第三章 友達なんてさ#6
やりやがったな。
忌々しさに顔を歪めさせながら、俺は雑木林の方へ目を向ける。
サヤサヤと葉が揺れ、リサの残像が消えて行く。
まったく、何を考えているんだ。
独り言ちながら、俺は視線を戻す。
炊事場は黄色い声が飛び交い、羽虫が外灯に集まり黒い点になっている。
ボーっとしたままで、努はその光景を、洗い場の端に立ち眺めているようだった。
祐太と健一が洗い場にやって来た。
二人がちらちらと見ている方向へ、俺も目を向けてみる。
忠志の横に担任が座り、何か話し込んでいるようだった。
フー、かったるい。こんな時間の使い方、意味があるとは思えない。俺としてはパパッと片づけて、自分とやらを取り戻したいところだが、天の声はあれから一つも聞こえてこない。
俺は恨めしく、天を仰ぎ見る。
もう空は真っ黒になり、無数の星が広がっていた。
「永田」
反対側から顔を出した担任に顔を覗き込まれ、ビクッとなる。
「どうかしたか、ボーっとして」
これは努の防衛本能からなんだろうなと思いつつ、顔をひきつらせながら笑顔を作ってみせる。
「あいつら、何かあったか知っているか?」
知っていても教えるか。
忠志と健一の様子を窺うように目線を送る担任に、俺は気が付かれないように舌打ちする。
「それより早く皮をむかないと、夕飯に間に合わないぞ」
ノロノロと俺は促されるまま、手元で水を跳ねら散らかしている野菜を洗い始める。
う~ん、面倒だ。リサ、さっさと元通りにしろよ。これは俺のやり方を反している。
俺の呟きの返答はやはり、葉を数度揺らすだけだった。
その後の俺は、始終不機嫌で、無言である。
女子たちがキンキン声で何か文句を言っていたようだが、耳に蓋をしていたkら、笑ってしまうほど何も聞こえていなかった。カレーなるもの、どうやら努の好物らしいのだが、口にしたがこれもいまいちである。
こんなことなら、あの壁伝いを一人でさ迷い歩いている方がよほど楽だった。
何が面白いのか、理解に苦しむ会話を遠目で見やりながら、だんだん瞼が重くなってきた。
カチカチ。
「もう駄目じゃない」
リサの声が聞こえた気がした。が、俺はそれどころじゃない。
急激な睡魔が襲い掛かってくる。
どうにも目を開けていられなくなり、俺の記憶がフッと途切れしまう。
次に目を覚ました俺は、おやっと思い、辺りを見回す。
時間が進んでしまっている。
「なぁ、怖い話しない?」
健一の声だった。
薄暗い部屋の中、4人は顔を突き合わせるようにして話をしていた。
健一の腕で、デジタルが正確に数字を変えて行く。そのおかげで、俺はみんなに背を向けて寝ている努から抜け出すことが出来た。
「え?」
「何だよ耕基」
少し強張った顔をした耕基に、忠志が懐中電灯の明かりを当てる。
「今、健一の後ろで何かが動いた」
「止してよ。僕、そういう話、苦手なんだから」
すっかり震え上がってしまった雄太が、情けない声で言うと、忠志が意地悪く笑う。
「うぜぇ。びびってんじゃねーよ」
「ビビってなんか」
祐太走りつもりでそう言いながら、目を伏せてしまう。
「じゃあ俺から話してもいい?」
目を輝かせた耕基が名乗りを上げ、俺はやっと自由の身になれた嬉しさでその場を後にした。
半ば、俺はもうどうでもいい気持になっていた。
「俺、やっぱこの仕事下りるわ」
光の粒が降り注ぐ天に向かって俺は呟く。
返答は期待してはいなかったが、少し腹が立った。
背筋をしゃんと伸ばし、どこまでも続いている壁を俺は頭の中で思い描く。ギュッと目を瞑る。
「戻れ戻れ戻れ」
尻尾を地面に強く打ち付け、髭がそれにつられピクピクと動く。
ここは俺がいる場所じゃない。天の声、戻してくれ。
心からそう願った。
ーーだが、俺の願いは天には届かなかったようだ。
「--努、努、起きてよ」
努は身体を揺らされ目を開けた。
ぼんやりとした輪郭を見て、俺は落胆する。
「努、頼むよ、起きて」
「裕太?」
裕太はモゾモゾと落ち着きがなかった。
「どうしたの?」
「漏れる」
「何が?」
面蒼白で涙目になっている祐太を見て、俺は呆れてしまう。
「早くトイレに行きなよ」
「一緒に来て」
まじかよ。
必死の形相で雄太は腕を掴んで来ていた。
もしかして、ヤバくねぇかこの震え。
足がエックスになっている祐太の手は、明らかに震えをきたしていた。
「うっそ」
「ヤバい。もう限界」
俺は焦った。
無言で俺は祐太の手を掴み、表へ出る。
走ろうとする俺の手を引っ張り返す祐太を見る。
前が少し濡れはじめていた。
バカバカ、ああもう面倒くせえな。
「大丈夫?」
聞くまでもなかった。祐太の顔からボタボタと汗が流れ落ちる。
「出ちゃう」
仕方ねぇな。
俺は咄嗟の判断で、祐太をバンガローの裏手へと連れて行く。
「ここでしよう」
もじもじしながら、祐太が後ろを見る。
この期に及んで何を気にしてやがるんだ。
「あっそ。じゃあ、漏らしてみんなに笑われればいいじゃん」
これ見よがしに俺は雑木林に向かって、放出し始める。
それを見た祐太も堪りかねて、勢いよく放出し、ホッとした笑顔を見せる。
俺はつい笑ってしまう。
「ありがとう」
ボソッと言う祐太を見て、俺はつい笑ってしまう。
「何がおかしいんだよ」
「別に……」
二人は意味もなく笑いあい、慌てて口を押える。
そして、誰にも気がつかれないように二人で中へと戻って行く。
俺は足に力を込め、努からはがれおちる。
「やるじゃない」
後ろから声が聞こえ、俺は苦笑で振り返る。
「やられっ放しというのは、俺の主義じゃねぇからな」
「良い心がけね」
「しかしお前、何が目的なんだ。ただの弱っちぃ小学生だぜ」
「あの子には、しっかり成人して貰わないと私が困るの」
「はい?」
「いいの。そんなこと、あなたが知る必要はないわ。じゃあ」
「おい待て。まだ聞きたいことが」
カチカチ。




