エピローグ#3
他愛もない会話をし電話を切った努は、両親の部屋に置いてあったオルゴールを、美耶子へ形見分けしてあげようと思い立つ。
努が初任給で母親へ買ってあげた物だった。
宝石箱で、全体が白のベルベットで包まれ、ふちをビーズで飾られた洒落た品物である。
電気も付けず、暗がりからオルゴールを見つけ出し、努は勇んで階段を下りて行く。
最後の段を踏み外し、バランスを崩した拍子に、オルゴールが落ち、メロディがこぼれ出す。
頭の中の靄が晴れて行くような錯覚に見舞われ、軽く頭を振った努は、オルゴールの近くに落ちている鍵を見つける。
「さぁ、始めるわよ」
リサの呟きに、俺は慎重に時間を巻き戻していく。
記憶だけの時間を操作できるものなのか、自信はないが、やるしかない。そうしなければリサの魂は浮かばれないと、天の声が言うのだ。
緊張した面持ちのリサが、大きく息を吐き出す。
ゆっくり手を伸ばさせ、鍵を拾わす。
その瞬間、誠司の記憶を蘇らせる。
リサが受け取った大事な記憶だった。
何かを思い当った努が、リヴィングへと向かう。
間違わないでね。
リサは祈るように努の行く手を先回りしていく。
努は、何かが自分の中で繋がった気がした。
小刻みに震える手で、アルミ箱へ鍵を差し込む。
微かな音を立て、鍵が開く。
「リサ」
「ねぇ、あなたならどれを選ぶ?」
幾重にも伸びる時間の帯を手に、リサが俺へ尋ねた。
答えを出すのは、そう容易くはない。
俺は渋い顔をして、リサを見つめる。
「どれを選んだって、後悔はついて来るものよ」
中から一本だけ選んだリサが、ウィンクして、一気にそれを手繰り寄せる。
一気に押し寄せてきた時間の波動に、俺は気分を害す。
フラフラと俺は、足を取られてしまう。
「しっかりしてよ。仕事はまだ終わっていないわよ」
リサに喝を入れられ、俺は尻尾をひたすら回転させていく
同じ時間は取り戻せない。止まってしまった時間はやがて動き出すもの。今、その時だと俺は思った。
慎重かつ丁寧に、俺は努に時間を返していく。
努の思考回路を数か所結び直し、俺は息をつく。
カチカチッ。
「よし」
今にも泣きだしそうなリサが振り返る。
「どうしてそんな顔をする?」
「何でもないわ。さあ、しっかりやってよ」
「ああ」
俺は尻尾を思い切り数回、地面へ叩き付ける。
俺は、大股で公園へやってきた努を見て、ホッとする。
「まだ、気を抜かないで」
「ああ分かっている。任せておけ」
憔悴しきった努が、ドカッとベンチへ腰かけると、俺は足音を忍ばせ、その下へと潜り込む。
俺は何の気なしに、リサを見る。
「何てことだ」
努の呟きに、俺の耳が反応して動く。
俺はそれに合わせて瞼をそっと閉じる。
ザワザワと木々が揺れ、看板がガタガタ騒ぎ出す。
ゆっくりと顔を上げた努の手には、ブルーのマス目が入った、見るからに小学生が使うノートの切れ端が持たれ、遺書とたどたどしい文字で書かれてある。
鉛筆で書かれた文字の上には、数滴、水が落ちたようなシミが出来ていた。
工事車両が何台も行き来きしているのに、この公園だけがすっぽり切り抜かれたように、古びている。
花壇も手入れをされていないようで、雑草が伸び、ベンチもペンキが剥がれ落ちている。辛うじて、昔は白く塗らえていたんだろうと分かる程度に、色が残っているだけだった。
急ぎ足で車へと戻り、エンジンをかける。
「よしこれで補正完了だ」
そこにはもう、リサはいなかった。
俺は力の限り、名前を呼んだ。




