第五章 動き出した時間#1
最終日の朝。
努たちは佐伯先生に起こされるまでぐっすりと眠っていた。
朝食は夕べの話の続きで盛り上がっている。忠志だけが話について来れないで、つまらなさそうにパンを口いっぱいに頬張っている。
努は少し気が咎めた。
朝食のあとは帰りの支度をするだけだ。
健一は班長会議で呼ばれ、耕基が最終チェック表をつけて回り、努と裕太は新聞紙を丸めてキャッチボールをして、閉校式までの時間を潰す事にした。忠志は一人で木の枝を使い、地面に落書きをしている。裕太が気を使って何度か声をかけたけど、仲間に加わろうとしなかった。
「裕太、ちょっと来て」
耕基が呼びに来た。
多田先生の命令で、布団を片すのを手伝うらしい。
努は今まで祐太と使っていた丸めた新聞紙を忠志にチラつかせ、やる? と訊いた。
「やらない」
忠志は無愛想に答える。
気まずかったが、なんだか放っておけない気がした努は、おずおずと近づいていき、そっと顔を覗き込む。
そんな努を避けるように、スッと背中を向けた忠志は何も言わないで、森へ向かって歩き出す。
「忠志、そっちは行っちゃいけないって先生が」
引き止める努を振り返り、あからさまにバカにした目を努に向けた忠志が、舌打ちをする。
「うるせぇ」
「だからそっちは」
忠告など、聞く耳を持たない忠志は、ずんずん進んで行ってしまう。
木々の隙間へと消えて行った忠志の背中を見て、努は焦る。
先生に知らせなければとは、心のどこかで思っていたが、気が付くと努は、夢中で、忠志の背中を追いかけ端んていた。
「忠志、待てよ! おい、忠志ってば……」
肩を掴まれた忠志が、怖い目で努を睨む。
努の中の何かが、グラつく。
一瞬目の前が暗くなり、気が遠くなりかけるが……
「ダメよ。しっかりしなさい」
誰かの声が頭の奥で聞こえ、努は何とか自分を保つことが出来た。
忠志が冷ややかに見る。
「弱虫が来るところじゃないから、帰れよ」
いつもの努なら、そのまま引き下がるところだが、今日は違った。
「弱虫って誰がだよ!」
気が大きくなっているのが、自分でもよく分かった努は、忠志へ突っかかって行く。
「何がおかしいんだよ?」
「弱虫は弱虫なんだから、仕方がないだろ?」
「僕は弱虫じゃない」
忠志はまるで聞いていない様子で、さっさと踵を返し、先へと進んでいく。
木々が風に吹かれ、ざわつく。
気のせいか、肌寒くなった気がした努は弱気な声で忠志へ話しかける。
「なぁ、ヤバイよ?」
イラついた忠志が舌打ちをして、努を見る。
「お前だけ戻ればいいだろう」
疎まれながら、足は前へと進み運ばれていた。
未知の世界。
ふと足を止めた努は、急に恐怖に駆られる。
今、自分がどの辺にいるのか、まったくわからなくなってしまう。
見渡す限りの木々。
茂みが鬱蒼としていて、光が段々、入らなくなってきていた。鳥の声が妙に恐怖心を煽る。
「ねぇ、何処まで行くの?」
「教えない」
「帰り道は分かるの?」
忠志は振り返り、ニッと笑う。
「ちゃんと目印をこれで付けて来たから、大丈夫なんだな。オレはお前と違って、頭がいいから」
名前ペンを見せると、得意げに忠志は言う。
「ねぇ、何処に行くんだよ。お願いだから教えて!」
「この先にさ、でかいクヌギの木があって、そこにクワガタとかカブトムシが一杯いるんだぜ。前にパパ達と来た事があるから知っているんだ。ほら、あそこ」
一段と高く聳え立つクヌギの木が見えた。
「急ぐぞ」
自然と二人は、駆け出していた。




