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第十四話 失楽園


「エドワード」



「…ふむ」



「雨が降ってきた。引き返した方が良くないか?」



 トムの心配そうな言葉。俺は考えた…。しかし結論は決まっている。あの腕利きのスナイパーと待ち伏せしていた敵部隊。あいつらは俺達の足跡を発見した可能性がある。



 前回の敗北が脳裏を支配した。この場で迷わず引き返すべきだ。



「総員聞け!これより引き返すぞ!」



「了解した。エドワード」



「マイク!HQとスコットの分隊に無線で状況を報告しろ」



「ラジャー!」




 マイクを含めた兵士達が、安堵の表情を見せる。雨は体温を奪い、疲労が増すからだ。ブーツはグシャグシャになり服は水を吸って重くなる。武器も分解して整備し直さなければならない。視界が制限される上に、足跡は残ってしまう。何一つ良いことは無かった。



 あの民家まで戻るのは簡単だ。そう時間は掛からない。兵士達は疲れた体に鞭を打って歩き続けた。




「ところでエドワード。あの家のワインを頂こうぜ。俺たちは命懸けでフランスを解放しに来てるんだ。老夫婦も嫌とは言えねえだろうよ」



「なあ……お前に謝らなければならない事が一つだけあるんだ」



 俺の返答に軽快な口調で言うトム。そんな大柄で頼れる相棒に嘘を付いたことを詫びた。



「なんだよ?エドワード」



「あの家にいたのは老夫婦じゃない」



「なんだって?」



「無防備な若い女の子が二人と、そいつらの母親の三人の女が居たんだ」



「……分かった。しかし、なんだってそんな嘘を俺に言ったんだ?」



「混乱を避けるためだ。皆疲れきってる」



「エドワード。質問の答えになってねーぞ。場合によっては、俺とお前の信頼関係を根本から見直すことになるぞ」





 こちらを疑惑の眼差しで見据えるトム。気持ちは分かる。虚偽情報が上層部から下りてきて、その情報を信じた結果、部隊が全滅するなんてよくある話だ。



 兵士は常に情報の真偽を疑う必要がある。そこには、自分の上官も当然含まれることになる。



 それと、部隊を率いる指揮官は味方から恨みを買わないように気を付けなければならないのだ。飴と鞭を巧みに使い分けて、彼らをうまく統率しなければならないのだ。







「…分かった。説明しよう。お前は恋人がいるか?」



「なんだよ…急に……まあ、故郷にいるぞ」



「女を抱きたくならないか?」



「そんな込み入った話はなんだが…確かに…上陸以来女とやってねぇ…」



「その通りだ。で、ここに飢えた12人の狼がいる」



「ああ…そうかもしれねぇ。それで?」



「つまり、そういうことだ」



「……よく分からねぇが、分かった」



 渋い表情のトムが続けて言う。



「俺はお前の能力を評価してる。が、命を本当に預けられる指揮官なのかどうかはまだ分からねえ」



「好きに評価してくれて構わない」



「そうさせてもらうぞ。ちなみに俺は婚約者がいる……それに生まれついてのカトリックだ。だからその女達には興味がない」



「そうか…」



「だが、他の奴はどうだろうな?」



 トムが後ろに続く兵士達をちらりと見る。その中に、こちらを見ながらひそひそと話し続けるトーマスとアンドレイの二人もいた。



「縛り付けることは容易だろう。しかし部下から恨みを買う可能性がある」



「ああ、そうだ。」



「お前の考えは分かったよ、エドワード。だが、どうしてフランスの民間人なんか構ってるんだ?」



「どういう意味だ?」



俺はトムの顔を見た。憮然とした表情だった。



「分かるだろ。俺達はアメリカ人だ。何のためにフランスで命を賭けて戦っている?」



トムは俺に問いかけた。まるで世界史の授業だ。



「アメリカがパールハーバーを日本軍に奇襲されて、大統領が欧州戦線に参戦を決めたからだ。違うか?」



「ならどうして戦う相手が日本人じゃねえんだよ。なんでアメリカ軍はドイツ人とフランスで戦争してるんだよ」



「……知らねぇよ。いったい何を言いたい?」



「俺達の一部はこの戦争を疑問に思ってるということだ。何をどう考えても、アメリカに無関係な欧州で死ぬことは割りに合わねえからな。フランスやドイツ人の女を無理矢理強姦した所でお釣りが来る……そんな風に考えてる兵士もいるだろう」



「……」




「俺達は人間だ。ヒーローじゃないんだよ。エドワード」



「お前の言ってることは正しいぜ。トム」




「いずれにせよ、混乱が起きたら俺は中立を貫くぞ。お前が部隊を統率しろ」




「言われなくてもそうする。状況を理解してくれて感謝する」



「すべてお前次第だ。エドワード」











 俺達が長い時間掛けて来た道を戻ると、あの民家にたどり着いた。まだ小雨だったため足跡は殆ど残っていない。


 これなら追跡は出来ない筈だ。しかし念のため、兵士の一人に周囲を警戒させておく。マイクが双眼鏡を覗きながら周囲を見ていた。



「敵影なし、異常ありません」


「中に入るぞ。そのまま警戒しててくれ」


「ラジャー」


「よし、行くぞ」



 俺は先程と同じようにドアをゆっくりと開けた。前回と違ったのは、リビングから、俺たちを怯えた目で見る長女が居た事だった。



「xxxxxxxx!!」



 シェリーが悲鳴を上げた。そんな彼女に俺は作り笑顔を見せた。



「すまない、状況が変わった。話をしたい」



 シェリーを刺激しないようになるべく優しく語りかけた俺を無視して、ずかずかと部屋に上がり込む二人の兵士。トーマスとアンドレイだ。



「ヒュー!かわいい女の子じゃないですか?軍曹、デュフフ。ペロペロちゃんキャンディーみたいだぁ!」



「へへ。茶髪の毛がつやつやできれいだねぇ?お嬢ちゃん。毎日お風呂に入ってるのかなぁ?」



「おい。お前ら……勝手に持ち場を動くな」



「まあーいいじゃないですかぁ?疲れてるしぃ」



「軍曹も、お疲れでしょう?グフフ。皆で休みやしょうよぉハハッ」



 媚びるような目で俺を見る二人の兵士。生理的な嫌悪感に襲われてこいつらをルガーで撃ち殺したくなったが、堪える。



「その子と話をするから少し待ってろ。許可なく持ち場を離れるな」



「……了解しやした。ふひっ」



「へへ…ハイハイ」




「軍曹……」



「……」



 心配そうな顔で俺を見るマイク伍長。少し離れた所で壁に寄り掛かりながら無言のトム。


 俺は膝を屈めて、シェリーの目線に合わせる。緑色の目は濡れたように光っていて、美しく整った睫毛が緊張して何度か瞬きした。



「今晩だけ泊まらせて欲しい」



「泊まる…ダメ。食べ物ない…」



「今日だけでいい。後日、食べ物も手配する。嗜好品や消耗品も軍に用意させる」



「でも…部屋、ない」



「俺達は床で充分だ」



「……わかった……」



 最後の返事は消え入りそうな呟きだった。目には涙を浮かべてる。拒否しても無駄だと直感したのだろう。それきり、シェリーは口を閉ざしてしまった。



「お前ら、今晩だけここに泊まらせて貰うぞ」



「ラジャー!」



「了解した…エドワード」



 ほっと一息着いて、安堵の表情を浮かべたマイクと、少し強張った顔のトム。



「ふへへ…さすが軍曹女の扱いを分かってるぅーかっくいーフヒフヒ!」



「さぞかし本国じゃモテモテで、地元のアバズレ女とよろしくヤリまくってたんでしょう??ふひゃひゃ」



 アンドレイとトーマスが馴れ馴れしい口調で俺に笑い掛けた。その顔に鉄拳をぶち込みたくなったのは俺だけなのだろうか?



「お前ら……黙れ」



「ヒッ…」


 女の子がビクリと体を震わせる。俺は二人に向けて全身で殺気を放っていた。


 銃で頭をぶち抜いてぶっ殺してやりたい。それとも生きたまま生皮を剥いでやろうか。俺はこいつらを本気で殺そうかと考え始めた。



「エドワード……休もうぜ。流石に体が限界だ…」



 ポンと俺の肩に手を置いて、溜め息を吐きながらトム。



「足が棒のようですよ…軍曹」



 壁に寄りかかり、ずるずると崩れて地べたに座り込むマイク。その姿を見た数人の兵士が小銃を壁に掛けた。



「……分かった。ただし二人ずつ歩哨は立てるぞ。一時間置きに交代だ」



「へぇへぇ歩哨なら俺とアンドレイが先に立ちますよぉ?」



「ぶひひっその後は勿論軍曹も立ってくれますよね…?そうじゃないと不公平だなぁ?」



「お前らはペアでは行かせねーよ。マイクとトーマス。アンドレイとトムだ」



「ハッ。偉そうーに」



 アンドレイは剥き出しの悪意を吐き捨てるように言った。



「つまり、指示に従わないという意思表示か?」



 俺は声を一段トーンを低くし、無意識にルガーに手を掛けた。兵士の間に動揺と緊張が走る。



「はぁ…別に構いやせんよ。でも軍曹も歩哨に立ってくださいよ。フヒ」



「始めからそのつもりだ」



「あといちいち、ご自慢のルガーに手を掛けて僕達を脅すの止めていただきますかぁ?それメッチャ士気が下がるんですよねぇ…」



 完全に舐めきった態度のアンドレイ。だがそのアンドレイの言葉に部隊の兵士が同情するような雰囲気が出来てる。これは…不味い。



「そうですよぉ!ブヒヒ!軍曹は僕たちの何が気に食わないんですかぁ?」



「チッ…」



 今度は俺が舌打ちをする番だった。確かに部隊の士気は目に見えて下がっている。疲労と空腹のせいだ。誰もが不満とストレスを抱えていた。



「分かった分かった。よーく分かったよアンドレイとトーマス。お前らにきつく当たってすまなかったな。俺も軍曹に上がったばっかでキリキリしすぎてたかもしれない、悪かったな」



「ハハッ緊張してブルッちまったか?エドワード、に、と、う、へ、い。ふひゃーははは」



「ブヒブヒブヒ!チョーうけるでござるよ。キタよこれ!二等兵軍曹だ!おい。アンドレイ、あんまり新人上官を苛めるなよぉふへへ」



 なるほど糞野郎共だな。こんな奴等は日本にも居た。


 世界中似たような奴等が、どこにでもいるんだなぁ、と感心した。俺はスッと感情が抜け落ちて、今度こそぶち殺そうとホルスターにーーーーーー










「そこまでだ二人共」








 B.A.R軽機関銃を壁に掛けていたトムはベルトを掴んで肩に担ぎ、口を挟んだ。




「ああ?ぶひ」


「なんだよトムぅ?」



「お前らうるせえよ。皆疲れてるんだ。それとエドワード軍曹。俺とアンドレイで歩哨だったよな?」



「…………ああ」



トムが俺の目を見つめた。



「一時間で交代だろ?ゆっくり休んでてくれ……行くぞアンドレイ、二人で外を見張るぞ」



「へへ…分かりやしたよぉ。トム大先輩、そんな怖い顔しないでくだせぇ」



「ふひひ。アンドレイ、死ぬなよぉ?」



 トーマスの呼び掛けにウインクしたアンドレイはトムと一緒に外に出ていった。扉が閉まると、兵士の緊張の糸が切れて、ソファーや椅子に座り始める。トーマスは一人になった途端、地べたに座り込んでぶつぶつと独り言を言い始めた。こいつ…戦場のストレスで精神的に追い詰められていたのか?



マイクがちらりと俺を見た。



「エドワード軍曹…アンドレイとトーマスの態度なのですが」


「いい、今は休め」




「…ラジャ…」



 俺はマイクの言葉を遮った後、椅子を引いて座る。ヘルメットを外し、機関銃と一緒にテーブルに置いた。



深々とため息を着く。



 こんなクソゲーぶん投げたい。なぜ、俺はこんなところで戦っているのか分からなくなる。異世界が恋しかった。



「……xxxx」



 前の世界では、あの二人みたいにうざい奴はいなかったのに。みんな俺を将軍様を祭り立てるかのように万歳三唱していた。そんな俺がなぜこんなーーー



「…あの…」


 心の闇の迷宮に入りかけていた俺の袖が優しく引かれた。ああ…この子か。



「シェリー?」



「はい」



「どうした?」



「ママと…妹、呼びたい」



「二人は上で隠れてたのか?」



「はい」



「呼んで来ていいぞ」



「…xxxx」



 パタパタと二階に上がるシェリー。暫くして、母親と妹を連れて三人で一階に下りてきた。シェリーが何事かフランス語で話し、母親が静かに頷いている。三人はキッチンに行くと手分けしてお湯の準備を始める。どうやらお茶でも作るらしい。俺達の為だろうか?



 お湯を沸かす燃料も無駄だし、水も限られてる筈だ。無駄に気を使わせたくなかったので立ち上がって不要だと伝えようとしたが、足の筋肉痛と精神的な疲労で立つのを止めた。変わりに、シェリーの目を見つめた。




「…どうした…の、ですか?」



「水と燃料を節約した方がいいぞ」



「水…井戸ある。薪、森から取る」



「そうか」



「アメリカ人、戦う、フランスと。私たち、感謝してる…」



「そうか…」



 俺は彼女の言葉に冷めた返事を返した。確かにアメリカ軍はフランスでドイツ軍を倒すために戦っている。だがそれは、アメリカにとって、政治的なメリットが大きいから戦争してるのだ。


 国益のために、故郷から遠く離れた地で戦って死ぬ兵士の気分はどんな気持ちだろうか?



 だがそんなことを話す気にはなれなかったし、俺は疲れていた。見かねたシェリーが心配そうに俺を見る。



「…?疲れた、ですか」



「あぁ。疲れてる」



「……かして」



 シェリーが優しく微笑むと、俺の肩にそっと手を置いた。そして軽く力を込めるとマッサージを始めた。



 俺の背中は鳥肌が立った。暖かい手で、軍服越しに敏感な首と肩をそっと触られたからだ。正直、凄く気持ちが良かった。



「……どうした?シェリー」



「パパ、これ、好きなの」



「俺は大丈夫だ」



「でも、ここ、かたくなってる…」



 シェリーの細い指が、首を優しく擽りながら、肩をむにゅむにゆと揉み続ける。マジで気持ちいい…



 俺の体の別の部分が生理現象で硬くなっていた。耳元で優しく囁かれて、肩の筋肉を揉みほぐされる。



欲望がムクムクと鎌首をもたげた。



ーーそういや、上陸してから…女を抱いてねぇーー



 トムの声が頭に反響する。




 クソ……こんなんじゃだめだ。俺は鋼の意思で誘惑に打ち勝つと、シェリーの手をそっと掴んで立ち上がった。



「Merciシェリー。俺はもう大丈夫だ」



「…はい!」



 礼をフランス語で言うと、シェリーは花開いたみたいにパッと笑顔になった。




「ぶひひひひひひ…かわいーかわいー子猫ちゃんでしゅねぇー?ドゥフ!軍曹ばっかり女を侍らせていいんでしゅかぁ?僕も固くなった物をほぐして欲しいブヒィ!」



 シェリーの美しい笑顔を見たトーマスが、どろどろした禍々しい目付きで俺を睨んでいた。嫉妬、嫉妬、嫉妬。その時俺は初めて、こいつの人間性を少しだけ理解することができた。




「そもそも軍曹ばっかりずるいんですよぉ…こないだまで二等兵だったでしょ?それなのに勲章まで貰って女も独り占めとはいいご身分ですよねぇ…?ブフ!」



「さっきからごちゃごちゃうるさいんだよ!!黙ってろトーマス!」



マイクが我慢の限界になって怒鳴り付けた。



「な…なんですかマイク伍長…ぶひ」



「お前の言動は目に余る。分を弁えろ。頼むからこれ以上部隊を引っ掻き回すな」



「な、なんだよ伍長までこいつの味方かよ?!くっ…くそ!くそ!ブヒィ!」



 ぶつぶつと独り言を言う。現代日本の知識を持っている俺だから言えることだが、この時代に統合失調症という名前はあったのだろうか?



 おそらくこいつはその類いだ。トーマスは凶器みたいな目で皆を睨み付け、その矛先を小さな女の子に向けた。



「おい。お前!」



 トーマスがお茶を配っている妹の方を怒鳴り付ける。


「xx?!」



 突然怒鳴られた妹は、小さな体をビクリと震わせて目に涙を浮かべた。それを見て満足そうに顔を歪めたトーマスが手招きする。



「お前こっちこい…フヒ!」



 しかし、妹は異様な雰囲気のトーマスを避けて、シェリーの後ろに隠れた。そして、シェリーの前には俺がいる。



やれやれ。



「お前よりも俺の方が好みみたいだぜ?本人の意思を尊重してやろうよ、トーマス君」




「ブヒイイイイイイイィ!エドワードてめぇ!!」




 泡を飛ばしながら喚き散らす豚。そいつをマイクが叱責した。



「黙れって言ってんだよ!この変態クソ豚が!」



「…フヒぃ…ご、伍長…冗談冗談…フォカヌッポウ。コッポォホウ」



 マイクに豚呼ばわりされたトーマスが冷静になる。自覚があったのだろうか?トーマスはぶつぶつ呟き始めた。



 実践経験のある兵士達はトーマスの異常性に気付いた。そして戦場でヘマをやらかすんじゃないかという疑念を抱き始めているようだ。はっきり言って迷惑だ。



 こいつは部隊を引っ掻き回す前にどうにかしなければならない。俺はトーマスはじっと見た。奴は決まり悪くなって俺から目を逸らした。














 時刻は、トムとアンドリューが歩哨に立ってから、50分程度経過していた。




 俺はヘルメットを被りトンプソンを肩に掛けると、ソファーに座って小銃を抱いて休んでいる最年少の兵士、ホーカーに声を掛けた。



「ホーカー二等兵。俺と一緒に来い」



「へぁ…わ、私ですか!」



「そうだ。俺と歩哨に行くぞ、もうそろそろ交代だ」



「り、了解です!軍曹殿!」



「マイク伍長。お前にこの場の指揮権を譲渡する、後は頼んだぞ」



「ラジャー!」








 丁度時計が59分経ったときに扉が二回ノックされてから、ドア越しに声が聞こえた。トムだ。



「敵影なし。外は土砂降りだ。特に異常は無かった」



「ご苦労だトム、アンドレイ。中に入ってゆっくり休んでくれ」




「おう。エドワード」



「へへっエドワードさんよぉ、女とはよろしくやってたんですよねぇ?」




 アンドレイがヘラヘラしてやがる。虫酸が走るが、俺は無視した。



「一時間後に交代する。次はマイクとトーマスだ」



「エドワード…さん、まって…これ、使って」



 突然後ろから甘ったるい声で呼び止められる。シェリーが厚手のレインコートを両手に抱えて俺に付き出していた。



男物…旧フランス軍の冬季正式軍装か?



「これは君のお父さんのか?」



「はい…使う。あったかいから…」



「ありがとう。シェリー」



「…はい!!」



 俺はそのフランス陸軍製のレインコートを上から被る。サイズは大柄な俺の体にピッタリだった。


 暖かくて防水だ…父親がかつて使っていた勇ましい軍服を着た俺を見て、シェリーの頬が微かに赤くなった。


 俺は彼女の目をじっと見つめた。シェリーは顔を赤く染めながら静かに微笑んでいる。




「ヒューヒュー!イケメンエドワードさんよぉ。女に手を付けるのは早いねぇ…でもさぁさっさと見張りしてよねぇ?」



「チッ」



 俺は野次を飛ばすアンドレイに舌打ちして、シェリーを中に入れた後扉を閉めた。後でお前らに思い知らせてやるからな。待ってろ。




「ホーカー二等兵。お前は家の後方を見張っていてくれ。俺は玄関と前方を見張るから」



「了解です。軍曹殿、しかし…お言葉ですが、申し上げたいことがあります!」



「なんだ?」



「新たに配属された、トーマスとアンドレイです。奴等は部隊の秩序を乱しております」



「そうだな」



「それだけですか?!実戦で必ず足手まといになりますよ!」



「百も承知だ」



「だったらどうにかしてくださいよ!あいつらのヘマで死ぬのはゴメンなんですよ」



「まぁ、見てろ。トーマスは病気だ」



「はい?トーマスが病気…?」



俺の言葉に疑問符が浮かぶホーカー二等兵。



「そうだ。シェルショックみたいなもんだ」



 俺は塹壕に篭り、砲撃音で精神をやられた兵士の映像を思い出した。



「あーなるほど…確かにあいつ、イカれてましたからね」



「俺の権力では二人を左遷したりできないんだ。だから奴等が低俗な正体を見せるまで泳がせる」



「あ、あなたは…なんという人なんだ…」



「俺に付いてくれば生き残れる。だから、信じろ」



「は、はい!軍曹!」





















 時計を懐から出して時間を確認する。丁度40分経った頃に伍長が飛んできた。大体予想通りだ。



「エドワード軍曹!来てください!」



「どうした?」



「あの大馬鹿二人が酒をしこたま飲んで、暴れて手が付けられんのです!」



「分かった。歩哨を変わってくれないか?」



「はい…お願いします…軍曹。申し訳ありません。伍長である僕が不甲斐ないばかりに…」



「構わん。予想通りだ。貴官の飲酒の件は不問にしておこう」



「え…?」



 俺は酒臭いマイクの肩をポンポンと叩くと家に向かった。さて、馬鹿二人を制圧しに行くか。










 ギギィと扉を開けて家に入ると予想通りというか、予想より酷い光景が繰り広げられていた。



 兵士の半数が酩酊して寝ている。アルコール度数の高い酒を一気に飲んだ時に似ていた。


 そして残りが馬鹿騒ぎをしていた。トムは隅でワインを飲みながら状況を中立的に傍観している。


 家の中は、ラジオが居間に響き渡る程度の音量で、ドイツ語の軽快な音楽が流れている。土砂降りの雷雨によってまるで聞こえなかった。



 居間のテーブルにはウォッカとワインの瓶が散乱しており、それを兵士10人で飲み干したみたいだ。こんな状況で襲撃されたら全滅だな。俺は内心苦笑した。だが、一番笑えるのは馬鹿二人の奇行だ。




「ふひひゃひゃひゃひゃはゃ!!桃尻ピンクのろりろーり子猫ちゃん?おまたのお毛けは生えたかなー?ぶっひひ!なんちゃってみょーん!一緒に僕とダンス踊ろう!」




「xxx xxxxxx non! Noooon!」



 酒を飲んで頭のネジが更に吹き飛んだトーマスはただのロリコン変態豚野郎に成り下がり、次女と無理矢理ダンスしていた。


 13歳くらいであろう小柄な女の子の体をくるくる回して、抱き止める。タップダンスをドスンドスンと躍り、小太りの腹がタプンタプンと揺れていた…どーいう性癖なんだよこいつは?




「かわいーかわいースイート子猫ちゃん!一緒に踊ってキスしようーーーブホホホオ!フォカヌポウコポォ!!」





 片方のアンドレイを見ると、こいつはもっと計画的に犯罪をしていた。サバイバルナイフでシェリーの服をズタズタに引き裂いて、口を塞ぎながらズボンのベルトをカチャカチャさせているところだった。なるほど。音楽はそのためか?



 シェリーはモゴモゴ叫びながら全力で抵抗している。白くて柔らかそうな肌が丸見えで、全裸みたいな格好にさせられてたが、まだ挿入には至っていない。彼女達の母親はブルブルと震えながら隅っこに固まっていた。



 トムと目が合う。《止めれるならやってみればいい》奴は上品にワイングラスを傾けて、優雅に音楽を聴いていた。


 

 戦況を確認する。酩酊して寝てる兵士が四人。中立が一人。反乱行動を起こしてるのが馬鹿二人。意識があるやつが二人。



「やれやれ」



俺は呟くと。意識がある二人の兵士が戦慄した。



「あ!軍曹が来たぞ!」



「おい!馬鹿二人!冗談はそこまでにしとけって!」



 野獣モードになったアンドレイとトーマスは状況を判断することができない。




「あーーーーーん?きこえねぇなぁ?」



「ヒャッハァーーーーブヒブヒブヒィ!ロリコンとダンスでござるよ!ふひゃひゃひゃひゃ…え?」



バキィッ!!!!!!!!!




 瞬間、俺の右ストレートが小豚の頭をぶっ飛ばしていた。トーマスは盛大にテーブルに激突すると、うめき声を漏らして浅い呼吸を繰り返して呻いた。打ち所が悪かったのだろう。



 まぁ死んでも関係ねえよな。来世でベーコンに生まれ変われ豚野郎。



 アンドレイは、ナイフをすぐさま構えて俺に向き直った。床に散乱したシェリーの服の欠片が痛々しい。俺はアンドレイを無視してラジオの側に行き電源を消した。狂乱が一瞬で静まって、無音が空間を支配した。


 俺はその余韻に浸った。緊張感が間に広がり、酩酊していた何人かの兵士が意識を取り戻した。





………………………





さて……




「アンドレイ。トーマス。これより、貴様ら二名を婦女暴行未遂として私人逮捕を行う」



「なんだとてめぇ…エドワード」



「貴様を逮捕する」



「あぁん?やってみろよごらぁぁぁぁぁあ!」



 サバイバルナイフを構えて突進するアンドレイ。こいつは全く酔ってない。足取りと、刃物の切っ先がぶれてないからだ。



俺はトンプソンの銃床をそいつに向けた。






「遅い」





 この時代は、軍隊格闘術とマーシャルアーツも編み出されてなければ、合気道も柔道も世界では知名度がない。ド素人の突進なんぞ目を瞑っても余裕だ。



 一気にアンドレイの突きを回避し、トンプソンの銃床を奴の後頭部に思いっきり振り下ろした。




バキャ!!



 奴は一瞬で脳震盪を起こし、気を失う。手元に落ちてるナイフを蹴り飛ばし、念のためにもう一度頸椎に銃床を振り下ろした。




グシャァ!!!!!!




 ピクピクピクピクと蛙のような手足の運動を繰り返し、泡を吹くアンドレイ。あと一発で殺せるが、そこまでやる必要はない。




制圧完了だ。




 二人を打ちのめした俺は、裸のまま震えるシェリーの側に行った。


 レインコートを脱いで全裸みたいな格好のシェリーに優しく着せてあげると、ブカブカの軍服から細くて綺麗な素足が二本出ている。


 震えるシェリーを抱き上げて、ソファーをだらしなく占領してる兵士を蹴り飛ばした後、彼女をゆっくりと寝かせた。



「怖い思いさせてごめんな」



「xxxxxx. 大丈夫…ありがとう、エドワード…さん」



 俺は彼女の隣にドカッと座ると、左手にトンプソン。右手でシェリーの腰を抱いて宣言した。



「総員よく聞け!この女達は全員俺の女だ!手を出した奴はぶっ殺す!!」



「Huh!! Ehhhhh」



 シェリーが甘い声で驚く。俺は構わずテーブルに置いてあるウォッカの酒瓶を手に取った。



そいつを一気飲みした後、トムに指示する。




「トム」



「なんだ」



「表にいるホーカー二等兵とマイク伍長を呼んでこい」



「了解した。エドワード」





俺は腹から声を出してトムを怒鳴り付けた。






「軍曹を付けろよこの糞野郎!!!!」







 シェリーが俺の腕の中でビクリと震えた。俺は彼女の肩を軽くポンポンと叩く。安心しろって。いいこいいこ。



「了解した…エドワード軍曹」









 結局、ただ一人のシラフのホーカーと、俺は一睡も出来ずに夜を過ごした。マイク伍長と彼の部下達は、アンドレイの言葉巧みな誘いでウォッカをたらふく飲まされ、酔い潰されたのだ。それをトムは中立で傍観していた。



 兵士全員が酔って判断能力が鈍った時に、事を起こそうとしたが、マイク伍長が急いで俺を呼んだため、間一髪強姦未遂になったのであった。



 俺はその夜、戦闘を放棄し、歩哨を立てることも止めた。どうせ全員がアルコールが入っているため、戦いにすらならないと判断したからだ。



 また、別の理由から、ここは安全地帯だとも推測していた。



 朝日が登って兵士達が起き始めると、ホーカー以外の全員が飲酒したため、俺は一同の軍規違反を不問にする!と宣言した。



 しかし俺の判断で、婦女暴行の二人の件は告発して軍事裁判にかけることに決定した。



 アンドレイとトーマス以外の全員が口裏を合わせることをその場で誓わせ、有罪判決を確実なものにした。



 全員仲良く軍事法廷行きか、糞野郎二人を送るか。そんなの、皆糞野郎を地獄送りにするに決まってる。




 そんなこんなで、俺達は二日酔いになりながら、基地に無事に帰投することが出来た。











「エドワード軍曹。あの二名は憲兵に引き渡された。部隊全員の証言もあるしな。最も重い刑ならば、銃殺か絞首刑もありえるぞ」



 夜営地の取調室から出てきた俺にトムが事の顛末を語った。そんなトムに俺は質問した。



「マイク伍長をあの時、歩哨に立ってた俺の元に行かせたのはお前だろ?」



「…なぜ分かった?」



「勘だよ。それでもし俺がヘタってあの強姦を止めなかったら、お前はどうしてたんだ?」



「俺が止めるつもりだったぞ。悪いがお前を試させて貰った。本当に信頼できる奴かどうか分からなかったからな。だが、どうやら、お前は悪い奴じゃなさそうだ」



「ハッ好きにしろよ」



俺の言葉に笑顔で敬礼するトム。




「了解しました!エドワード軍曹」




「我が分隊の欠員した二名分、新たな人員補充を要請しといた」




「ほう。それで、次はどんなのがうちに来るんだ?」





トムの疑問に俺はにやりとした。





「そんなの決まってるだろ?狙撃主だ」





 まだ返してない借りがある。あの森で俺の分隊を全滅させた敵狙撃兵。あいつは必ず俺の手で仕留める。











エドワードこと佐久間連は、拳を握って空を睨んだ。









タイトルとあらすじを変えてみました!

今後ともよろしくお願い致します!

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