エピローグ#1
時間から弾き飛ばされ、俺は強く躰を打ち付けてしまう。
思考が定まらずにいた。
俺は目を見開く。
目の前には生い茂った樹々と、その隙間を縫って零れてくる日差しが、螺旋を描いている。
怯える心が、耳を研ぎ澄まさせた。
葉が擦れる音に、一気に緊張が高まる。
身動きが出来ず、目だけがぎょろつく。
一気に振り落された白刃。
鋭い痛みが走り、視界が赤く染められていく。
「おっかぁ」
懐へ手をやり俺が天を仰ぎ見る。
天神様のお札を、一糸一糸、俺の無事だけを祈って縫い付けてくれたお守りを握りしめる。
「死にたくねぇ。もう一回、会いてぇよおっかぁ」
ハッとなった俺に、リサが声をかけてくる。
「お目覚め?」
「リサ、お前、何をしようとしているんだ」
「生きたいという思いと、生かして欲しいという願い。どっちが重いと思う?」
「何だそれ」
「親はみんなこうなのかしら?」
意識の中、リサが寂しそうに笑う。
「さぁな」
毛が逆立ち、目が光る。
「本当に良いのか、お前、消滅しちまうかもしれないんだぞ」
「それでもいいと思える、それが愛ってやつでしょ?」
後ろに手を組み、振り返り微笑むリサが、白く淡く消えて行く。
汗でびっしょりになって、努が目を覚ます。
喉が乾ききっていた。何か飲もうと、立ち上がろうとした努は、いやっていうほど、脛をテーブルにぶつけてしまい、うずくまる。
「畜生!」
涙が出るほどの痛さだった。
努はテーブルへ八つ当る。
拳を叩きつけられたその衝撃で、敷き詰めてあったクリスタルが動き、小人が倒れてしまう。
あれ?
銀色の角ばった物がほんの僅かだけが、見え隠れしているのに気が付いた努は、ガラスを外し、それを取り出してみる。
鍵?
努は、この鍵に見覚えがあった。
自分の机の鍵だ。
どこかへ失くしてしまったものだと、思っていたのだが……。
努は首を傾げながら、自分の部屋へ上がって行く。
クリーニングに出されて壁に掛けられた制服や、漫画やCDはそのままにされているのに、なぜだか机だけが片されて見当たらないことに、努は首を傾げる。
どうもうまくいかない補正に、俺は腹を立てる。
「焦っちゃダメよ」
どこからともなく聞こえてきたリサの声に、俺は肩を竦めてみせる。
カチッ。
備え付けのクローゼットを開け、努はリンゴの木箱を見つけ、引っ張り出す。
そして、時間を交差させていく。
西日が差し込み、小さな陽だまりが出来ている部屋。
近所の人の話し声に犬が吠える声。心が和んで行く時間。
窓際に置かれた机の前に、努は座る。
椅子がギシギシと軋んだ。本立てには、まだ教科書と参考書が立てかけられている。
右側の一番上、小学校の時から、鍵をなくしてしまい、何年も開けられずにいた引き出しがある。
少しだけ、努はワクワクしていた。
鍵を差し込み、ゆっくり回す。
「開いた」
思わず声を出して行ってしまった努は、そっと引き出しを開ける。
中からはまた、鍵がついたアルミ製の箱が出てきて、努は顔を顰める。
見覚えのない鍵のついた箱だった。振ってみると、中に何か入っているようだった。
努は、力づくで外そうとしたが、頑丈で手が痛くなるだけだった。
お手上げである。
バカらしくなった努は、箱を片手に、リヴィングへ戻る。
と、ちょうど携帯が鳴り始める。
呼び出し音だけで、相手が誰なのか分かる。
婚約者の、吉田美耶子だ。
「ない時間なら作ればいい」
リサの呟きに、俺の髭がピクンと動く。
「あれって」
「そう、父親、誠司のもの」
「どうしてそんなまどろっこしいことをするんだ?」
「努には知って置いて欲しかった。あの人の優しさを」
今にも泣きそうなリサを見て、鼻がむず痒くなる。




