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『安保法案、共謀罪に続いて、国内のテロや騒乱に自衛隊を積極的に出動させることのできる新治安法が検討されていることが、関係筋の話であきらかになりました』


『いわゆる《命令による治安出動》を簡略化したもので、これまでに一度も治安出動のない自衛隊を国内鎮圧に従事させるものとして──』


『次のニュースです。与党国会議員が、徴兵制の導入について語ったことで、国会は紛糾──』




          プロローグ


 AからBへ、報告。

 空港でみつけた。すれちがった男。凡庸。どこにでもいるような人物。年齢二〇代後半から三〇代前半ほど。

 推測される職業。教師。生徒らしき未成年を引率していたから、まちがいないものと思われる。

 選考理由──だれもよかった。ただ眼についたから。

 ただちに計画を開始する。

 以上。


         * * *


 黒塗りの車が、外堀通りを走行していた。三台が連なっている。もうじき行けば、永田町に入る地点だった。

 先頭を走る車には、四人。真ん中の車には三人。一番後ろの車には、二人が乗っている。

 都心の街並みは、平和そのものだった。

 平日の昼間、通行人の姿はそれほど多くない。

 すると突然──歩道にいた老婆が、ふらふらとした足取りで車道に飛び出してきた。ちょうど、ガードレールの切れ目だったことも災いした。

 先頭の車が急ブレーキをかける。老婆は、車の前でうずくまっていた。タイミング的には、当たっていないはずだ。運転手もそう考え、車外に出ていった。

「大丈夫ですか?」

 助手席に座っていた男も降りてきた。だが職務上、あまり車からは離れられない。最後尾の車からも、一人が様子を見るために外へ出ていた。

「救急車を呼びましょうか?」

 運転手が老婆に呼びかける。だが、反応はない。あの足取りでは、だいぶ具合が悪かったのだろう。

 通行人も歩みを止め、何事かと騒動を注視していた。人通りは少なめとはいえ、ざっと二〇人ほどいるだろうか。

「いま、救急車を呼びますね」

 携帯を取り出し、運転手がそうしようとしたときだった。

 それまでが嘘のように、老婆が起き上がっていた。

 運転手は眼を見張った。老婆の手にしていたものが、あまりにも想定外で、凶悪なものだったからだ。

 短機関銃──H&KMP7。

 4.6×30㎜弾が最大数入る四〇発マガジンを差して、老婆はそれを片手持ちしていた。

 対処のしようもなかった。次の瞬間には、老婆が引き金を絞っていた。状況を理解するまえに、運転手は蜂の巣にされた。

 助手席に乗っていた男は、もっと悲惨だった。老婆に撃たれたのではない。予想できない角度から銃撃されたのだ。

 野次馬だ。

 野次馬の一人から拳銃で撃たれた。

 最後尾車から出てきた男も、それで面を食らった。

 そして見た。歩道にいた野次馬全員の手に、この国にあってはならないものが!

 罠だ。そう考えがいったときには、命を奪われていた。意思の無くなった瞳に、快晴の空が反射していた。

 惨劇は、それで終わりではない。先頭車両の後部席に乗っていた一人と、最後尾の運転手が、中央の車を守るように拳銃を抜きながら車外に出た。

 同時に、真ん中の車が急発進しようと、タイヤを掻き鳴らす。

 が、老婆が放った弾丸の群れが、車外に出た男たちと、急発進しようとした車の前輪をぶち抜いていた。フロントガラスにも撃ち込んだようだが、防弾仕様のために割れることはなかった。ここがアメリカであったなら、タイヤもランフラットが装備されていたであろう。パンクをしても走行し続けるすぐれものだが、乗り心地がいま一つとされている。

「快適さを優先させたというのは、本当のようだな」

 先頭の車には、まだ一人が乗っていた。後部座席。その一人が、野次馬たちによって降ろされていた。銀色のアタッシュケースを大事そうに抱えている男だった。まるで、集金を終えたエリート銀行マンのようだ。

 まわりを取り囲んだ物騒な野次馬たちから、銃を突きつけられる。アタッシュケースを左腕で抱いたまま、銀行マンのような男は、右腕で降参の意を表した。

 急発進を阻止された車も、武装した人間たちに包囲されている。一人が、後部ドアに手をかけた。当然のごとくロックされていた。銃口を車窓に向けながら、その一人は、なかにいる人物に顎で指し示した。その方角には、こめかみ付近に銃を突きつけられたアタッシュケースの男が。

 なかの人物が、あきらめたような表情になった。

 ドアが開いた。

 ゆっくりと、その人物が出てきた。

 それに続くように助手席からも男が飛び出したが、老婆によって秒殺されていた。

「SPは邪魔だ」

「き、君たちは……なにをするつもりなんだ!?」

「知れたこと。あなたと、あのなかに入っている《ボタン》に用がある」

 老婆が言った。

 そのとき、パトカーのサイレンが鳴り響いた。

 アタッシュケースの男の顔に、わずかだが安堵が浮いた。

 風のような速さで、数台の警察車両が現場に到着した。だが、だれも降りようとしない。それどころか、武装した野次馬たちが乗り込んでいくではないか。それを眼にして、再び絶望が襲撃された者たちにのしかかった。

 パトカーは、偽物。

「さあ、あれに乗ってもらおう」

「本気なのか!? 君たちは、テロをおこすつもりか!?」

「テロなど、かわいいものだろう? あなたが持っているものにくらべたら」

「……」

「さっさと乗るんだ。この国は、これから変わるよ。楽しみだろ、総理大臣さん?」


         * * *


 AからBへ、報告。

《節操のないキツネ》を捕獲した。 

 こちらに欠員はなし。すべて順調。

《箱》も、こちらの手の内に。

 以上。


         * * *


 BからAへ。

 了解。次のステージへ移行されたし。

 吉報を待つ。




          1


 また、ミラクルクラスかよ──。

 そんな心地のよい囁き声が、耳に届いた。

 仙道来蔵は、教師になってもう七年ほどになるが、自分が優秀な教員だとは、ただの一度も思ったことがない。なのに、まわりが過剰に評価をしてくれる。自分は本当になにもしていない。受け持ったクラスの生徒たちが、たまたま優秀なだけなのだ。

「鼻高々だね、ライゾウちゃん」

 校舎に大きな垂れ幕がさがっている。

『国際数学オリンピック出場決定! 三年D組、庄司隆弘くん』

 そう書かれていた。

「先生は、なにもしてないよ。庄司がすごいだけだろ」

 その垂れ幕を、三人の生徒と眺めているところだった。生徒会長であり、クラスの学級委員長もつとめる長岡美咲の言葉に、むず痒さを感じながら仙道は応じた。

「謙遜してんじゃん、ライゾウちゃんのクセに」

 生意気な言葉づかいだが、根はしっかりしていて、生徒会長に選ばれるもの納得できるほどの才女だった。長い黒髪が印象的で、容姿端麗。生徒たちどころか、教員のあいだでも人気があることを知っている。

 彼女自身も、全国高校ディベート選手権で優勝した実績がある。

 というより、いま見ている垂れ幕に並んで、その栄光が讃えられていた。つい先週のことだ。この学校を優勝に導き、ベストディベーター賞も獲得している。

「そうそう。仙道の力だって、ほんの少しぐらいはあるって」

 そう言って笑ったのは、狩野勇だ。見た目は、いま風の若者といったところだが、幼少から剣道で鍛え上げられているので、礼儀はわきまえている。けっして名前のあとに、「先生」とつけてはくれないのだが。

「なんかさ、こういうことなんじゃない? 監督がダメだと、選手が頑張るってやつ」

 軽い口調の発言者は、ショートカットの似合う立花鈴だった。アイドル並のルックスを誇る美少女で、街を歩けばスカウトの嵐だという噂だ。長岡美咲も美人だが、彼女の可愛さはタレント性を感じさせるのだ。が、本人にその自覚はなく、むしろオシャレより、スポーツに青春をついやしている。

 バドミントンの全国大会で三位に入ったこともある実力者だ。

 よく休み時間に仙道も練習台にさせられるが、まったく歯が立たない。

「ダメ監督って……」

 あながちまちがっていないから、仙道は強く反論できなかった。

 仙道が担任を受け持つ三年D組は、ミラクルクラスと呼ばれ、他クラスの生徒や同僚教員たちから羨望と嫉妬の眼で見られている。

「これはこれは、仙道先生。また、あなたのクラスの生徒が、すごい偉業を達成してくれましたね。ディベート大会に数学オリンピックですか」

 仙道たちのもとに、学年主任の山川がやって来た。笑顔を浮かべてはいるが、心のなかで笑っていないことはあきらかだ。大袈裟な褒め文句は、嫌味以外のなにものでもない。

 山川が担任の三年A組は、本来なら一番優秀な生徒が集められているはずなのだ。成績上位者、スポーツ特待生候補。芸術分野でも才能を有する生徒たち。それが、なんの取り柄もないはずの凡庸な集団である三年D組に、お株を奪われつづけている。

 学年主任がおもしろくないと思うのも仕方のないところだ。

「生徒たちに恵まれているだけですよ」

「なにを言われますか。ディベート部は、仙道先生が顧問をつとめているんでしたよね? 先生の指導が素晴らしいからでしょう」

 やはり、心にもないことを口にしていた。横で、立花鈴が苦い顔をしているのがわかった。

「これからも、優秀な生徒たちの指導をお願いしますよ」

 優秀、というところをあからさまに強調していた。去っていく山川の後ろ姿に、立花鈴が「あっかんべ」をしていた。

「自分のクラスのほうが目立たないもんだから、ひがんでんのよ」

「リンの言うとおりね。ライゾウちゃんも、あんなのが上司だと苦労するわね」

 なかなかに辛辣な意見を、長岡美咲は声にする。彼女との口喧嘩には、絶対勝てないだろう。ディベート日本一は伊達ではない。

「あんなのって……先生なんだから」

「わたしの先生は、ライゾウちゃん一人しかいないよ」

「そうそう、オレらの先生は、仙道一人だけだって」

 美咲の言葉に、狩野勇も同調する。

「あ、いっちょまえに、照れてる~」

 鈴にからかわれ、仙道は視線を校庭の隅のほうに移した。スーツ姿の男二人が、こちらへ向かってくるのが見えた。

「ん? だれだ、あれ?」

 勇も気づいたようだ。

 二人の男は、学校という場所には、どこか不釣り合いな雰囲気があった。すぐに、自分たちへ向かっているのだと仙道は察していた。

「どちらさまですか?」

 予想どおり眼の前で立ち止まったので、仙道は二人に声をかけた。

「仙道来蔵だな?」

 ぶっきらぼうに一人が言った。体格がよく、角刈りの男だった。むかし柔道でならした人間が警備会社に就職したような風貌だ。

「そうですが……」

 仙道は、警戒しながら二人を観察した。

 もう一人は、笑みを浮かべていた。角刈りの男よりもずっと細身なのだが、むしろそちらのほうが迫力を感じてしまう。

「いっしょに来てもらおう」

「え?」

「いいから、われわれと来い!」

 威嚇するように、角刈りの男は言った。

「なんなの、この人?」

 勇が一歩前に出て、口を挟んだ。一瞬にして不快感を得たようだ。

「小僧は黙ってろ!」

「なんだと!?」

 闘争心を呼び覚ましてしまったようだ。高校生とはいえ、勇の力はナメられたものではない。いまは素手だが、彼が竹刀を持てば、恐ろしいことになる。

 剣道部に所属してるが、いままで公式戦に出たことはない。弱いからではなかった。家訓に従っているだけだ。

 狩野の家は、由緒正しい剣術の名門。真剣での戦いが本分のため、剣道での試合を禁じられているのだ。『狩野流真剣術を継承する高校生』という特集で、マスコミにも取り上げられたことがある。

「イサム!」

 美咲に制されて、なんとかとどめてくれたようだ。だが、どこかに棒状のものがないかを視線でさぐっているのがわかる。少し離れたところに、陸上部で使うのだろうか、二メートルほどのポールが置かれていた。

「すみませんね、こいつは血気盛んでして。われわれは、こういう人間ばっかりではないんで、あしからず」

 細身の男が、ようやく発言した。

「おい、みなさんが怖がってるじゃないか。いつまで《裏方》のつもりでいるんだ?」

 角刈り男をそうたしなめる。

「あなたたちは、だれなんですか?」

「これは失礼しました。われわれは、こういうものです」

 細身の男が、身分証を提示した。よくドラマで眼にする警察手帳だった。

「刑事さん……ですか?」

「はあ、まあ、そうですね」

 どうも、歯切れの悪い返事だった。

「ライゾウちゃん、なにかしたの!?」

「バ、バカなことを言うな! 先生は、なんにもしてない」

「いや、われわれは……刑事というわけではないんですよ」

「はい?」

「われわれは、公安でして」

 言いづらそうに、細身は声に出した。

「公安……?」

 一般の警察官でも身に覚えはないが、さらに身に覚えがない。公安というと……テロリストや過激派、特定のカルト教団などを監視するセクションのはずだ。

 仙道は、労働組合にも入っていない。むかしはよく、労組に公安が潜入するということもあったと耳にしたことがある。しかし現状でそれは、時代錯誤もいいところだ。

「あの……話が見えないんですけど」

「そうでしょうね。あなたには、なんの落ち度もありません。ですが、確認したいことがありまして。ぜひ、われわれと来てもらえませんか?」

 どうしてだろう……角刈りのように高圧的ではないが、この男のほうが拒否できない響きがあった。

「そう言われましても……もっと詳しい理由を教えてもらわなくては……」

「われわれは本来、こう軽々しく身分を明かしたりはしないんですよ。職務上、いろいろとありますから。しかし、それを変えてまで身分を明かしたんです。それほどのことだと察してください」

 そんな言葉で納得ができるはずもない。

「いいから、ついて来りゃいいんだよ!」

 ついには、角刈りの男に胸ぐらをつかまれてしまった。

「そんなことしていいんですか!? 令状もないのに、拘束なんてできないはずです!」

「そんなもんは、俺たちにゃいらないんだよ! その気になりゃ、殺人の罪だってつくりだせるんだ」

 美咲の言葉をうけて、信じられないことを角刈り男は言い放った。

「あなたたち、本当に警察官ですか!?」

「威勢がいいな、お嬢ちゃん」

「わたしの父は、弁護士です。そんなおこないは、絶対に許しません!」

「まあまあ。いいですか、お嬢さん。われわれの任務は、この国の治安を守る大切なものなんですよ。市民は、それに協力する義務があるのです」

 もっともらしいことを、もっともらしいように語った。

 独善的なペテン師のようだ。

「とにかく来ていただきたい。この日本の平和がかかっているのです。あなたも嫌でしょう? 未来ある子供たちに危険がおよぶのは──」

 仙道は息を呑んだ。

 未曾有の危機を煽っているようにも聞こえるが、生徒たちを盾に脅しているようにも解釈できる。

 いまのは警告だ。仙道は、それを悟った。

「わかりました……」

「では、ついてきてください」

「先生!」

 心配そうな三人に、笑みを浮かべた。

「大丈夫だよ。すぐにもどるって」

 公安を名乗る男たちのあとについていく。

 校庭の半ばまで進んだところで、横手からだれかが小走りで近づいてきたのを視界の隅にとらえた。むこうは前を見ていないのか、気づかない。結局、ぶつかってしまった。

「あ、ごめんなさい」

 知っている生徒だった。自分のクラスの板倉光司という男子だ。

 機械いじりが大好きで、自作でDNA鑑定装置をつくってしまったほどの天才だ。ロボットも製作していて、ロボット同士を闘わせる全国大会で準優勝をしたことがある。ちなみに決勝で板倉に勝った相手は、一流家電メーカーの技術者数人が製作したロボットだった。プロを相手に、高校生一人が互角に渡り合ったのだ。

 そんな快挙を成し遂げたとは思えないほどに貧弱な体格をしている少年は、何事もなかったかのように、そそくさと歩き去っていった。

「仙道さん、急ぎましょう」

 細身の男に催促されて、再び足を動かした。

「……」

 数歩で、また止まる。

「どうしましたか?」

「あ、いえ……」

 どうしてだろう。いまと同じ光景を体験したことがあるような。

 つい最近……。

 思い出せそうもなかったので、仙道は今度こそ二人のあとに続いた。


         * * *


 BからAへ。

 Cの下請け、《凡庸なる男》と接触。

 到着まで、待機されたし。


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