エピローグ#2
他愛もない会話をし電話を切った努は、両親の部屋に置いてあったオルゴールを形見分けしてあげようと思い立つ。
努が初任給で母親へ買ってあげた物だった。
宝石箱で、全体が白のベルベットで包まれ、ふちをビーズで飾られた洒落た品物である。
電気も付けず、暗がりからオルゴールを見つけ出し、努は勇んで階段を下りて行く。
最後の段を踏み外し、バランスを崩した拍子に、努はオルゴールを落としてしまった。
蓋が開き、勝手に乙女の祈りを奏でだす。
オルゴールから飛び出してしまったのだろう。近くに鍵が落ちていた。
リサが、大きく息を吐き出す。
鍵を拾った努は、ハッとなり、リヴィングへと急ぎ足で戻って行く。
努は、何かが自分の中で繋がった気がした。
小刻みに震える手で、アルミ箱へ鍵を差し込む。
微かな音を立て、鍵が開く。
「ねぇ、あなたならどれを選ぶ?」
幾重にも伸びる時間の帯を手に、リサが俺へ尋ねた。
答えを出すのは、そう容易くはない。
俺は渋い顔をして、リサを見つめる。
「どれを選んだって、後悔はついて来るものよ」
中から一本だけ選んだリサが、ウィンクして、一気にそれを手繰り寄せる。
一気に押し寄せてきた時間の波動に、俺は気分を害す。
フラフラと俺は、足を取られてしまう。
「しっかりしてよ。仕事はまだ終わっていないわよ」
リサに喝を入れられ、俺は尻尾をひたすら回転させていく。
同じ時間は取り戻せない。止まってしまった時間はやがて動き出すもの。今、その時だと俺は思った。
慎重かつ丁寧に、俺は努に時間を返していく。
母親の手帳を見て、身を固めてしまっている努の思考回路を数か所結び直し、俺は息をつく。
カチカチッ。
よしうまくいった
。
得意顔で振り返り、リサを見た俺は、おやっと首を傾げてしまう。
「どうしてそんな顔をする?」
「何でもないわ。さあ、しっかりやってよ」
「ああ」
俺は尻尾を思い切り数回、地面へ叩き付ける。
俺は、大股で公園へやってきた努を見て、ホッとする。
「まだ、気を抜かないで」
「ああ分かっている。任せておけ」
憔悴しきった努が、ドカッとベンチへ腰かけると、俺は足音を忍ばせその下へと潜り込む。
俺は何の気なしに、リサを見る。
口元に手をやり、茫然とその場に立ち尽くしていた。
なぜリサがここまで拘って、努の時間を先延ばしにしようとするのか、俺には全く理解できなかった。
そりゃあ列に努一人が加わってしまえば、阿吽たちはいい顔をしないだろう。ましてや10歳やそこらのガキが、自ら命を照って並ぶんだ。天の声も嘆き悲しむってことよ。だからと言って、ここまで加担する必要があるのかって聞かれたら、少し考えさせられてしまう。
そんなこんな焦燥している間に、努の時間が確実に刻まれていく。
「何てことだ」
努の呟きに、俺の耳が反応して動く。
俺はそれに合わせて瞼をそっと閉じる。
ザワザワと木々が揺れ、看板がガタガタ騒ぎ出す。
ゆっくりと顔を上げた努の手には、ブルーのマス目が入った、見るからに小学生が使うノートの切れ端が持たれ、遺書とたどたどしい文字で書かれてある。
鉛筆で書かれた文字の上には、数滴、水が落ちたようなシミが出来ていた。
努は、軽く頭を振る。
断片的に残された記憶。何かが引っ掛かって上手く思い出せずにいた。
この公園に来れば、すべてが分かると思ったのに。
しかし、自分がこの街で暮らした記憶はない。
深い息を漏らし、努は立ち上がる。
地区計画と大きく書かれた看板が立ち、工事車両が何台も行き来きしているのに、この公園だけがすっぽり切り抜かれたように、古びている。
花壇も手入れをされていないようで、雑草が伸び、ベンチもペンキが剥がれ落ちている。辛うじて、昔は白く塗らえていたんだろうと分かる程度に、色が残っているだけだった。
急ぎ足で車へと戻る。
もう10年以上乗り込んだ軽自動車だ。ナビも古く、このあたりの地図も詳しく表示されずに、ここへたどり着くまで、一苦労させられてしまった。
努は携帯を確認する。
着信履歴。上司の名前が一時間おきに入っている。一番下に美耶子の名前を見つけ、努はリダイヤルボタンを押す。
呼び出し音がしばらく続き、美耶子の明るい声が聞こえ、ホッとなる。
「今、どこにいるの?」
努はハンドルに左手を掛け、一瞬躊躇してから、得意先に向かうところだと答える。
「そうなんだ」
疑う様子もない声。
吉田美耶子は、努の婚約者だ。二人は、結婚式を間近に控えている。
美耶子とは、他愛もない会話を一言二言すると、声が聞きたかっただけだからと言って、電話を切った。
どっと罪悪感が努の押し寄せる。
悪いことをしているわけじゃないのに……。
そして、車を静かに発進させた。




