第一章 原因解明#3
気が付くと、俺は努を追い越し、あの公園へ先回りしてしまっていた。
何という失態。
ふがいない自分に腹が立てながら、俺はひょいとベンチへと飛び乗る。しかし習性とは実に恐ろしいものだ。丹念に毛繕いをし始めてしまう自分に、思わず苦笑してしまう。
それにしても、何て暖かいんだ。これじゃぁ……。
すぐに瞼が重くなり、そのまま意識が遠のく。
うん?
俺は誰かに躰を撫でられていることに気が付き、片目だけ開けて様子を窺った。
「ママはさ、忠志のところのママとすごく仲良しでさ、僕がいじめられていること話したって、ただのケンカでしょって、聞く耳持ってくれないと思うんだ。それにあのママだって僕を嫌っている。それだって聞いてくれないよきっと」
努だった。
涙をボロボロ零しながら、俺に話しかけていた。
「猫はいいな。学校へ行かなくて済む」
「まぁ確かに、お気楽って言っちゃそうだけど。まぁそれなりに大変さはあると思う。なってまだ日が浅いから、何とも言えないけどな」
「ええええええ~、ねねねね猫が喋った」
ヤバい。
このチャンスを逃してどうする俺。落ち着け落ち着け。俺は猫。猫と言ったら、そうだそうだ喉をゴロゴロと鳴らしてだ、次に、えっとえっと。
「ニャン」
「ああ喋るわけないか」
そうそう。
安心して、俺は頷くように目を閉じて見せる。
「何かお前、僕の話分かるみたいだな」
俺を宙に持ち上げて、努が嬉しそうに笑みを零す。
なんだ。笑えるじゃん。やっぱガキはそうじゃなくっちゃな。
少しだけ、俺の中に正義心が芽生えてきた気がする。
さてここでの歪みを、どう補正するかだな。
手足をばたつかせ、俺は思案を練る。
とっかかりが必要だよな。まずは様子見だな。
一通り俺に呟いた努は、すっきりしたのか家路につき、俺はこれからのことを考えながら再びそのベンチの上で眠る。
翌朝、俺は塀の上にいた。
あの憎らしい母親が赤ん坊を抱き、道に列を作らせているところだった。見たところ、努はまだ来ていない様子で、俺は首を長くし、見まわす。
歩道まで伸びた木の枝が邪魔して見え辛いが、角から努らしき少年がこちらの方へ向かって歩いて来るのが見えた。
「さぁ揃ったわね」
「まだ努君が来てないよ」
「またなの?」
明らかに嫌悪感丸出しにしたあの母親が言うと、先頭に立っていた男子がへらへらと笑い、行っちまおうぜと言う。
「そうね。いつもいつもじゃ、こっちも待っていられないわね。忠志、行っちゃっていいわよ。ママから努君には話しておくから」
おーい。何てこった。もうそこまで来ているじゃねーか。
俺は思わず叫んでしまっていた。
「嫌ぁね。どこの猫かしら。シッ」
追い払う仕草をされ、俺は一先ず塀の向こう側に降りすぐに戻る。
何も知らない努がやって来て、あの母親が眉間にしわを寄せ、何かを言っているところだった。
「もう待っていられないから、忠志たちは先に行かせたから。努君さ、もっと早くに起こしてもらうとかしなさいよ。集団生活って一人一人が意識していかないと、乱れるものなのよ。はっきり言って、迷惑なんだよね」
努の目には涙でいっぱいになっていた。
おい努、お前言われっぱなしでいいのか。なんかいい返してやれ。
「でもおばちゃん、僕、遅れてないよ。ちゃんとママにも確認したけど、集合時間って8時15分だよね。僕、8時に家、出てきたんだけど」
「じゃあ、あなたの家の時計が狂ってんじゃないの。言い訳はもう結構。本当に迷惑」
なるほどね。だから大人は信用できないんだ。
ストンと壁から降りた俺は、俯いて歩く努の後をついて歩くことにした。
「おお永田、また寝坊か」
あの教師か。こいつも屑か。
腹が立った俺はその教師の足を思いっきり引っ掻いてやった。
黙々と歩いていた努は、一度校門の前で立ち止まり、深いため息を吐く。その姿は小学生のあるまじき姿ではなかった。
辺りを見回し、慎重にベランダへ侵入し、そっと中を覗き見る。
がやがやと賑やかな教室の風景が広がり、後ろの扉から努が入って来るのが見えた。
偶然なのか、ふざけあっていた男子の手元が狂い、努へとぶつかる。
へらへらとしながら謝られ、努もへらへらと笑い返す。
何をやっているんだあいつ。そこは怒るだろ普通。
いよいよ俺に怒りは頂点へと達していた。
4時間目の授業中、明らかにわざと努は転ばされていた。今日一日だけでも、おかしな点はいくらでもあるのに、俺は教師をまじまじと見る。
節穴かお前の目は。そんな目ん玉ならくりぬいてしまえ
「痛い」
「先生、どうしたの?」
「いや何でもない。目にゴミが入っただけだ」
「でも先生、目が赤いよ」
「悪い。ちょっと洗ってくるから、みんなは各自、練習を始じめていなさい」
各二人組を作ってのパスの練習が始まり、努はポツンと一人にされていた。
誰かが、先生来たと叫ぶ。
それと同時にボールが努を目がけ飛んで行く。
「何、ボーっとしてんだよ」
「ああごめんごめん」
「永田、大丈夫か?」
「平気平気」
何もなかったように、顔面を赤くした努が、へらへらとしていた。
もう我慢できん。
「ダメッ」
そんな声が聞こえた気がしたが、俺は強く地面を叩き付けてしまっていた。




