第五章 動き出した時間#5
――努は深い眠りの中にいた。
「おい、いつまで寝てんだお前」
白かった視界に、猫が現れ、努の顔を叩く。
「誰?」
「俺様か、俺様はトキって、ええそこからまた始めるの? リサ、勘弁してくれよ」
「ごめん。ミスっちゃった」
「ふざけんなよ。お前も俺も、残された時間はあとわずかなんだからな」
しゅんとしたリサの顔が浮かび、でもさと言う言葉が付いてくる。
言わなくても、リサが言おうとしていることは、俺にもわかった。
時間は忘れられてしまうもの。
俺たちの存在は、そうでなければならない。
厄介な仕事を引き受けたもんだと、俺はつくづく思う。
「じゃあ今度こそは、本当に戻すわよ」
カチャカチャ。ピッピッ。
何の音だろう?
努の瞼が微かに動く。
その音は、耳元で規則正しく刻まれていた。
瞼が重く、なかなか開けられずにいた努の視界に、ぼんやりとした輪郭が浮かぶ。
……ママ?
努の呟きに、母親は慌てて病室を出て行く。
「何とか、成功したみたいね」
リサが安堵するように、俺を見る。
「勝負はこれからだろ?」
コクンとリサが頷く。
パタパタと複数の足音が聞こえてきて、努を取り囲む。
しばらくして、父親が、やって来た。
俺は、慎重に尻尾を振って行く。
その横で、リサはじっと観察を続けている。
わずかなずれでも命取りになる。
やっとここまでたどり着いたんだ。みすみす終わらせるわけにはいかない。
努の時間はトロッコ電車のようにギコギコとぎこちない音を上げ、行ったり来たりしながら進ませる。
余計な時間を排除させるためだ。
だいぶ、リサの躰が薄くなってしまっている。
「お前、大丈夫か?」
「まぁね。何とか持つでしょ」
俺には女心は分からねぇ。
病室へやって来る父親を見る目が、違うのは感じていた。
リサとこの父親の間に何があったのか、知らないし、知りたいとも思わないが、こうしてそばにいると、リサのせつなさが伝わってきて、妙な気持ちになってしまう。
俺は肩を叩かれ、振り返り、驚く。
目を細め、ぼんやりとした光に包まれた、その人は……、この表現が適切なのか分からないが、俺が言う、天の声が粛々とした佇まいでそこにいた。
どうやら、その姿は俺にしか見えていないようだ。
俺はリサを見やりながら、首を竦める。
そして瞬きを一度して、その姿は消えて行った。
だが、それだけで充分、俺には伝わるものがあった。
俺は大きく深呼吸を一回済まし、もう一度大きく息を吸う。
限界まで吸い込んだ息を、俺は一気に吐き出す。
リサが驚いたような顔で俺を見る。
「ホホホホ。頼みましたよ」
そんな天の声が気がした。




