第六話 作戦目標 カーン市奪取
地獄のノルマンディー海岸を突破した俺含めた連合軍だったが、その前に立ちはだかるドイツ軍。彼らはまるで鉄の如く一歩も引かなかった…
「…エドワード…」
元勇者、改め佐久間連、改めエドワードである俺は、連合軍の芳しくない戦況を前に頭を悩ませていた。
もともと、ノルマンディーを突破すればパリまで楽勝に進撃できると考えていた連合軍上層部だったが、上陸地点確保の後に更なる障害が立ち塞がっていたのだ。
それはノルマンディー地方中心都市のカーンに立てこもったドイツ軍装甲戦車師団の存在であった。
「おいエドワード!聞いてるのか!?」
「…ッ何でしょうか!軍曹?」
しまった…俺の今の名前はジェームズ・エドワードだ。昔の名前は佐久間連だからな。まったく気づかなかったぜ。俺を怒鳴り着けた兵士の名前はウィリアム軍曹。残念だが姓は忘れた…
「君の全線での活躍は聞いている。果敢にもバリケード突破に貢献し、トーチカ陣地陥落させたのは流石だ。だがしかし、砲撃で耳がおかしくなったのではないか?これで四回目だぞ」
「今後の作戦を頭に叩き込んでおりました。」
「作戦内容を記憶するのは良いことだ。しかし、耳は本当に大丈夫なのか?」
「軍曹。私の耳は何も異常はありません!問題なく軍務を続行できます」
「威勢が良いのはよい。しかし、作戦中に支障が無いよう心がけろ」
「了解しました!」
軍曹は何か気味が悪いものを見るような目で俺をみた。俺の後ろの死神を見たのか。いずれにせよどうでもいい。
前の小隊はオマハビーチで全滅したので、別の部隊に配属された。前回の作戦で戦死した人員の穴埋めとして編入する形になったので、部隊内で居心地が少々悪い。俺以外の全員が顔見知りな上付き合いが長いみたいだ…
そんなことを考えていると、筋骨粒々の米兵が俺に話しかけてきた。
「おいエドワード。あまり軍曹を刺激するのは止せ」
「確か…あんたはトムだったか…?」
「おいおい。もう俺の名前があやふやなのかよ…さっき自己紹介したばかりじゃねーか」
「すまない、考え事をしてた所だ。色々と思う所があったんだ。全滅した小隊にいた同期と仲がよくてな」
「まあ…そいつらは残念だったな…オマハビーチは悲惨だったらしいじゃねえか。上層部はあまりの損害に大きさに驚いてやがるぜ。一時期はおまえらをユタビーチに撤退させる案もあったらしいが、お前を含めた残存兵と一部コマンド部隊が善戦したお陰で突破できた」
「そんなこと知りもしなかったよ。みんな死んだし、俺はただ銃を撃ってた。どのみち撤退しても損害は同じさ。なんたって、後ろから機関銃でビーチに釘付けだからな。だがら、あの時は前進するしかなかったんだ」
「それは勇ましいぜ。エドワード。次の戦場でも活躍してくれよな」
「Ok.トム。後ろは任せたからな」
俺はトムを一瞥した後、再度状況を頭の中で整理することにした。作戦内容なんか頭に入ってるわけがない。計画書の言語は英語で書かれている。元日本人の俺が読めるわけないだろ?
俺が整理していたのは今置かれている状況だ。なにがなんだか分からねぇ…
Ok. 整理しよう。
俺の名前は佐久間連。元日本人で18歳の高校生だったはずだ…英語なんて話せやしなかったはずだが、俺はこの米軍キャンプで不自由なくアメリカ人の兵士とコミュニケーションが取れる。おそらくだが、俺は非常に流暢に英語を話している…
だが文章となると微妙だ。書いてある文字があまり読めないのだ。これは推測だが、ジェームズ・エドワードは学がないのかもしれない。
それよりもだ、俺は異世界に召喚されて魔王を速攻で倒した!スキルは99999。すべての能力が最強だったハズなのに…なぜこんなキツくて泥臭い戦争をやらなければならないのだ。
こんな糞みたいな女すらいない戦場で男どもに囲まれて戦争とは痛み入るぜ…。前の世界じゃハーレム三昧。奴隷女を毎晩取っ替え引っ替えして遊びまくってたのに…それに、元帥で勇者だったんだ。俺の指先一つの大規模攻撃魔法で100万の魔王軍が吹き飛ぶのだ。
そんな俺が…なぜ…なぜ、チートが使えないのだ。そもそも何が目的なのか?第二次世界大戦の世界で米兵になって死に戻り、戦う。それに意味はあるのか?
前の世界では世界を魔王の手から救うという目的があった。
じゃあ今回は?
ええい!まどろっこしい。もし俺が勇者元帥、佐久間連ならノルマンディごと全部上級魔法で吹き飛ばして終りだった所だぜ。
そんなこんなで俺は作戦計画書を睨み付けた。英国国旗とその属国カナダ国旗が描かれた先に二本の矢印が引っ張ってある。その隣に小さなアメリカ国旗が書いている。おまけみたいなポーランド国旗もある。矢印の先はフランスの城下町カーン市を目指しており、どうやら連合軍はここを陥落させたいみたいだ。
しかし上陸後、ドイツ軍による大規模な抵抗があったため、連合軍はカーンを目前にして進撃を停止せざるを得なくなったのだ。
今日は作戦当日、既に終了したブリーフィングによると英軍と加軍、及び一部米軍による合同作戦でカーンを攻略するらしい。俺の部隊の任務は友軍の側面を支援することだ。
「総員!これよりカーン攻撃のため移動を開始する!モンゴメトリー将軍の指揮に下る全ての部隊は、行軍の準備に取りかかれ!」
将校服をかっちり着たお偉いさんが声を張り上げて指示を下した。これから、戦闘が始まるのか。
「まったく…やれやれだぜ…」
俺ことエドワードは小銃を方に担ぎ、部隊に合流して移動を始めた。しかし、俺の頭の中には暗雲が立ち込めていた。将校がブリーフィングの時にちらっと聞こえたそのワード。それが引っ掛かったのだ。
「いずれにせよ楽な戦いになるわけねーよこれ。死亡フラグ立ちまくりじゃねーかよ。だって俺聞いたことあるんだよ、そのカーン市内に立て籠ってる敵部隊の名前…」
俺は盛大にため息を吐いた…
「SS第12装甲師団、ヒトラーユーゲントだってさ…」
空を見上げると、先行きを示すかのように雲が広がっていた。
二時間の行軍を経て、前方に設営された最前線の拠点に到達した。ここから5kmほど先にある小さな町は既に敵の勢力圏だ。まずはその村から攻略する。我々、アメリカ陸軍歩兵隊は威力偵察を担当するカナダ軍部隊の支援を行うのだ。
カーンから少し離れたこの村は、敵装甲師団の側面に当たる地区だ。ここを押さえれば、敵を二方向から攻撃することができる。
正面からは、カナダ軍及び自由ポーランド軍将兵が攻勢をかける。アメリカ陸軍は側面を確保、砲兵の支援と共に味方の前進を支援する。
比我戦力差は圧倒的にこちらが有利。ドイツ軍は上陸作戦による混乱で上手く動けない。この混乱の隙をついてフランス内地まで一気に進攻する。
味方部隊将兵の間では楽観論が流布していた。その理由は、敵師団のユニークな特徴のせいだ。カーン市内に展開する部隊は、SS第12装甲師団。通称ベイビー師団だ。彼らは主に、16歳から17歳のヒトラーユーゲントに所属する青少年で構成されていた。
連合軍は彼らの師団旗の象徴であるSSの印を哺乳瓶に変えたポスターを流布するなどして、士気の向上に勤めていた。いずれにせよ、敵師団はただの糞ガキで構成された部隊。熟練の強者揃いの連合軍将兵の敵ではない…誰もがそう考えていた。
三日でカーン市を陥落させ、パリまで一週間で駆け付ける。そのはずだった…
異変は即座に分かった。俺たちアメリカ軍の元へ伝令が慌てて来たからだ。行軍中の制服を来たお偉いさんのもとに無線兵が飛んで行った。
「大隊長殿!無線によると、カーン市目前まで迫ったカナダ軍重装歩兵及び戦車部隊が…全滅しました。同部隊は敗走し、現在被害状況の把握と、部隊の建て直しを後方で行っているとのことです!」
「なんだと?そんな馬鹿な…カナダ軍の部隊は最新鋭の戦車を装備した精鋭部隊だぞ!」
「いえ…しかし、HQからの無線でして…」
「まさか…」
お偉いさんの顔がみるみる間に曇っていく。我々アメリカ軍は歩兵部隊だ。戦車などの重武装をしていない…しかし、敵は友軍の戦車部隊を打ち破った。つまり我々の部隊では対抗できない可能性がある。
「Noだ。作戦続行を全部隊に伝えろ。我々は計画通りあの村に進軍し、砲兵部隊を展開する。作戦の遅延を見過ごすことは出来ない。それに我が軍の後方にはモンゴメトリー将軍指揮下の英軍正規部隊とアメリカ陸軍が備えている。勝利は目前だ!」
「了解しました!」
「作戦決行は20分後だ!全部隊に通知しろ」
うわーヤバいわ。意気揚々と宣戦布告を行うお偉いさんを尻目に俺の頬を冷や汗が流れた。
これは死亡フラグではないか。俺は状況を好転させるアイディアがないかどうか必死に考えた…考えたが無駄だと悟った。二等兵に何が出来る?
''ちくしょう俺が元帥なら!エタノールソードで包囲殲滅なのに…''
どうせ死に戻るんだ。初回はあちらのお手並みを拝見しようじゃないか。どのみち進まないと終わらないだろ?M1ガーランドを握る手に力を込めた…来るなら来い…俺は史実を知ってる。連合軍はパリまで一直線だ。ドイツは敗北する。
周りの兵士の顔を見渡すと、戦闘を待ち望むような表情の兵士が沢山いた。戦争を忌避する一方、それを待望する者もいる。男なら誰だってM1ガーランドを撃ちまくりたいよな?
ウィリアム軍曹が大声で我々の部隊に呼び掛けた。
「一番槍は俺の部隊だ!お前ら行くぞぉ!」
「「うおおおおお」」
野獣と化した米兵!俺たちを止めるものは何も存在しない!
「うおおおおおおおおおおおおおおぶっ殺す!!!」
俺も叫んだ。トムも叫んだ。
これからドイツ兵狩りが始まるぜ!
結果は散々だった。まず相手の初手だが…味方の兵士を沢山乗せたトラックが村に続く道路に入った途端爆発し、宙を飛んだ。
比喩じゃなく宙を飛んだ。トラックがひっくり返って黒煙を上げていた。たぶん地中に埋まった対戦車地雷を踏んだのだろう。後続の車両が怖じ気づき、道の真ん中でもたつき始めた矢先に、RPG7みたいなバズーカを持ったドイツ兵が、道路沿いの森から飛び出して後続の装甲車と歩兵が乗ったトラックを攻撃してきた。
貴重な偵察部隊が歩兵を展開する間もなく爆散し、燃え盛る装甲車両に容赦のない銃撃が加えられた。
案の定こちらの指揮官は逆上し、後続の歩兵部隊に突撃を命じた。この中に俺たちの部隊も含まれていた。
俺達は銃を射ちまくって、手始めにRPG7みたいな筒をもった敵兵を撃ち殺していく。その後に機銃掃射を行う機関銃陣地も蜂の巣にしてやった。
そうして、こちらの射撃が終わり、ようやく村の入り口に仕掛けられたトラップと敵戦力を全滅させた。
しかし問題はその後だった。俺たちは複雑に入り組んだ市街地で血みどろの戦いになった。村に入り込んだ後、あらゆる建物からの十字放火が我々を待ち受けていた。バタバタとオモチャみたいに倒れる兵士達。果敢にも反撃する有能な一部将兵は、高所からの狙撃によりことごとく撃ち倒された。
指揮系統は瞬時に崩壊し、俺たち小隊は命からがら近くの建物に撤退したが、四方八方から銃撃される。しかも遠くから地鳴りと馬鹿みたいにでかいエンジンの重低音が鳴り響いている。
「これは…戦車?」
「オーマイガッ」
誰かが呟いた時には時既に遅かった。
爆音
ドカアアアアン
避難していた二回の窓と屋根がまとめて吹き飛んだ。煉瓦と瓦礫が吹き飛び、その巻き添えで数人の兵士の頭が吹き飛んだ。
「おいエドワード!どこにいる!?」
血塗れになったトムが叫ぶ!
「こっちだ!トム!」
トムはあちこちボロボロで、煤で黒くなった顔を強張らせながら銃を撃ちまくっている。
「トム。俺たち包囲されたぞ!退路を絶たれた」
「ああ!?糞が!あいつら全部皆殺しにすりゃ関係ねえ!」
「ウィリアム軍曹はどこ行ったんだ?!」
「速攻で頭を撃ち抜かれた。外は狙撃兵がいるぞ。窓から顔を出すな!」
「窓から身を乗り出さずにどう反撃すんだよ!?」
「知るか!どうにかするしかねーだろ!?」
俺の言葉に威勢よく切り返すトムだが、誰がどう見ても、こちらが全滅間際なのは明らかだった。
「そんなことよりトム!弾薬はあるか!?もう弾がない!」
「受けとれエドワード!こいつで最後だ」
そんな絶望の中、トムが弾を俺に向かって投げた。
砲撃で壁にでかい穴が開いた先から迷彩柄の兵士があちこち走り回っている。
「ちくしょおおおふざけんなああああ、俺に何を求めてんだよこんちくしょおおおおおお」
ガンガンガンガンキーン
今では最高の友となったガーランドを付き出して弾切れになるまで撃ち尽くした。が、相手から数百発のお返しが帰ってくる。
こっちが数発撃つ。相手は百発撃ち返す
これが友愛なのか!?俺はただひたすら床にへばりつくように伏せた。
ゴキブリみたいに地べたを這いつくばってるおかげで視界はゼロだ。だが遠くからエンジンの重低音が聞こえた。そいつはどんどんこちらに近づいてくるじゃないか。
その地鳴りがどこかで止まった直後に爆音
目の前で震えていたトムと数人の米兵が壁ごとまとめて吹き飛んだ。
と思った瞬間俺も吹き飛んだ。屋外に放り出されて無様にゴロゴロ転がる。瓦礫とレンガ造りの道路のせいであちこち擦り切れて、肋骨の何本か逝った。鼓膜も破れた。
ああ…なるほど。これが死か…
目がくらくらして、耳鳴りが収まらない。キーーーーン…みたいな金属音が支配してる、銃声が聞こえねぇ…つーか吹き飛んで外に出たお陰で周りの景色が見れる。青空が最高じゃねえか。俺は照り付ける日差しに目を細め、膝立ちになって青空を流れる雲を見つめた。
まあ、こんなところだよな。異世界勇者はよくやったよ。俺は頑張った。また異世界で元帥をやろう。
奴隷とチートでハーレムだ。
俺は折れた肋骨のあまりの痛みに耐えきれず溜め息を吐いて…小銃のベルトを肩から外して…そいつを遠くに放り投げた。両手は空へ挙げる。
真っ正面には茶褐色でペイントされたでかい重戦車と数十人の敵歩兵。そいつらがまとめてこっちにやって来る。
「××××××××××」
「Was ××××××× das xxxxx Americana!」
そんなに喚いても聞こえないよ…少年。
「あー…まいねーむいずレン。ないすとぅみーとぅー」
敵兵達が首をかしげる。なんだこいつは?みたいな反応だ。
「あー…あいあ…アム…じゃぱにーずマン。へるぷミー」
将校らしき黒服が俺に銃を向けた。そいつはピカピカに光り輝くかっこいい銃だった。
「えぇ…捕虜とらないとかマジ…?うっそー」
「×××」
バァン
まるで赤い花が咲いたみたいだった。仰向けに倒れた俺は青空が黒く染まっていくのをゆっくりと見届けながら意識を手放した。今回はここまでか。
糞が…生まれ変わったら…俺は…チートで…おっぱいを…
暗転