第四章 途切れた時間#5
遅れてついた努と祐太を無視して、三人は新しい暗号に首を捻っていた。
飼育員に化けた先生から渡された暗号文はこうだった。
暗号文③
南の空にもくもく白い雲。ぽかぽか天国。
病治しても、病院ではありません。
「さっぱり、意味が分からない」
耕基がぼやき、健一が南を磁石で確認している。忠志は水を一口飲んでから、また他の班を指差しながら、早くしろと文句を言う。
「顔、青くなっているけど大丈夫?」
祐太が心配そうに顔を覗き込む。
言われてみれば、息が苦しくてまともに呼吸ができない自分に、はたと努が気が付く。水を一口飲もうとした時、頭がグワンと揺らぐ。
「努?」
祐太の顔が二重に見えだす。
だんだん耳鳴りが酷くなってきた。
気分が悪くて仕方がなくなった努は、気が遠くなりかける。
「ちょっとタンマ」
慌てた俺の声が響き、一時静止した努の顔を覗き込む。
唇が青くなって、今にも死にそうな顔色になっている。
「そろそろ時間切れね」
同じように顔を覗き込んでいたリサが呟く。
「新人さん、どうけりをつけるつもり」
「知るかよ。いきなりやれって渡された案件だぞ。右も左もわからん俺に何ができる?」
冷ややかなリサの視線を浴びせられ、俺はたじろぐ。
「言い訳は結構」
「言い訳って、あれじゃねーの。そういうことだったんだよ」
「そういうことって?」
「だから運命というか、天の声も言ってたじゃねーか。助かるものとそうでないものがあるって」
「で?」
俺は口ごもってしまう。
「つべこべ言わず、考えて」
「考えてって言われても、じゃあこういうのはどうだ。時間が足りないんだろこいつ。だったら、時間を巻き戻して増やせばいいんじゃねーの」
「あんた、本気で言っているの?」
身を引きなgら、俺は恐る恐る頷く。
「それがこの結果だってこと、お分かり?」
「じゃあどうすりゃいいんだよ。教えろよ」
「この子の時間を使うことは無理。こうなったら最後の手段を使いましょ」
「どうするんだ?」
「この子がダメでも、かかわった人の時間をうまく使えばもしかしたら助かる方法があるかもしれない。急ぎましょ」
凛としたリサの顔が印象的だった。
カチッ。
「南はあっちだ!」
健一は最初にスタートした方角を指差す。
「あっちに何かあったっけ?」
忠志が首をかしげる。
「炊事場にトイレにバンガローとあとなんだっけ?」
耕基が腕組をして考え込む。
努と裕太は完璧に停止状態だった。
「地図にも特別なものは載ってないね」
健一が忠志にそう言いながら地図を手渡す。
他の班が、物凄い勢いで走って行くのを、全員、黙り込んだまま眺める。
「ずるしちゃおうか」
弱気になった耕基が言う。
忠志が無言で、耕基の顔を見る。
カチッ。
正気を取り返した祐太が、顔を突き合わせている忠志たちの仲間へ加わる。
「何か分かった?」
一斉ににらまれてしまい、慌てて目線を反らす。
「もういいからさ、ついて行っちゃおうぜ」
「ダメでしょ」
健一のまじめな回答に、イライラしながら忠志が突っかかって行く。
「じゃあどうすんだよ」
「考えるしかないだろ」
「早くしないと、一位になれないぞ」
「そんなことを言うなら、耕基が答えだせよ」
忠志を見る耕基の目が座る。
険悪な空気が漂い、健一も腕時計をしきりに気にしはじめていた。
「ねえ健一、さっきから時間気にしているみたいだけど、何かあんの?」
裕太が何気に訊くと健一は、ええっと惚ける。
「とりあえず、南に行ってみない?」
祐太の提案に、渋々みんなが頷き移動を始める。
慎重に、俺は尻尾を動かし、タイミングを計る。
油蝉が大合唱して日差しが照りつけていく。
努の体力が奪われて行くのをひしひしと感じながら、耳を澄ます。
時の流れを聞きのがすわけにはいかなかった。
糸がピーンと張りつめ、千切れそうにななっているのを、髭が教える。
生唾を飲み込み、俺はその時を待った。
「行くぞ」
耕基が真っ赤な顔をして言う。
それに合わせて皆も立ち上がった。
「でもさ、あっちの方で白い雲なんて出ていないよね?」
裕太が不思議そうに首を傾げる。
「うん。それに病を治すって……」
カチカチッ。
頼んだぞ。俺は目を瞑り、祈る思いで時間を動かす。
鼻を突き合わせるように話し合っている輪に入れずに、努はその後ろへと立つ。
「参ったな。こう暑いと適わないよ」
裕太がぼやく。
「今度は南かぁ」
健一が磁石を地図に置き、疲れたように呟く。
「南になんか何もないよね」
祐太が呟く。
「ここから南と言うと、ええ、山しかなくねー」
忠志が目を細めて遠くを見る。
そろそろ時間切れだな。
俺はできる限り躰を縮め、その反動を利用し飛び上がる。
早回転で、景色が飛んでいく。
「おい、努も何か考えろよ」
忠志が怒鳴り声に、努が困惑しながら見つめ返す。
「そんなことを言われても」
唇が真っ青になってしまっている。
急げ急げ。
「南は、あっちでしょ。あっちって、キャンプ場だよね」
「だけどポカポカ天国なんてないぞ」
忠志が口を尖らせる。
「努、何か分かんないの? 少しは協力してよ」
健一も汗でびっしょりになったシャツが気持ち悪そうにしている。
汗がぽたぽた落ちる。
思考回路がゆっくりと張り巡らされていく。
その先にぼんやりとしたものを見つけた努は、目を輝かせる。
「あっ!」
全員が一斉に振り向く。
「温泉!」
閃きを口走ると同時に、努は無条件で走り出す。
急げ急げ。努、全速力だぞ。
俺は無我夢中で手足を前へ前へと動かす。
横に並んで走る健一が、努に尋ねる。
「温泉って?」
「温泉は病を治す効能を持っているって、前にパパが話していたんだ」
息を切らしながら答える努を、尊敬の眼で健一が見る。
「あっそうか、もくもく白い雲って湯気の事か」
健一が言うと耕基が、そう言えば家の近くに天国風呂って言うのがある。忠志が面白くなさそうに前を行く二人を追いかけて行き、努は失速して倒れそうになっている祐太の腕を掴んだ。




