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 総理大臣。テロリスト。誘拐。交渉人。

 いずれの言葉も、仙道の胸の奥深くに楔を打ち込んでいた。いったい、自分は何に巻き込まれて、これからどうなってしまうのか……。

 いや、自分自身の問題だけではない。

 この日本は、どうなってしまうのだ!?

「ようやく、事の重大さがわかってもらえましたか?」

 細身の男は言った。

 仙道は答えることも、首を振ることもできなかった。

「では、質問を続けさせてもらいますよ」

 事務的な口調で、尋問は再開された。

「御影冷二には、会ったことはないんですね? 仙道さん? ないんですね?」

 何度目かの問いかけで、首を縦に振った。

 そのとき、細身と角刈り以外の人物が現れた。

「どうだ?」

 その男は、警備員のような制服を着ていた。

「こっちは、予定通りだ。そっちは?」

「外に、子供が二人いた」

「なにをしていたんだ?」

「さあな。だが拳銃で脅したら、逃げた」

「おい」

 たしなめるように、細身は声をあげた。

「大丈夫だよ。見たところ高校生のようだったが、あんなクソガキども、逃げることにしか頭はまわらない」

 高校生、という言葉に仙道は引っかかるものがあった。

 まさか、生徒のだれかではないだろうか?

「仙道さん、あなたの……いや、そんなことはないか」

 どうやら細身も同じことを考えたようだが、すぐに思い直したらしい。

「尾行がないことは、確認済だ。近所の子供だろう」

「子供……ですか」

 仙道は、そうつぶやいた。細身の男たちは、それが気にかかったようだ。

「どうかしましたか?」

「高校生は、もう子供ではありませんよ」

「教師らしい意見ですな。しかし、われわれからすれば、なにも知らないバカなガキですよ」

 細身の男の意見に、角刈りも警備員も笑いで呼応する。

「それよりも、今後のことを話し合いましょうか」

「今後のこと?」

「あなたには、交渉人になってもらわなければならない」

 細身は、突拍子もないことを言い出した。

「そ、そんな……ぼくに、なにをやらせるつもりなんですか?」

「ですから、犯人との交渉ですよ。相手が、あなたを指名してきたんですから、やってもらうしかない」

 無茶ブリすぎる……仙道は、心のままに思った。

「具体的に、どういうことをすればいいんですか?」

 当然のことながら、仙道に人質交渉の知識などない。映画などで観たことはあるが、現実とフィクションはそもそもちがうものだ。

「犯人との交渉は……まあ、むこうがあなたを指名してきたのだから、なにも考えずに挑んでかまわないでしょう」

 そんなことで、本当にいいのだろうか?

「専門の人間と交渉する気なら、べつの交渉人を要望したでしょうから」

 仙道の疑問は、先回りされた。

「だが民間人──これは、あなたが犯行グループと無関係だと仮定してのものですが、一般市民を危険にさらすわけにもいかない」

 まだ彼らが信用していないことに不満をもったが、一応こちらの身の安全を配慮する言葉が聞けたことに、仙道はわずか落ち着きを取り戻した。

「あなたには、これからレクチャーを受けてもらいます」

「レクチャー? なんのですか?」

「最低限、身を守るための──です」

 それはつまり、本気で彼らはテロリストたちと交渉させるつもりなのだ。

「ちょ、ちょっと待ってください! 正気ですか!? ぼくは警察官でもなければ、自衛隊員でもない! できるわけがないし、そんなことをしなきゃならない義務があるわけでもない!」

 自分は至極まっとうなことを言っている……そのはずだ。が、男たちからは、むしろ侮蔑をふくんだ表情が返ってくるだけだった。

「さきほども言いましたが、あなたの行動に、この日本の平和と未来がかかっているのです。そんなわがままは許されません」

 あっさりと一蹴された。

「もし、絶対に……いやだ、と言ったら?」

「あなたは、そんなことを言わない」

 細身の男は、自信たっぷりだった。

「仙道さん、あなたが拒否すれば、それはすなわち、この国の治安が崩壊するということです。あなたの大事な生徒たちにも、被害がおよぶかもしれない」

 学校でも脅しのようなことを口にしていたが、それが彼らの常套手段なのかもしれない。

「誤解なさらないでください。べつに、われわれがどうこうするわけではない。想像してみてください。首相が誘拐され、テロリストがこの国を支配したとしたら」

 さすがにそれはないだろう。いくらなんでも総理大臣が誘拐されたぐらいで、革命が成功するわけがない。たとえ殺されたとしても、国の仕組みが変わることなどありえないはずだ。一時の混乱はあっても、テロさえ鎮圧してしまえば、新しい総理大臣を任命して、また日常がもどる。

 いい大人なら──いや、いまどきは子供でも、そんなペテンにはのらない。

「これは、夢物語ではないんですよ」

 仙道の表情を読み取ったのか、細身は続けた。

「われわれは、テロリストの恐ろしさを知っています。やるときはやりますよ」

 なにを「やる」つもりだというのだろう……?

「詳しくは言えない。ですが、これだけはわかってください。今回のことは、首相の生き死にや身代金の問題ではない。ニュースでよく眼にするようなテロリズムともちがう。本当に、この国の未来がかかっているんです」

 それまで、どこか余裕に満ちていた細身の顔から、ゆるやかなものが消えていた。

 なにかある──そう思った。ただの誘拐ではない。総理大臣が誘拐されたことは大事件だが、そんなことで彼らが慌てているのではない。もっと危険であり、とても緊急性のある事態に陥っているのではないか……。

「あなたは了承する。生徒たちのためにね」

「……卑怯ですね。そう言われたら、断れない」


         * * *


 連絡はない。だれのところにも。

「ホントに動くんでしょうね?」

「動きますよ。先生が気づけば、ね」

 美咲は、不安でいっぱいだった。板倉光司と森崎省吾とは、合流している。

「待つしかねえな」

 勇が落ち着いて声をあげた。鈴と森崎も、悠然としている。アスリート系は肝が座っているのだ。

 待つといっても、どれほどの時間なのだろう?

 美咲は、いますぐにでも飛んで行きたい衝動をどうにか抑えていた。

 場所は、学校からほど近い公園だった。時刻は、午後七時になろうとしている。遠くの空にはまだ明るさが残っているが、すでに夜の闇が周囲を満たしていた。

「総理が誘拐されたなんてニュース、どこもやってないみたい」

 携帯で情報をあさっていた鈴が言った。

「情報統制ってやつかな?」

 勇の言葉に、美咲は反論した。

「ここは日本よ。そんな独裁国家みたいなこと」

「でも誘拐事件の場合、マスコミと協定結ぶだろ?」

 たしかにそうかもしれないが、市民の誘拐とはわけがちがう。一国の首相が誘拐されたのに、なんの報道もされないのは、やはり不自然だ。

「あの総理になってから、だいぶこの国は右傾化してるから、その影響もあるんじゃないか?」

 安保・共謀罪の次は、治安法。そして、徴兵制も画策しているという。

「噂は流れてますね」

 ベンチを机がわりにして、モバイルPCを操作していた板倉光司がつぶやいた。

「え?」

 美咲をはじめ、一同が小さな画面に眼を向けた。

『あれって、拉致られた?』

『ソウリユウカイ』

『映画じゃねえの?』

『みたみた。ヤジウマが銃殺。撮影っぽいけど』

「派手に誘拐したみたいですね。目撃者が何人かいれば、情報は絶対に拡散します」

 彼の言うとおりだろう。たとえ報道を抑え込んだとしても、抑えきれるものではない。

「でも、これ書き込んでる人たち、本当のことだと思ってないみたいね」

「そりゃそうだろう、立花。ニュースでもやってないんだ。撮影だと思うさ」

 勇の意見に、森崎もうなずいていた。

「これが真実の出来事だと知ってるのは、一般市民ではオレたちだけかもしれないな」


         * * *


 BからAへ。

 不穏な空気あり。

 予定どおり、下請けはCの指揮系統をはずれる模様。

 プラン②の準備を進めるべし。


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