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第五章 動き出した時間#6

 髭が、風向きが変わったのを感じ取る。


 「タイミングを逃してはいけませんよ」


 天の声が、俺の頭から離れようとはしなかった。


 チクタクチクタク。規則正しくその言葉が繰り返される。


 「あなた方は運命共同体。二人で一つです。それをお忘れなく」


 柔らかい口調だが、やけに胸に突き刺さる言葉だった。

 

 俺は大きく深呼吸をし、何も知らないリサを見る。



 「時が熟したみたいだな」

 「そうみたいね」

 「動けるか?」

 「私を誰だと思っているの?」

 よろよろと立ち上がったリサが、胸を張って見せる。

 「始めるぞ」

 俺たちは最後の仕上げをするために、再び時間の流れへ身を投じる。


 ――15年の月日が経っていた。


 唖然となっている俺の横で、リサがフッと息を漏らす。


 「どういうことだ?」

 「なかったはずの時間を繋ぐってことは、何らかのねじれ現象が起こり得るってこと、覚えておきなさい」

 淡々と話すリサの顔を、俺はまじまじと見る。

 「てことは努は……」

 俺は無意識のまま、天を仰ぎ見る。

 「ここから先は、私の仕事ね」

 そういうとリサが、スッと立ち上げり、手で髪を払う。

 「お前、その姿」

 最初にリサを見た時、その艶やかな毛並みを見て、自分との差に愕然となったことを思い出す。それが、今度は人の形に化けれるって、有り得ないだろう。

 不満顔をする俺を見て、リサが笑う。

 「あなたとは、階級が違うってだけの話」

 「階級って」

 「少なくても、私は命を奪うことはしてこなかった。ってことかしら」

 「俺がしてきたって、言いたいのか? おい」

 俺は自分の躰を嘗め回すように見る。

 白地に黒のまだら模様。これが今の俺の姿だった。

 動揺しまくる俺をよそに、リサは転げ落ちて行くバスへと飛び移り中へと入って行く。


 何をやっているんだあいつ。


 目を瞬かせているうちに、情景があっさりと変わり、俺は目を瞠る。

 

 両親の葬儀に落胆する努の姿が、そこにはあった。


 「リサ、リサ、どこにいる?」

 小声で呼ぶ俺を見つけた努が、抱き上げる。

 

 ねじれ現象って……、まさか?


 何十年か振りかの旅先で、二人は惨事に巻き込まれてしまったのだ。

 楽しげに並んで撮られた写真が添付されたメールには、明日帰るからお土産を楽しみに待っていてね。と書かれている。

 努は土産を楽しみに待つ歳でもあるまいし。と、そのメールを無視してしまったことを、後悔していた。

 

 二人の遺体は多くの観光客と共に谷底に眠っている。バスの運転手がハンドル操作を誤ったのは間違いがないらしいけど、緩やかなカーブをどうして曲がりきれなかったのか理解に苦しむ。

 事故などそういうものだと、親戚の誰かが努にそう言って励ますが、やり場のない悲しみと怒りは消せずにいた。


 階段を上がって行く努の足にまとわりつくように、俺も上がって行く。


 突き当りの部屋の前、一呼吸を置いた努がドアを開く。

 両親がついこの前まで使っていた部屋へ、明かりもつけずに入って行く。

 ぼんやりと浮かび上がる白い壁には、父親の趣味でとられた写真が、大きく引き伸ばされ飾られていた。

 俺はその写真を見た途端、妙な感覚を覚える。


 どこの森だろう? 

 努と俺の心が重なり合う。


 やかましいほどの鳥たちのさえずり。

 さんさんと溢れ落ちる木漏れ日。

 一気に俺の意識が飛んでいき、無我夢中でそれを見回す自分に気が付く。

 風で、木々の葉がざわつく。

 枝が一本大きく揺れた気がした。

 「リサ」

 思わず俺は叫んだ。

 その声で、一斉に鳥たちがはばたく羽音に、目を奪われてしまう。


 今にも吸い込まれそうな美しい木立に、努はしばらく魅入ってしまっていた。

 

 俺の胸もざわつく。

 

 努はカーテンを開け、外の光を入れる。


 白を基調とした明るい部屋だった。

 サイドテーブルには、努が初任給で買ってあげた、オルゴールが置いてある。宝石箱仕立てで、白のベルベッドで包まれ、縁取る様にビーズが飾られている。

 懐かしさに目を細めた努は、そっと手に取り蓋を開けてみる。

 優しい音色が流れ出す。

 乙女の祈りだった。

 その優しい音色に耳を傾け、努は目を閉じる。

 母親は、努のあげる物なら、どんな些細なものでも、大袈裟すぎるくらい喜んだ。

 そういえばと、ふと思い立った努は、クローゼットを開け、中を覗き見る。

 パッと、母親の匂いがして、努は目を細める。

 父親のスーツが数着掛けられているのを見て、努の中に、なつかしい日々が蘇って行く。

 入学式も卒業式も、二人揃って参加してくれていた。

 恥ずかしいと言うより、嬉しいの方が強かった気がする。

 努は中を弄る。

 昔、ここは母親の隠し場所だった。

 サンタのプレゼントも、怒って取り上げたゲームも、ここにあった。

 大事なものは、すべてこの中へしまってある。そう言っても過言じゃない。だが、今回ばかりは空振りのようだ。

 

 携帯が鳴っていることに気が付いた努は、慌てて部屋を出て行く。

 大急ぎで階段を降りた努は、最後の一段を踏み外してしまい、躰が前のめりになる。


 

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