第五章 動き出した時間#4
顔に当たる冷たさに目を覚ました努は、ぼんやりと辺りを見回す。
小高いクヌギの木に、轟く雷音。
――カチカチ。
トキの顔が目の前に現れる。
「急がなくていいのか?」
「何で?」
言われている意味が分からず、努は首を傾げる。
「トモダチ」
グシャリと、心が捻り上げられるような痛みが心に走る。
「ああ」
のろのろと忠志の存在を思い出す。
「トキがなんとかしてよ」
冷ややかな笑みで、努が言う。
「それは出来ない」
「トキなら簡単でしょ? 魔法でも何でもいいから使ってさ」
「あのな、俺様はただの猫だ。猫に何が出来るって言うんだ?」
「だって、ママもパパもみんな変えたじゃない。これだって、トキが作った幻覚でしょっ?」
「まだ言うか? この世に魔法なんかない。あるとしても何も努力をしないお前には、一生縁がない品物だけどな」
これ以上の変換は、素人の俺でも危険だと分かる。
しかし、リサは何が何でも努を助けようとしている。これだって、私が何とかすと言って、疲れ切った躰を押して、ここまで戻してしまったのだ。
無理がたたって、リサの躰が半分透け始めている。
俺の躰だって例外ではない。
思うように力が入らなくなってきているのだ。
こうなってしまったら、腹をくくるしかないと思った俺は、ギュッと強く目を瞑り、尻尾を天に向けて伸ばす。
風が騒ぎ始める。
土ぼこりが舞い、躰にわずかな衝撃を感じ、俺は目を開ける。
薄暗い廊下に置かれたソファーで、努の両親は支えあうように座っていた。
目の前のドアが開き、品の良い笑顔の女性が二人を招き入れる。
神妙な二人を見て、医師が微笑みを作る。
「一つ、賭けをしてみようと思います」
医師はそう言って、父親から封筒を受け取る。
「こんな事で上手くいくのでしょうか?」
父親の問いかけに、医師はゆっくりと首を振り、正直分からないのですと答える。
母親が口を押さえ、嗚咽を漏らす。
「彼の心は繊細で、ぼろぼろに傷付いてしまっています。それを治すのは容易なことではないでしょう」
一呼吸置いた医師が、宙を見る。
「諦めてしまうのには、彼は若すぎる。僕は彼の中で眠ってしまった、希望を呼び起こしてあげたい」
父親の方を見た医師は、ニコッと歯を見せて笑ってみせる。
「きっと彼は大丈夫」
複雑な心境で、両親はその言葉を受け取り、診察室を出て行く。
努はベッドに横たわったまま、生死の境目を漂ったままだった。
医師から返された封筒を、父親は握りつぶす。
憤りで、気が変になりそうだった。
遠目でそれを見ていたリサは、踵を返す。
「リサ?」
俺もその後を追いかける。
「トキ」
ふと足を止め、俺を顧みる。
目が真剣だった。
何となく、言おうとしていることが分かった俺は、目だけで頷く。
リサは肩を竦め、足を速め、俺もそれに付き合った。




