第五章 動き出した時間#2
クヌギの木は近くに行くと一段と高く見える。
空を貫いている様だった。
「あ、あそこにせみ」
努が言うと、せみが一鳴きしてから逃げていってしまい、忠志が睨んだ。
「ばか。そんな大きな声で騒ぐなよ」
「ごめん。でもどうやって虫を捕るの?」
「ここの枝をこうして登って、こうすれば、捕れるだろ」
あっという間に上って行く忠志を、努は叫んで止めた。
「忠志、危ないからやめなよ。落ちたら怪我しちゃうよ」
「だから、努は弱虫って言うんだ」
「弱虫でも何でもいいから下りて来なよ」
「チェッ。弱虫」
忠志は仕方なく木の枝を上手に使い、伝い下りて来る。あともう少しというところで、パッと飛び降りた忠志が、木の下で蹲る。
「どうしたの?」
「足が……」
嘘かと思った努は、もう帰らないとと手を引っ張る。
「痛い痛い」
泣きわめく忠志を見て、やっと嘘じゃないと分かった努の顔から、血の気が引いて行く。
「忠志、大丈夫? 歩ける?」
枝がガサガサと言ったかと思うと、一羽の鳥が飛び立ち、それにつられたかのように、一斉に鳥たちが泣き声をあげながらと飛び立つ。見上げた先は、木が覆いかぶさり、わずかな隙間から空が見えるだけだった。心臓の音だけが妙に大きく聞こえる。
真後ろの草むらがガサッと鳴り、努は飛び上がる。
「やぁ、久しぶりだな」
努は恐る恐る振り返る。
トキは相変わらず呑気な顔をして、長い尻尾を振りながら近づいて来る。
「何でここにいるの?」
「仕事だよ。仕事」
「シーッ。声が大きいよ」
「そいつなら、寝ているぜ」
「そんなわけ……」
ぐったりとしている忠志を見て、努は目を瞠る。
そんな努にお構いなしで、トキは軽やかな足取りで忠志の周りを一回りして、目をたれ下げ、意地悪く言う。
「まずいな。こりゃ、骨折しているぜ。あまりの痛さで気絶しちまったんだな」
平然とした顔でトキがそう言うと、また草むらの方へ戻ろうとしていた。努は忠志の様子を見に戻りつつ、トキを引き留める。
「ちょっと待ってよ! 見捨てるつもり? 助けてよ」
「見捨てるも何も、俺様は偶然通りかかっただけで、関係がない。それに仕事も立て込んでいるし」
忠志が呻き声を上げ、努は焦る。
「仕事と僕たちと、どっちが大事なの?」
「仕事」
あっさり答えられ、努は泣きそうになる。
「じゃ、どうすれば良いか教えてよ。このままじゃ忠志は動けないし……」
「待っていれば、誰かが助けに来るんじゃねぇの?」
「いつ?」
「さぁ?」
「ねぇ、トキなら何か方法を知ってるんでしょ。意地悪しないで教えてよ」
「方法ね……、なくはないけど……」
「焦らさないで教えてよ」
トキは尻尾をピーンとさせ座ると、空を見上げた。
「方法はいくつかある。でも、選択肢は難しいぜ」
「いいから。早く教えて」
努は焦った。忠志の様子がおかしくなってきている。
「ったく。世話が掛かるぜ。ま、一番安全なのは、さっきも言ったように、誰かが探しに来てくれるのを待つことだな」
「それって何も解決してないじゃん」
「馬鹿言え。これが一番究極だろ」
「待つって言っても、見つけ出されるのが何時になるか分からないし……」
「かと言って、人を探しに行くってことは、ここへけがをした忠志を措いて行かなければならないし、迷子になる可能性だって否めない」
「そんな……」
涙声になった努が、俺をすがるように見る。
「だから言っただろ? 選択肢は難しいって」
「もっといい方法はないの?」、
「今の努にできることは、これっくらいだ」
努は忠志の方を振り返った。
嫌な緊張感が全身に走る。




