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 頭のなかで色々と作戦をめぐらせた。直接アタッシュケースを持っていくことも考えたのだが、やはりそれは危険と判断した。

『そんなのあたりまえよ!』

 長岡美咲にそのことを伝えると、開口一番そう言われた。場所は、もう少し行けば牛舎にたどりつく場所だった。

 ライトはつけていない。星を見ながら歩いていた。夜目にようやく慣れたのか、闇がそれほど怖くなくなっていた。

「どこかに隠して、彼らに連絡をとろうと思うんだ」

『どうやって?』

 こういうことを話すのに適任なのは、リーダーの彼女しかしない。

 時刻は九時を過ぎているそうだ。この携帯には時計表示がなく、登録されている番号にしかかけられないから、「117」で聞くこともできない。通話相手の生徒たちに教えてもらうしかないのだ。

 あたりまえのことだが、すでにみな下校している。美咲も自宅で、この電話を受けてくれている。学校では、教頭や学年主任たちと一悶着あったそうだが、生徒たちに迷惑をかけて、仙道は申し訳なさで、めまいがしそうだった。

「この電話でかけられればいいんだけど」

 仮に、そういう機能が備わっていたとしても、相手の番号がわからなければ、かけられないのだが……。

『板倉くんも、もうちょっと便利につくってくれればいいのに』

「いや、こうしてみんなの声を聞けるだけでもありがたい」

 本音だった。

『あ、先生』

「ん?」

『さっき話してくれた黒電話は?』

「あ」

 美咲には、森からここまでの道程で、これまでのことを詳細に話していた。

 交渉のため監禁された部屋に置かれていた黒電話。それで、政府側へ連絡を入れた。そしてそれは、テロリスト側にもつながっていたのだ。

「そうだ。ありがとう」

 礼を言ってから、携帯をしまった。歩くペースをはやめて、牛舎へ急いだ。物を隠すなら、あそこがベストだろう。

 なかに入って、ライトをつけた。ここなら灯が漏れる心配も、なにもない平原よりは少ないはずだ。

 何者かが潜んでいるようなことはなかった。隠していた兵士がいるか、干し草をどかしてみた。ちゃんといた。身をよじって抵抗しようとしたが、すぐに干し草をもどした。

 さすがに明日の朝までここに閉じ込めておけば、ほかの兵士たちに気づかれるだろう。いまは彼らも混乱しているのだ。仙道に逃げられ、アタッシュケースも奪われている。その捜索で手一杯なのだ。

 さて──、アタッシュケースをどこに隠そうか……。

 同じように干し草のなかへ……とも考えたが、それではあの兵士に逃げ出されたときにバレてしまうかもしれない。

 こういうときは、大胆に隠すべきだ。

 堂々とそこに置いておくつもりで……。

 壁際に木の板で組まれた棚が設置されていた。バケツやタライ、干し草をかき集めるときの鍬の先端部分などが、まるで飾られているようにしまわれていた。その一角に並べてみた。意外にも、違和感はなかった。

 ここに決めた。

 次いで、襲撃時、窓から飛び降りた建物へとむかった。兵士がいないかビクビクしながら近づいたが、どうやら建物前にはいないようだ。内部はどうだろう。いくつも部屋があったから、兵士たちの休憩所として使われているかもしれない。

 ライトをつけ、しかしすぐに消す、を繰り返し、足音をたてないように廊下を進んだ。木製の階段を昇るときが一番緊張した。ただでさえギイギイと軋むのに、靴音がコツコツとよく響くのだ。

 だれにも気づかれないということは、内部にも人はいなかったらしい。

 三階のあの部屋に到着した。

 扉は開いたままになっていた。

 ライトの光のなかに、机の上の黒電話が浮かび上がっている。

 これを使って、寺院にいる兵士の親玉と交渉する。

 その際に、留意しておかなくてはならないことがある。この電話を使ったら、自分がこの部屋にいることがわかってしまうということだ。

 希望的観測を口にすれば、この電話がどこにつながっているのかは、あのテロリストたちが知っていたことだ。いまここを占拠している兵士たちが、それを把握しているのかどうか……。

 していないのなら、すぐにここをつきとめられるということはないはずだ。が、そこまで楽観視はできない。

 交渉後、すぐにここを離れられるようにしなければ。

 逃走ルートを用意しておく、というやつだ。

 最上のベストは、交渉によって、こちらに危害を加えないと約束させることだ。自分を殺したら、目的のものは手に入らないぞ、と思わせる。そうすれば、たとえこの場所に兵士が大挙して押し寄せてきても、すぐには殺されない。

 捕まえて、尋問しようとするだろう。アタッシュケースはどこなのか、と。

 正直、拷問されたら、すぐに口を割る自信があった。そういう状況は、できるだけ避けたい。

 逃げるとしたら、やはり窓からになるだろう。一度体験しているだけに、脳内シミュレーションもやりやすい。

 しかし、昼と夜とではちがいもある。

 仙道は、ガラスの無くなった窓から下を覗いた。ほぼ地面は見えない。そのほうが、恐怖感は薄らぐのか、それとも増えるのか……。想像してみるが、どちらのケースもありそうだ。実際に飛ぶまではわからない。

(そうだ)

 あることをひらめいた。

 電話のある建物から、牛舎にもどった。干し草を抱えて、窓の下付近にセッティングしておく。飛び降りたときに散ったガラスの破片も、大きなものはどかしておいた。

 部屋へもどると、今度こそ黒電話のダイヤルに指を伸ばした。

(いや、まて)

 ここに踏み込まれたときのために、正面から敵と対峙する方法を想定しておくべきだ。

 見張りの持っていた短機関銃は、牛舎に置いてある。大きくて邪魔になるから、移動には不向きなのだ。腰のホルスターから、拳銃を抜いた。短機関銃を取ってくる選択もあったが、大型の銃器は相手を殺してしまうかもしれない。正当防衛とはいえ、さきほど怪我をさせてしまったことが、いまになって重くのしかかっていた。

 拳銃を机の上に置いた。

 サイレンサーをつける必要はないだろう。

(……)

 だが、まだ不安に支配されていた。

 黒電話ではなく、携帯に手を伸ばした。

 もう一度、建物を出た。牛舎を抜けて、電波のつながるところまで。

 行ったり来たりを繰り返しているから、ライトなしでも苦にならなくなった。

「こういうときは、あいつだな」

 思いついたのは、現代に残る剣豪の血筋だった。

『ようやく、かかってきたね』

 狩野勇の声が、頼もしく聞こえた。

『なにを教えてほしい?』

「一対一で生き残る方法を──」

『素人に真似できるものじゃないけど、仙道はもう体験ずみだよ』

「どういうことだ?」

『稽古を思い出して』

「稽古?」

 そんなことがあっただろうか。

『ほら、進路相談のとき』

 それを耳にして、イヤな記憶がよみがえってきた。

 進路相談は本来、親を学校に招いておこなわれるのだが、狩野の家は父子家庭で、面談の日に都合がつかなかった。

 そのため、後日、仙道が家庭訪問することになったのだ。

 その際に、狩野の父親から「折角ですから、道場でやっていきませんか」と誘われた。むげに断ることもできなかったので、その誘いにのった。それがまちがいだった。

 大きな道場で木刀を持たされると、狩野の父親と打ち合った。そうだった。花房との訓練のとき、こんなに身体を動かしたことはないと思ったのだが、それはちがった。

 あまりにもキツかったので、記憶の底に沈めていたのだ。

 なかなか筋がいいですな──そんなことを言われたような気がする。筋がいいので、私から一本取るまで終わりませんぞ──永遠ともいえる時間、対決していた。

 逃げるような真似はできなかった。狩野の父親の威厳だろうか、遙か大むかしから続く剣術の伝承者だけのことはある。

 何度も打ち込み、かわされ、いつのまにか床に倒されていた。また起き上がり、打ち込み、倒される、を連続した。

 これでは、キリがありませんな──父親は言った。

 ──ですが、ここまでよくやりました。最後に、わが狩野流真剣術の秘奥義をおみせしましょう。ご褒美ですよ。

 すると狩野の父親が、かまえたまま眼をつぶったではないか。

 なんのことだかわからなかった。

 ──どうぞ。好きなように打ち込んでください。

「……まさか、あれのことか?」

『そうだよ。あれだよ』

「でも、あれは……」

『大丈夫だよ。必ず、成功する。あの稽古はムダじゃない』

 自信ありげに勇は語った。その根拠は、どこにあるのだろう?

『オレから言えることは、本当の窮地に立たされたときは、長い棒状のものを握るんだ。あれをやるためにね』

 とてもではないが、真に受けるわけにはいかなかった。冗談で言っているのかとも思ったが、そんな雰囲気でもない。参考になったのか、ならなかったのか……判断できなかったが、仙道は携帯を切った。

 再び、あの建物へ。何事もなく部屋にたどりつくと、決意をもって黒電話の『9』をダイヤルした。

 しばらく、コール音が鳴りつづける。

 受話器を耳にあてながら、仙道は逆の耳で周囲の音をさぐっていた。この電話がつながったと同時に、自分の居場所が知られているかもしれない恐怖があった。

 二分ほど、出る気配はなかった。しかし、だからといってこの建物に侵入してくるような様子もない。

 あきらめかけたとき──、出た。

『……』

 むこうからは、なにも声を発しない。警戒していることが、受話器越しでもわかった。

「あなたは、だれですか?」

 なんと呼びかけようか迷ったすえに、そんな陳腐なセリフしか浮かんでこなかった。

『おまえが、交渉人か?』

 声が言った。寺院を制圧した隊長格の男の声だった。

「そうです」

『この期におよんで、なにを交渉するつもりだ?』

「あなたたちが、さがしているものは知っています」

『ほう』

「ある場所も知っています」

『おまえが持ち去ったのか?』

 それには答えなかった。自分で奪ったものではないし、だからといって、それを説明しても意味はない。

「あれを渡すかわりに、ぼくの安全を保証してもらいたい」

『くくく』

 その笑いは、感嘆したようでも、侮蔑したようでも、どちらにも感じられた。

「それと、そちらに捕らえられている総理大臣も解放してもらいます。生きているのなら、ほかの二人も」

『あんな愚かな人間を助けるために、危険をおかすというのか?』

「あなたたちは、その愚かしい人間を救出するために派遣されたのではないんですか?」

『バカを言うな。こんな、いくらでもかわりのきく人間のために動くものか?』

「あなたたちは、SAT隊員じゃないんですか?」

『おまえが、それを知る必要はない』

 ビシッと拒絶された。

『《箱》は、どこだ?』

「ぼくを殺せば、手に入らなくなりますよ」

『おまえは、あれがなにか知っているのか?』

「……」

『知らんようだな。よかったな。知っていれば、どこに逃げようが、おまえは殺されることになる』

「知らなくても殺すつもりなんでしょう?」

『くくく』

 さきほどと同じような笑みが、鼓膜を不快にさせた。

『殺すには殺すが、見えないところへ逃げるのなら、それを追ってまでは殺さない。こちらも、それほどヒマではないのでな』

「《箱》の正体を知ったら、その限りではないと?」

『さすがは交渉人だ。ものわかりがはやい』

 その言い回しには、嘲笑するような響きがあった。

「わかりました。《箱》についての詮索はしません。そちらに引き渡します。そのかわり……」

 慎重に、言葉を継いでいく。

『おまえの命はかまわんが、ここにいる愚者をくれてやるわけにはいかん。《箱》さえあれば、利用価値があるのでな』

「殺すんですか!?」

『言ったろ、利用価値があると』

 その利用価値が無くなったら……。

『安心しろ。たとえ結果として、この国の総理がかわったとしても、おまえの責任ではない』

 ここまでの会話で、彼らの任務が総理の奪還ではなく、あのアタッシュケースにあることは確定的だ。

 はたして、このまま自分の命欲しさに渡してしまっていいのだろうか……。

 どう考えても、彼らが正義のために動いているとは思えない。善と悪に振り分けるとしたら、後者にしかならないだろう。

『おまえはいま、どこにいる?』

「町からかけてます」

『ほう。周囲の森を抜けて、逃げおおせているのか?』

「ぼくの要求をのんでくれるのなら、《箱》は渡します。十分後、またかけます」

 相手の了解を確かめずに、仙道は受話器を置いた。

 仙道も嘘をついたが、むこうも嘘をついていた。こちらがまだ、この敷地内にいることを知っている。あえて、知らないフリをしているのだ。

 おそらく、この部屋からかけていることも知っているだろう。部下から、襲撃したときに自分がこの部屋にいたことは報告をうけているはずだ。

 それでも、ここに踏み込んでこないということは、アタッシュケースの隠し場所を気にしているのだ。このまま交渉にのって手に入れるか、それとも捕まえて口を割らせるか──考えあぐねているのだろう。

 むこうも、こちらの出方をさぐっている。

 十分という時間は、仙道にとっても猶予であり、むこうにとっても考慮する時間であるのだ。

 仙道は、その短い時を使って、もう一つの交渉を進めることにした。

 ダイヤルの『1』に指をかけた。


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