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朝、同じようにぶつかっている……。
* * *
仙道は、グレーの車に乗せられた。助手席に角刈りの男。後部席、仙道のとなりには細身の男。運転席には第三の男が座っていた。中肉中背で、二人より特徴がない。
走り出しても、しばらくは無言だった。
「……話を聞かせてください。どういうことなんですか!?」
たまらずに、仙道は問いかけた。
「あなたには、テロリストと接触した疑いがあります」
細身の男が応じた。
「言っている意味がわかりません」
「そうかもしれませんね。さきほども言ったように、あなたにはなんの非もないのでしょう。ですが、こちらもなにもしないわけにはいかないのですよ」
「もっと詳しく説明してください」
「のちほど、たっぷりと話をさせてもらいますよ。いま言えることは、事態は緊急を要するということです」
また、沈黙がおとずれた。
車は、まるで制止しているかのごとく、静かに進んでいた。
* * *
『あなたには、テロリストと接触した疑いがあります』
小型のラジオのようなものから流れだす声に、美咲は耳を集中させていた。
「どういうことなんだよ!?」
勇が、鋭く言葉を放つ。
「テロリストって……」
鈴も驚いているようだ。あの来蔵先生が、悪いことをしているはずがない──美咲には確信があった。世界が崩壊したとしても、それだけは信じられることだ。
『ザ、ザ、ザザー』
すぐに、ラジオのようなものからノイズが吐き出された。
「受信範囲をこえちゃったみたい……」
板倉光司が、ボソッと口にした。
機械に関して、彼の右に出る者はいない。
「つうか、これ、なんなんだよ?」
「朝から先生に取りつけてある音声収集装置です」
やはりボソッと素っ気なく、彼は告げた。
「音声収集装置? それ、盗聴器なんじゃないの!?」
鈴が、心の底からイヤそうな顔になった。
気持ちはわかる。なぜなら、彼──板倉光司は、鈴に気があるらしく、以前にも盗撮まがいのことをしているのだ。着替えを撮るような犯罪行為とまで呼べるものではなかったから問題にこそならなかったが、鈴が気味悪がるのも仕方のないことだ。
「そうとも言います」
反省の色もなく、彼は答えた。
ますます、鈴の表情が険しく歪む。
「受信範囲って、どれぐらいなんだ? もう先生の声は聞けないのか?」
「五〇〇メートル以内に近づければ……」
「とにかく状況がよくわからねえ、どうするよ、美咲?」
「うーん……あ!」
美咲の視線の先に、ある男が現れた。校舎のなかから颯爽と出てきたところだ。
「森崎くん!」
「あ? 長岡? なんだ、おまえら、そんなところでなにやってんだよ」
森崎が、そう疑問をもったのも不思議ではない。美咲たちは、校庭の隅っこ一帯に生えた芝生の上に座り込んでいたのだから。まるで、お花見客のようだ。近くには桜の木が植えられているものの、シーズンではないいまは、どこか間抜けに見えているかもしれない。
「いまから帰るところ?」
「ああ。これからバイトなんだよ」
森崎は、片腕にフルフェイスのヘルメットを抱えていた。
彼は、バイク通学をしている。原付ではない。大型のバイクを乗りこなす。免許は当然のこと「とりたて」ということになるが、ライダー歴は長い。子供のころからレースに出ているのだ。三歳でポケバイに乗りはじめ、ミニバイクを経て、いまではロードレースに参加するまでになっていた。
アマチュアではなく、プロとしてだ。
森崎省吾という名は、その筋では有名だ。
「ねえ、力かして!」
「え!? だから、バイトなんだって」
「ライゾウちゃんがピンチなの! お願い!」
「仙道が?」
森崎の顔つきが変わった。
「だったら、しょうがねえな」
来蔵先生に恩を感じているクラスメイトはたくさんいる。
「オレは、なにをすればいい?」
「板倉くんを、バイクに乗せてあげて」
「あ? ああ、まあ、いいけど」
よく事情がわからないからか、森崎は困惑しながらも了承してくれた。
「でもよ、仙道がどこに向かったのかわかんないだろ?」
勇の疑問は、そのとおりだ。だが美咲には、板倉光司という天才が、盗聴器を仕掛けただけですますはずがないと予感していた。
さきほど、彼が来蔵先生にぶつかっている光景は眼にしている。しかし盗聴器は、《朝仕掛けた》はすだ。では、いまはなにを仕掛けたというのだろう。
「それは大丈夫です」
ボソッとした口調に変化はなかったが、それでも自信ありげに彼は言った。美咲の想像は、正解だった。
「さっき、教室で先生の声を拾ってたら」
「《盗聴》でしょ!」
棘を込めて鈴が横やりを入れるが、それをどうにかなだめた。
「──拾ってたら、物騒な話が聞こえてきたんで、咄嗟にあるものを仕掛けようと」
「で、さっき先生にぶつかったのね?」
「そうです」
「なんだよ、なにを仕掛けたんだ?」
「まだ試作品なんだけど、GPS装置」
勇の問いに、彼は簡単なことのように答えた。
「GPSって、携帯電話とかについてるやつか?」
「そう。先生の携帯は古いから、そういうのついてないし」
美咲は、来蔵先生の携帯を思い返した。表面に罅は入っているし、時代遅れの遺物のような代物だ。写真撮影はおろか、メール機能すらない。
「じゃあ、それを利用して、先生に近づきさえすれば、また会話を聞けるのね?」
彼は、うなずいた。
「わかった。板倉をつれてけばいいんだな。替えのメットもあるから、乗せてやるよ」
「どうしたんだ? 立花?」
勇が、どこか冴えない表情の鈴に気づいて、そうたずねた。さきほどから時間が経つにつれ、顔色が暗くなっていく。
「あのさぁ、盗聴器にしろ、GPSにしろ、絶対、あたしに使おうとしてたよね? 先生で実験してたんでしょう!?」
彼は、否定しようとしなかった。こういうところは潔い。
「まあまあ、いまはライゾウちゃんのピンチなんだから、多めにみてあげなよ」
「そうだよ。むしろ、板倉のファインプレーがあってよかったんじゃねえか」
「なにがファインプレーよ! 変態プレーじゃん」
美咲は一生懸命、勇とともに鈴をなだめようとするが、彼女の怒りはおさまらない。
「とにかく、オレは向かうぜ。板倉、駐輪場はこっちだ」
だが彼は、動こうとしない。
「どうした?」
「ぼくにも、なにかメリットがないと」
「あ?」
「長岡さん」
呼ばれたので、美咲は彼に近寄った。
「耳を」
彼が囁き声で、よからぬことを伝えてきた。
「なんだ? 美咲? なんて言ったんだ?」
「……いろいろやるかわりに、リンの下着が──」
美咲が言いおわらぬうちに、鈴の拳が彼の顔面にめり込んでいた。
「ま、まて、暴力はいかん!」
慌てて、勇と森崎が止めに入る。
「板倉くん、さすがにそれは……」
「そうだぞ、もっとできることにしろよ!」
「……わかりました。じゃあ」
また、耳元で囁いた。
「においを嗅ぎたい」
「は!? イヤにきまってるでしょう!」
「立花! ここは我慢しろ!」
「そうよ。減るもんじゃないし……」
美咲は、なんとか説得する。天才は紙一重というが、ここは鈴に犠牲になってもらうしかない。
「わかったわよ! いーい!? 絶対に、さわんなよ! さわったら殺すかんね!」
勇が付き添って、彼を鈴に近寄らせる。鈴の身体すれすれに鼻を近づけて、くんくん嗅いでいた。
恍惚の表情。
「これでいいでしょう!? とっとと、先生のもとに向かって!」
* * *
AからBへ、報告。
聖域にて、《凡庸なる男》を待つ。
追伸。下請けの行動確認を希望。
以上。
* * *
BからAへ。
了解した。
できるかぎり、希望には応じる。