プロローグ#3
距離にして、数メートルだったが、やたら長く感じた。
「ウグッ」
躰に鈍い痛みが走った。なんだこのやたら重いのは?
やっとの思いでそこから這い出し、大きなため息を吐く。
縄が切れ、努が地面へと転げ落ちていた。
頭から血は流れているものの、見た感じ死んでいないようだ。
やれやれと首を振った俺は、少年の胸にのぼり、顔を舐める。
補正と言っても、何から手を付ければいいんだ?
気を失っている努を目の前にして、俺は考え込んでしまう。
永田努。死ぬにはまだ早い、10歳と7か月。
「大体、何で死のうなんて思っちゃったわけ? もうちょっと生に対して、執着してくださいよお客さん」
前足で、俺は気を失っている永田努なる、少年の頬を突っつく。
ウウウーとうめき声をあげられ、俺は、思わず飛び退く。
「おーい、天の声さん、聞こえてるか?」
俺は姿が見えない相手を、そう呼ぶことにした。
雷の音だけが返ってくる空に舌打ちをする。
自分で考えろってことですか?
気を失っている努の周りをぐるぐると回り、俺は無い知恵を絞りだす。
ダメだ。いくら考えてもわからん。
途方に暮れた俺は、努の胸へ這い上り、もう一度まじまじと顔を覗き込む。
「しかし早いよな。10歳10歳ねぇ……」
ブツブツと唱えるように言っているうち、俺に妙な感覚が沸き起こる。
「ウウ~気分悪っ」
吐きそうになりつつ、自分の身に、何が起こったのか確認する。
「何だここは? いったいどこなんだ?」
やたら靄がかかっていて見晴らしが悪いところだった。
「クソ。これじゃ歩けやしない」
少し進んでは、何かに爪が引っかかり、立ち往生してしまう。
「どうなっているんだ?」
だんだん腹が立ってきた俺は、思い切り爪を立てて、そこら辺中を引っ掻いてやった。その拍子で、足へまとわりついていたものが千切れ、微かに先が見えた気がした。
もしかしたら出口かもしれない。
そう思った俺は、希望が湧いてくる。
一目散で駆け出した俺は、足がとられるのも気にせず、その場所へ勢いよく飛び込んだ。
どうやら、俺は努の思考回路とやらに紛れ込んじまったらしい。出られたと思ったのは大きな間違いだった。
触れた場所から、ひしひしと努の言葉や感情が伝わってくるのだ。
どうするよ俺。
俺は躰を丸め考え込む。
不意に眠気に襲われ、俺は慌てて頭を振る。
「いかんいかん」
自分をふるい立出せた俺は、一歩踏み出す。
一瞬、目の前が真っ白になり、再び視界がはっきりとして来る。
「フーンなるほどね」
長い尻尾をピーンと立てた俺は、声を出してそう言うと、そろそろと歩いていく。
複雑に入り組んでいるのは、それだけ悩みがあるってことってことか。しかし、10歳のガキが、何をそんなに悩むことがあんだ?
一歩進むごとに、ずっしりとした重みが、躰へ圧し掛かってくる。
それがどういう仕組みなのか、一応天の声へ尋ねてみたが、まぁよす通りの結果に終わってしまった俺は、はたと足を止め考え込む。
「さてさて、どう料理しますかね~」
何となく、頭へぼんやりと手法が浮かんだ俺は、それを試すことにした。
「まずは、ここをこうやって繋いで、このあたりがこうだな。フムフム。案外俺って、才能があるんじゃね~」
こんがらがってしまっている回路を、組み合わせ直し終わった俺は、思わず口笛を吹いく。
「完璧だろ。この先はどうやるんだ。おーい天の声さんよ、助言くらい教えろよ」
俺は耳を澄ます。
俺としては、ご苦労さん。はい次の案件張って、少々期待したのだが、そう甘くはないようだ。まぁ期待はしていなかったのだが、こうも無視されると言うのは、いただけない どうやら俺は、気が短いようだ。
感情が尻尾へ伝わり、叩き付けていた。
要するに、地団駄を踏むってやつだ。
激しさが増し、それだけでは気が済まなくなった俺は毛を逆立て、天をにらみつけるように仰ぎ見る。
遠くで、光るものがあった。
その時だった。
躰が一気に空へ吸い込まれるような感覚が襲ってきて、周りのものが何も見えなくなる。
耳鳴りがして、耳が痛い。吐きそうだ。
らせん状に躰が絞られ、吐き出されるように俺の躰が宙へ舞う。
ひらりと身をひるがえし、俺は見事な着地を決める。
猫の習性が役に立った瞬間だった。
「まさかこのために、猫の姿をしているのか俺?」
独り言ちり、俺は自分のばかさ加減に、薄く笑いを浮かべる。
その様子を、あきれ顔で窺っているものがいることなど、その時の俺は知る由もなかった。




