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第13話 氷河の融解





「レン。つまりね。このカーン市はね、フランスを代表する城下町なのだ!1000年前から建てられた城と教会もあるんだよ」



「ああ…」



「第二次世界大戦の時に、街のほとんどが廃墟になるんだけどね。それを14年間で復元したんだよ!すごくない?」



ロリリンがばーんと腕を広げて自慢してきた。俺はそれに対して乾いた返事をした。



「…………ああ、すごいな」



「それでね!私のひいおじいちゃんがアメリカ兵だったの!ひいおばあちゃんは、この街の近くに住んでたんだけどね。その時二人に愛が芽生えたんだよ!」



「はぁ…ロリリンのひいお爺さんは、アメリカ人だったのか?」



「そうなんだよ!レン」



「そうか…知らなかったよ」



 心が真冬の湖みたいに凍ってしまったかのようだった。もう彼女と話しても何も感じない。俺の心はでっかい穴が開いたままだったのだ。微かな胸の疼きが苦しかった。



「あれ、レンなんか反応いまいちだね…お腹すいたのかな?」



「気にしないでくれ…もう…俺は駄目なんだ…」



「はぇ?!お腹すいたならそこのレストランでランチ食べない?」



「何でも良いよ…」




 彼女は本当に幸せそうだ。俺と話すときに心から楽しそうにクスクスと笑う。何がそんなに楽しいのか理解できなかった。どうしてそんなに嬉しそうなんだよ?



 ロリリンは手袋を外すと、俺の手を力強く引いてレストランに入った。真冬だったが、彼女の手はとても暖かかった。




なんだか高級そうなレストランだった。ボーイが奥から出てきて、俺たちを光が当たる席に案内してくれた。



「xxxxxxx!!!」


「xxxxxxx」



またフランス語だ。彼女は笑顔でボーイと話してる。俺は疎外感を感じた。




「レン。特等席だって!」



「あぁ…」



「むむ。所で、これがメニューだけど、何食べる?」



 俺は彼女から手渡されたメニューにざっと目を通す。''special French beef Hamburger''とあったので、それを頼むことにした。



「これでいいよ」



「あら。ハンバーガーだね。私も同じのにする!」



「…おう」



「ところで、赤ワインとか飲む?」



「炭酸水でいい…」




 ロリリンがレストランをキョロキョロしただけで、ウェイターが直ぐに来た。彼は注文を聞き取ると厨房に飛んでいった。




「それでねーひいおじいちゃんは、ノルマンディで大活躍してね、ーーーー」




「あぁ…」




「その後ドイツ軍の戦車をやっつけてね、ーーーーー」



「……はぁ…」



「私のママがお父さんと結婚したときはね、ーーーーーー」



「へぇ…」



 三分もかからずにウェイターが炭酸水とオレンジジュースを持ってきた。御丁寧なことに、炭酸水の瓶の蓋はウェイターによって開けられていた。そのあと、彼は俺のグラスに炭酸水を注いだ。



 その間、俺は窓の外をずっと見てた。沈み掛けた夕日が目に滲みる。ロリリンは気にせずにずっとペラペラと話していたが、優しくて温かい表情の彼女と、俺の冷たい温度差が、心の窓ガラスを結露させた。



もう、限界かもしれない。なんだかすごく悲しい。





「ねぇ、あなたとっても悲しそう。疲れてるの。大丈夫?」



 その時俺は、分かったような気をするなと思って、逆に聞き返した。



「どうしてそう思うの?」




「分からないわ。でも感じるの」




 俺は昨日、日記に書き殴った悪意満載の文章をロリリンに正直にぶつけようか迷った…でも結局、言えなかった。



「なんでもない…」




 その時にボーイが上品なハンバーガーを持ってきた。そいつは大きくてこんがりと小麦色に焼けていて、トマトソースと沢山のポテトが入った小皿がプレートの上に行儀よく乗っていた。ロリリンが目を輝かせた。



「わぁ…美味しそうだね。ポーランド産の最上級の牛挽き肉を使ってるんだってさ!」



「ああ。凄いな…」




 正直、料理なんかどうでもよかった。ハンバーガーを俺と一緒に食べておいしいと感激して、幸せそうな笑顔になるロリリン。



 その愛らしい顔を見て、俺は胸が切なくなった。この子とこの先一緒になれない…そんなの…辛すぎる。もう限界だった。




「うっ…く」




 涙がポロポロと溢れ落ちる…ちくしょう。止まらない。悲しくて悲しくてしょうがなかった。温かい涙が頬を伝う。こんな思いはもうたくさんだ。



「え…ちょ…あのーレン?どうしたの?」



「く…うぐ…な、なんでもない…」




「そんなことないよ。話して」



 慈愛の表情で見つめているロリリン。彼女を無性に抱き締めたかった。ロリリンを愛したかった。



「うぐぅ…ロリリン…大好きだぁ…」



「えは?あの?突然どうしたの?」



「俺は…ロリリンといっしょにいだい…ぐずっ」



「あはは。ならずっとフランスに居なよ。私の家に一緒に住も?」



「でも………おで…フランス語もじゃべれなぐで……そんなじぶんがなざけなくで…」



「いいのいいの…わたしがゆっくり教えてあげるわ」



「ロリリん…グズッ…でも、でも…」



「後で家に帰ったら、いいこいいこしてあげるから、ハンバーガー食べちゃおうよ」



「……うん」




ロリリンはハンバーガーを頬張った。



「美味しいね」



「滅茶苦茶おいちいよ…これ牛肉がとろけるんだ…」



「あはは。レンの話し方すごく笑える!」



「うぐぐっ」




 俺は彼女から信じられないくらいの好意を感じた。やっと気付いた。


 どんな時もこんなに好かれている。凍った心が溶けていく…俺の心を癒せるのはロリリンだけだ。


 ハンバーガーを一口食べるごとに涙が溢れた。端から見ると、完全に頭が逝っちゃってる日本人男性(20)だったが…俺はちょっとずつ彼女の心に近づいているような気がした。



 ハンバーガーを食べ終わると、ウェイターが異様な物を見る目付きで俺を見た。俺はウェイターを真っ赤になった目で見返した。



彼はすぐ目を逸らした。



「ところで、ロリリン。俺が全額払うよ!」



「え!いいの。ここは私が払うから」



「任せろロリリン。えーと合計は…はぇ?」



「あらどうしたの?レン」




 伝票には美しい筆記体で120ユーロと書かれていた。つまり…



「1ユーロで130円前後だよな…つまり、ハンバーガー二個と飲み物で15600円なのか…桁ひとつ間違ってないかこれ?7000円以上もするハンバーガーってあり得るのかよ。ロリリン…」



「あ…ここちょっと高いから、だから言ったでしょ?私が払うって」



「ぐ……ちょっと高いだと?…」



「ママからカード貰ってるし…全額私が出すよ!」



「ほ、ホントにいいのか?」



「もちろんだよ!レンのためなら!」



「ロリリン…ごめんな」



「気にしない!」




 レストランから出ると丁度日が沈みかかっていた。その美しい景色を目に焼き付けて、絶対に忘れないと誓った。いつかこのレストランのお金も彼女に返さなければならない。



「レン」



「なんだ?」



「お手て繋ごっか」



「あ…うん」



 差し出された右手をしっかりと握ると、ロリリンは指を絡めてきた。二人っきりで夕日が沈む赤いフランスの町を歩いていると、もうこのまま日本に帰らなくて良いのではないか、という考えが浮かんできた。この国に住む。彼女と二人で、そしたらどんなに幸せなのだろうか?俺は考えた…









 ロリリンの家に着くと、玄関先で彼女のコートを脱ぐのを手伝った。コートを脱いだ瞬間。ふわりと甘い匂いがした。彼女の香りだ。俺は抱き締めたくなる衝動を堪えて、二人でリビングに戻った。



「ハンバーガー美味しかったね…」



「すごく美味しかったよ」



「またいこうね」



「こ、今度は別の店にしないか?もっと安い店とか…」



「いいよ。行こう?ねぇ…レン」



「なんだ?」



 ロリリンは自分のソファーの隣に座るようにと、誘うように手招きした。




「こっちこっち」



「え?」



「だきしめてあげるよ」



「えと。いや…」



「嫌なの?」



「いや…して欲しいです…」



「よろしい!」



 俺は顔が赤くなりながらフラフラと彼女の側に寄った。彼女のソファーの隣に座って顔を覗くと、ロリリンも顔を赤くしていた。




「じっとしててね?」



「うん…」




 俺の頭を包み込むように優しく抱き締める。ちょうど、彼女の胸が顔に押し付けられるような態勢だった。暖かさと甘い匂いで包まれた。ロリリンは俺を抱き締めたまま耳元で言葉を囁く。



「レン。よく聞いてね…レンが悲しんでる理由はホームシックだと思うの。外国に行って、平均して一週間でホームシックになるらしいの。最大の特徴は、特に理由はないけど悲しくなるんだって」



「うん…」



「だから、レンが悲しいときは抱き締めてあげる!」



「ありがとう…」



「私はそれ以上の事は出来ないけど…辛くなったらなんでも言ってね」



 俺はまた泣きそうになった。気づいたら勝手に口が動いていた。




「ロリリンがシャーロットと話してるときに、フランス語が分からなくて悔しかった…たぶん嫉妬してたんだと思う」



「知ってるよ。明日からフランス語教えてあげるからね」



「うん。それと…俺は舞踏会が終わった時、日本に帰らなくちゃいけないんだ」



「知ってるよ…さびしいね」



「お前とずっと一緒にいたい…」



「うん」




 今度は俺が彼女を抱擁した。背中に回した手で優しく愛撫した。ブラジャーのラインがはっきり分かる。


 ロリリンの金色の頭髪に鼻を突っ込んで、ふわふわの髪の匂いを嗅いだ。



「Aww..シャワー浴びてないのに…」



「いいんだ。すごく甘い匂いがするよ…」



「やだ。そんなこと…言ったら…恥ずかしい…」




 彼女を抱き締めたまま、指を器用に動かして、アルファベッドをロリリンの背中に書いた。



「Auh…くすぐったい。何してるの?」



「お前に手紙を書いてるんだ…」



「どんな内容?」



「後ろ向いてくれ」



「うん」




 俺は背中に''好、き、だ'''と書いた。



「これなんて書いたか分かるか?」



「んふ。くすぐったくて分かんないよ…」



「好きだって書いたんだ…」



「えへ、嬉しいよ。レン…もっと私の背中に文字を書いて」




 俺は期待に応えるため、今度はもっと大きく、ゆっくりと文字を背中に書いた。ブラジャーのラインが指に何度も引っ掛かった。



「これは?」



「わかんないね…でもくすぐったくて気持ちいい…」



「キスしたいって書いたんだ」



「ほっぺ?」



「いや、唇に…」



「あはは…もう…」



「キスしていいか…?」



 俺はダメ押しで聞いてみた。ロリリンは明後日の方向を向いたまま言った。


「知らない!」



「はあはあ…ロリリン!」



 俺はもう収まりつかなくなって…目を閉じると彼女にキスをした。唇につやつやした柔らかい感触。




 やった!ついに俺はキスできたぞ!人生で初めてのキスだ!!と喜んだのも束の間。







「え?」



 彼女は手で唇をしっかりガードしていた。つまり、俺はロリリンの手の甲にキスしたのだ。



「uhmm…レンのへんたい。オオカミ!」



「ぐはぁ…それはきついな」



 でもしっとりとつやつやした彼女の手の甲の感触は俺を興奮させた。



 まぁ、今日はここまででいいだろう。俺はロリリンの膝に頭を乗っけると目を閉じた。キスできないなら、お前の膝で寝てやる。



「おなか一杯になったら眠くなっちゃうんだね、レンって子供みたい」



「うん…」



「ゆっくり寝ていいよ…頭なでなでしてあげる…」



「ふむむ…」





 俺は彼女の細くて柔らかい指の感触を感じると、すぐに睡魔に包み込まれた…


 

 暗闇の中でボンヤリとしていると、誰かが俺を呼ぶ声が聞こえた。ロリリンの声とはまったく違う。切迫した男の声だ。








エド…………エドワ…ド………………!









なんだよ、うるさいな。いったい誰だよ…

俺を呼んでいるのは?
















「エドワード!!起きろよ!」






反転。











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