第五章 動き出した時間#3
「早く決めないと、どうする? 努?」
俺は、努に決断を煽った。
顔を強張らせ、努は考え込んでしまっていた。
時間に余裕はなかった。
戻ろうとする時間を戻らせまいと、リサが必死で堪えているのだが、それも限界が近づいている。
突然、寒気に襲われた努の唇が、青紫になり始めていた。
「努。状況が少し変わってきた」
「どうしたの?」
「雨になりそうだ」
「雨? こんなに晴れているのに? 何を馬鹿な事を言っているの?」
半信半疑でいる努に、俺は真顔で捲し上げる。
リサの手から時間が、スルスルと抜け出し始めていた。
「トキ、早くして」
リサの悲痛な叫びが、頭の中で木霊する。
ポツポツと雨粒が落ちてきた。
「さ、どうするんだ? 時間がないぜ」
努は、辺りを見回す。
けど、何処にも逃げ道がない。
往生際の悪い努を見て、俺は首を竦める。
「でも……」
「分かった。勝手にここで死にやがれ!」
俺は怒って、背を向ける。
「待って!」
努は叫んだ。
稲光が走り、雷が地響きを上げ落ちる。
耐えきれなくなったりさの手から時間が放たれ、一気に俺たちの躰が放りされてしまう。
「捕まって」
伸ばされたリサの手を、俺は必死で捕まえる。
努を何とか捕まえようと、俺は尻尾を伸ばす。
「頼む」
雷が轟く。
誰かが何かを言っているようだったが、良く聞き取れずにいた。
ふわふわと不思議な気分だった。
躰に力が入らなかった。
すべてが面倒に思える。
猛烈な睡魔が努を襲い、そんまま意識が遠のいてしまう。
「ちょっと、何ぼやぼやしているのよ」
「うっせぇ、俺だってな、分からないながら頑張ってんだ」
「ねぇあれって、阿吽たちじゃない」
「マジで」
俺はおやと思い、リサを見上げる。
「何?」
「列ってあれだよな。あっちへ流されるならわかるけど、どうしてこいつは下へ引っ張られているんだ」
「あんたそんなのも分からないで、この仕事、引き受けたの?」
「悪いか」
「努は自ら命を絶ってしまったから、あの列には並べないの」
「どういうことだ?」
「つまり、地獄へ落されるってこと」
「はん?」
「何のんきな声を出してんの? まじめにやりなさいよ」
「だってよ、いくら俺たちが手を尽くしても、こいつはこっちの世界へと引きずり込まれちまうってことはよ、望み、ないってことじゃねーの」
「そうかもしれないけど、それをどうにかしようって、あなたは思わないの?」
「思うとか思わないとかじゃねーだろ。これって、俺の責任じゃねーし」
「尻尾が引き千切れそうだ。放すぞ」
「放したら殺す」
「何を言っているんだよ。俺たちはとっくに」
ぽたぽたと手に冷たいものが当たるのを感じ、俺はリサを見上げる。
「泣いているのか」
「うるさいわね。手が痛いだけよ。早くして、これでも一応レディなんですからね」
「レディ?」
初めて聞く単語に、俺は首を傾げる。
「本気で殺されたい」
「だから」
ずるっと躰が下へと滑り始める。
「冗談抜きで、あなたも努と一緒に落とされちゃうわよ。やり残したこと、あなたにだってあるんでしょ」
妙にリサの言葉が、俺の胸へ突き刺さる。
俺は渾身の力を振り絞り、躰を大きく揺さぶり始めた。
ギシギシと時間が軋み、躰がふわりと弧を描き宙を舞う。
着陸は見事に失敗に終わり、躰を強く打ち付けてしまった。
下敷きになってしまったリサが、苦々しい表情で俺を睨む。
何とか無事である。
横たわっている努に目をやり、俺は深いため息を吐く。




