第5話 ロリリン
俺は自身がセットした時計で目を覚ました。シャワーを浴びて現金を確認する。警戒感は抜けなかった。少額のチップを置いておく。
フライトまでかなりの時間があったが、タクシーで空港に戻ることにした。ロビーに降りるとホテルの客が朝食をとっていた。俺は腹が減っていた。
意を決して、白人の美しい女の従業員にこの朝食を食べていいか英語で尋ねた。訳のわからない返事。ああなるほどこれはドイツ語だ。
彼女に訪ねるのを諦め、受付の女性に尋ねることにした。
「この朝食食べていいかな?」
「いいよ。ただし9ユーロよ」
彼女の言葉に従い、朝の朝食に9ユーロ払った。
ヨーグルトとパン。プロシュートとジュースを皿に取って啄む。味は悪くない…
朝食を取った後、先程の親切な女性にタクシーをよんでもらった。会話は勿論英語だ。
五分ほど待つとタクシーが来たので、車に乗った。
料金は昨日の運転手より安い…そこで初めて昨日のタクシーでぼられたことに気付いた。
どこの馬鹿がたかだか五キロ程度の距離に2800円近く払うのだ。俺は自分の間抜け加減に苛立った。
俺にとっては所詮端下金だ。相場の二倍だろうがなんだろうがどうでもいい。いや、もしかしたらこれが相場なのかもしれない。しかし疑心暗鬼を捨てることは出来なかった。
誰も信じない。
タクシーは昨日より親切だった。彼に20ユーロ払った。それは相場の2倍かもしれない。いや、どうでもいい。
空港に到着した時は安心した。俺はチケットを使ってゲートから施設に入った。
その後、身体検査を受けるため再度ゲートに向かう。昨日の教訓をいかし、俺の荷物にカメラやパソコンがないことを説明した。
紆余曲折したが、自分のフライトゲートにたどり着いた。次のフライト時間までの待ち時間は長い。水を買うかどうか迷ったが、結局買わなかった。
暇なので空港をうろうろする。そこは外国なのに海外旅行をしている気分には慣れなかった。成田の待ち時間と変わらない。周りの人が金髪の外人になっただけだ。
やがて二時間以上の待ち時間は終わり、パリ行きの飛行機へ登場が始まった。俺は飛行機乗り込み口を通過し、人の流れに合わせてバスへ向かった。
どうやらバスで空港を移動し、飛行機に乗るらしい。これは面白い。沢山の人を乗せたバスはプロペラ機の前で止まる。
飛行機に乗りこみ席に着いた。隣は若い男性。荷物は収納出来ず、足元に置いた。
途中、軽食が出たので、オレンジを選んだ。
ターミネーターみたいなフライアテンダントを見て心の中で苦笑した。あまり違いすぎるのだ。人種も体格も美しさも。その醜さの違いはチワワとハスキードッグの違いに似てる。
俺は食い終わったオレンジの皮を捨てて欲しくて、ゴミを回収するカートを押すフライアテンダントと目線を合わせ、食べ終わったオレンジの皮を持ち上げて合図をした。
視線は合ったが無視。
白人のプライドを感じた。
私はチワワのゴミ回収なんか相手にしないわ。自分でやれば?みたいな冷たい態度。
両隣のアジア系観光客のカップルがこちらのやりとりをちらりと見た。彼らは俺が明白に彼女から無視されたことを察している。
いたたまれない。
複雑な心境を無視して航空機は目的地フランスに到着した。
飛行機から降りたあと、同じように、バスに乗り込み、空港の玄関に向かった。
そこで二人の日本人を見つけた。
二人は新婚旅行らしい。年は三十代だと言っていた。そこで久しぶりに日本語を話した。
俺の事を学生だと思わなかったらしい。20歳だと告げると、彼等はあまりの若さに驚いた後、貴方はしっかりしてると言った。若者の海外旅行は希らしい。男はは東京出身、プライドが高そうに見えた。勿論親切で優しかったが。
三人で話した隙間を狙って、一人の中国人女性が英語で話しかけてきた。
「私は香港から来たの。あなたはどこから来たの?」
「俺は日本から来たんだ。香港っていい所だよね。高層ビルが凄く綺麗だ」
「あら、東京も凄いじゃない。日本に行くのが夢だったのよ」
「そう言って貰えて嬉しいよ。でも俺は東京には住んでないんだ」
「ねぇ、あなたはこの国に観光しに来たの?」
「いや、友達に会いに来たんだ。彼女はメル友だったんだけど…会うことになってさ」
「そうなんだ!楽しめるといいわね」
天真爛漫な中国人の女性としばらく英語で会話を楽しんだ。
会話を終え、日本人の新婚夫婦に向き直って話しかけた。彼等は英語を話す俺を見て雰囲気を変えた。英語を使い、流暢に会話できる日本人は珍しいようだ。
別に大したことはないと思う、言葉を話すことは自然なことだし、言語の壁は高い…もっと英語が上手い人は腐るほどいる。
会話もそこそこに彼らと別れ、ベルトコンベア―から流れてくる荷物と共に、空港の玄関に向かった。
待てばいいのか。それとも彼女が先に待っているのか。
でかい荷物を引き摺りながら、彼女を探す。
彼女を見つけた。
「Hey!」
彼女は俺がイメージしてた想像よりも体が細かった。胸も想像よりずっと小さい。そして写真よりずっと美人だった。
彼女も俺を見つけた。私達はお互いの名前を呼びあった。
「Hi len」
「Hi. Lauline... 」
俺は彼女に歩みより、彼女は両手を広げて俺に答えた。
それは、対面したら一番最初に抱き締め合うという約束の特別なバグだった。嬉しくなって…勢い余って抱き締めたため彼女は倒れそうになる。
「Auh...」
予想よりも細い体と、あまりの軽さに驚く。強く抱き締めたら折れてしまいそうだ。
「来てくれてありがとう。レン」
「こちらこそ、迎えに来てくれてありがとう。ロリリン」
「ずいぶんと長い旅だったでしょ?」
そこで気付く、彼女は身を任せていたことに。
それは頬にキスしてもいいという合図だ。ワンテンポ送れて気付いた。
「ああ…とても長い旅だった…」
しかし、結局俺は挨拶のキスを忘れ、特別なハグは終わった。
「これから私の家に行くわよ」
「分かった。ロリリン」
そうだ。彼女の家に向かう。俺はこれからホームステイをするのだ。
曇りの天候は資本主義の趣が残る明るい雰囲気の町並みを更に輝かせた。
ビルは落書きばかりで、ヨーロッパ風のアートの香りが漂っていた。
海外に来て初めて、不快感を微塵も抱かなかった。
上部や見映えだけ取り繕い、有色人種を見下し、タクシーはぼることしか考えていない。冷たい態度を感じさせたウィーンに比べてフランスはなんて暖かい国なのだろうか。
俺はロリリンの優しさと温かさを知っている