動かせばキスできることに気付いた俺は理性という砦がガラガラと音を立てて崩壊するのを感じた。


「ロリリン…!」



「きゃんッ」



左ほほ、右ほほ、首筋。彼女の体に、唇が触れるだけの軽いキス。


 ふわふわで柔らかい金髪に鼻をくっつけ、息を吸い込んだ。彼女の美しい髪の中の甘い香りは脳味噌を直接くらくらと揺さぶった。



「Aghun…oh... non」



 彼女を思いきり抱き締める。もっともっと甘い匂いがした。どうやら俺はこの匂いが大好きなようだ。


「Hmmm....hu....どうしたのレン…ハロー?」


と、子供をあやすような声で優しく耳元で囁いた…彼女の白くて細い指が俺の頭を優しく撫でる。マイベイビーどうしたの?聞き分けの悪い子なんだから?みたいな。



「あなた…狼みたいね…」



 俺はその細い体を抱き締めたまま何も答えない。彼女の速い鼓動が体に伝わってきた。俺の心臓はもう爆発しそうだったが、彼女もそれに気付いていたようだ。



「レンの心臓爆発しそうだよ…?」


「うん…だから、もう少しこのままで」


「変なの。おおかみさんは甘えんぼさんだね」


「色々とぶっ飛んじゃいそうだ」


「レンが飛んだら追いかけてあげる…」



俺はもう一度深呼吸した。



そして息を吐いた。



「舞踏会…上手く行くと良いよな」


「私はレンと一緒にいた方がたのしいよ」



ふとガラスを見ると…外は真っ白くなっていた。



「なぁ…外見てくれよ」


「あら…」


「雪だ」






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