第十話 戦線の膠着
戦闘は米軍のワンサイドゲームだった。指揮官と戦車を失ったドイツ軍は動揺し、バラバラに攻撃を仕掛けてきたのだ。
ある部隊は後方に逃げ、ある部隊は建物の中に留まった。連携を欠いた彼らを殲滅することは簡単だった。
俺はとにかくガーランドを撃ちまくって、予備弾層を使い切った。殺した敵兵は17人くらい。まさしく元勇者の元帥無双だ。
戦闘が終わった後、俺が大破させたティーガーの側に行くと、黒服の指揮官が壁に寄りかかってぼんやりと空を見上げていた。
奴は血塗れで、浅い呼吸を繰り返し、瀕死だった。
そいつの側まで行った後、しゃがんで風貌を観察したが、金髪と青い瞳に若く美しい顔立ちで、19~22くらいの青年に見えた。
俺は、胸ポケットから煙草を一本取り出して口に咥えた後に、付属のマッチを擦って火を付けた。
久しぶりに一服する。シガレットの煙が肺に充満し…気分をリラックスさせた。
俺が一服した煙草をそいつの口元に持っていってやると、ドイツ兵は身を乗り出して、震える口でタバコを咥えて煙を吸い込んだ。そいつは煙を、血と一緒に吐き出した。
「よう。ご苦労だったな」
「…×××××…xxxxx………?」
途切れ途切れにドイツ語を呟いた指揮官。残念だが、俺にはこいつの話してる内容が理解できない。
「お前のルガーを頂く。それと…見事な布陣と用兵だった」
「……xx…」
俺は立ち上がって、ガーランドの先をそいつに向けた。こいつは出血しすぎた…もう助からないし、そもそも助けるつもりもない。初対面で会った時と立場が逆転していた。
「じゃあな」
引き金を引くと、銃が反動で揺れて、そいつの頭が吹き飛んだ。レンガ造りの壁が赤く染まった。事切れた体はそのまま横に倒れ込む。俺はその勇敢な指揮官に軽く敬礼した。
作戦が終わって、村に駐屯して数日が経過し、一段落が着いた。その間に、すでに砲兵部隊が後方に展開しており、射程距離内にあるカーン市に砲撃を行っている。
俺は最前線の野戦司令部に呼び出され、上層部に戦果の事実確認と証言を行った。
結果的に、初戦のノルマンディー上陸戦時にバリケードを突破し、今作戦でティーガーを撃破した二つの功績が認められた俺は、異例の昇進を遂げる事となった。
禿げたお偉いさんに大層褒められた後、バッジのような物を胸に付けられた俺は三等軍曹として軍隊に君臨することになり、全線の兵士の間で話題となった。
いわく、ティーガーを個人対戦車兵器で撃破した男。あるいは、鬼神のごとき活躍でドイツ兵を殺しまくるキルマシーン。尾ひれがついた噂は瞬く間に広がりった。
「それにしても六階級昇進とかあり得るのか?いいのかよ。こんな適当に昇進させて」
「元々のエドワードの階級が低すぎたんだよ。バズーカを取り扱える時点で特技兵扱いだろ?それに分隊指揮をしてドイツ軍部隊を撃破したんだ。案外、直ぐに少尉になるかもな?」
三等軍曹に割り当てられる任務は、分隊指揮及び上官の補佐だ。これは二等兵より待遇が遥かに改善した。ああ、そういえば俺の武器もM1ガーランドからトンプソン軽機関銃に変わった。最初にノルマンディーの海岸で拾った武器はこいつだった。
M1911拳銃も支給され晴れて下士官となったが、俺はルガーをドイツ人指揮官の死体からホルダーごと奪っていたので、アメリカ製の拳銃はトムにくれた。
ピカピカに磨きあげられたルガーは俺の手に馴染み、そいつをくるくると回して弄んだ。俺はすぐにこいつを気に入ったが…予備弾層は一つのみ。弾薬の供給が無いことが気がかりだった。
「あぁ…どうだろうな。ノルマンディーでかなりの下士官と将兵が死傷して戦線離脱したからな」
「補充のために、前線で功績を上げた兵士はすぐ昇進させるということか…すげぇな」
俺と同じバッジを付けたトムは嬉しそうだった。敵指揮官を撃ち取った彼も二階級特進したのだ。同じく、ウィリアム軍曹は少尉になった。彼は我々の小隊を指揮することになる。
「まったく…またも大活躍だったな、エドワード。ドイツ兵を容赦なく撃ち殺すお前を見てゾッとしたよ」
「ウィリアム軍曹…ではなく少尉でしたね」
渋い顔をしたウィリアムが煙草の煙を揺らしながら俺に声を掛けた。彼もバッジを胸に着けている。
「正直俺もこの階級に実感がない、だがどうせやることは同じだ」
「そうですかね…すぐ慣れますよ」
「だといいが…」
頭を抱えたウィリアムは煙草を地面に捨てると。軍靴で踏んで火を消した。俺は踏みつけられて、グシャグシャになった煙草をじっと見ていた。トムは壁に掛けてあったM1918軽機関銃を肩に担いだ。
「総員。これより支配地域の偵察を行うぞ。10分後に出発する」
その言葉に従う兵士達。我々はこれから徒歩で15km圏内の支配地域を偵察するのだ。
「エドワード、お前の指揮下で野戦陣地付近のパトロールに行ってもらう。敵の支配地域の偵察が任務だ。何でも良いから異変を見逃すな。装甲車両等の戦力を視認したら迷わず報告しろ。できるだけ交戦は避けろよ」
「俺が指揮するのはスコットとマイクの分隊か?」
「そうだ。二人の分隊の指揮を頼んだ」
「了解した」
俺はウィリアムの言葉に頷き、後ろに控えていたスコットとマイクに向かって声を掛けた。
「スコット伍長。貴官は野戦陣地から北に向かってパトロールを行え」
「ラジャー!敵戦力を発見したら交戦しても宜しいでしょうか!」
眼鏡を掛けたインテリ風の青年。スコット伍長が勢いよく喋る。こいつの索敵能力は目を見張る物がある。
「交戦は自己判断で行え。しかし、出来るだけ避けろ。交戦の前に必ず俺の部隊に無線で報告しろ」
「ラジャー!」
「マイク伍長の分隊は、俺と共に北西に向かって偵察する。こちらは敵のテリトリーと接触することになるため気を引き締めろ。場合によっては戦闘する可能性もあるぞ」
「ハッ!了解しました。エドワード軍曹!」
マイク伍長は俺に向かって敬礼した。前回の戦闘でジープを運転し、バズーカ砲を運搬したのは彼の働きだったのだ。
「トム。お前は分隊支援火器を持っていけ」
「分かった。援護は任せろ」
準備は整った。あとは指示通りに動けばいい。どうせ偵察だ。大したことは起きない筈だ。俺はトンプソンを担ぎながら部下を引き連れて移動を開始した。