プロローグ#2
雷の音が耳障りだな。ああうざい。邪魔くさい雨だな。
怯えた瞳が、俺を見つめる。
おいおい、俺様は仮にもお前を助けに来た救世主なんだぜ。そんな目をしなさんなって。
少しからかってやろうと思った。
今の俺の姿は、猫とやらに見えているらしい。
フン。またお漏らしか。
牙をむき、俺はありったけ躰を大きくし襲い掛かる真似をする。
逃げろ逃げろ。
後ずさる少年を、俺はどこまでも追いつめる。
愉快で仕方がなかった。
閃光が走り、くっきりと浮かび上がった恐怖の顔。
その瞬間、躰がけいれんを始める。
どういうことだ。
「いけませんね。仕事はしっかりとしていただかなければ」
ひくつく躰で俺は天を仰ぎ見る。
クソっ。
「ああ分かった。俺が悪かった。ちゃんとするから、この痺れ、とってくれ」
高らかに笑う声が、憎々しかった。
やれやれと首を振り、もう一度やり直すかと呟く。
カチカチ。
雨脚が早くなってきた公園のベンチの下、待ち構えていると、例の少年が入ってくる。
虚ろなまなざしで少年はブランコを揺らし始めるのを確認した俺は、もう一度契約内容を確認する。
目を強く瞑る。
浮かび上がってきた文字を丹念に読み込む。
歪められてしまった時間の補正が利くのは、死の直前。
しかし助けられるものとそうでないものがある。
その分別は極めて難しく、試すしか方法はない。
その内容に俺の眉間が寄る。
なんだ。全部助けられるってことじゃないのか……。
いささか不満だが、言ったところで何の役に立たないことを、俺は知っている。そう知っていた。新たな発見に、俺の目が少し輝く。
金属が擦れる音がし始め、俺は目を細める。
あまり好きになれない音だ。
頭がズキズキと痛む。
雷が数回落とされ、地面が微かに揺れる。
とにかく、あの音を止めさせなければ、こっちの身が持たない。
とりあえず、俺は名前を呼んでみた。
どうやら気が付いたようで、ブランコを止め、当たりを回し始めた。
しめしめ。それじゃお次はとって。
またあの歯が浮くような音を立てながら、さっきよりも強くブランコをこぎさし始めた努に、怒りが込み上げてきた。
頭がズキズキして、すべてが二重に見え、俺は何度も頭を振る。何とかあの音をやめさせなければ。
まともに開かない目で天を仰ぎ見る。
目の前にいっぱいの、葉が生い茂り、合間から日差しが差し込んでいた。
ふざけやがって。とびかかってでも辞めさせてでも止めさせてやる。
尻尾で地面をたたき、勢いをつけ飛び出そうとしたその瞬間、目の前が明るくなり、ものすごい音が耳を劈く。
「いたたたた」
びりびりと躰がしびれていた。
きな臭いにおいが充満しだす。
「近くで落ちやがったか」
影目ていた体を伸ばし、ふと鳴りやんでいる音に気が付いた俺はブランコの方へ目をやる。
俺は髭をピクピクとなった。
ちょうど努の足が宙に弧を描き、地面へと着地をするところだった。
運が悪いのか、頭が悪いのか定かではないが、今日はあいにくの雨、当然と言ったら徒然なのだが、地面はだいぶぬかるんでいる。
大きな音を立てて、強く腰を打ち付けている努を見て、俺は思わず吹き出してしまっていた。
「誰?」
その声に恐らく気が付いたのだろう。キョロキョロとし出し、慌てたそぶりを見せる。
怯えきった声に、俺はどうこたえるべきか考える。
矢ぁ君を助けに来たよ。って言うのも変だしな。実はさ、訳が分からん声にさ、魂を救えって言われちゃってさ、おめでとう、その記念すべき第一号が君だ。パチパチ。って言うのも、ないよな。
下らんことを考えているうちに、努は転んだ拍子に、ランドセルから飛び出してしまった縄跳びを手に、フラフラと事らへ向かって歩いて来ていた。
おいおい。まだセリフ、決まってないぜ。まぁ仕方ねぇ、そこは度胸で決めるしかない。
俺は二回ほど咳ばらいをしたのち、名前を呼ぶことにした。
目前まで来て、努の足が止まる。
よしよし。
「努、良いかよく聞けって、おーいどっち見てんだよ」
努は出入り口を必死に目を凝らし見ていた。
「ああどっち見てんだよ。こっちだこっち。ああ、待ってろ。今姿を見せてやっから」
ベンチの下から這い出した俺は、フンと鼻を鳴らし胸を張って見せた。
キョトンとする努を見て、俺はさらに胸を張る。
がしかし、まったく興味がないようで、素通りした努はランドセルから飛び出した教科書やノートを積み上げ、日よけに縄跳びをひっかけ輪を作り始めた。
「おいおいだからさ、俺のこと無視しなさんな」
ギクリとした努は手を止め、俺を見下ろす。
「ガキが何してんだよ」
驚いた拍子に、努の足元に積んであった物が崩れ、宙づりになる。
「バカバカ。何してんだよ」
苦しさにもがく努の躰を大急ぎで駆けあがり、俺は必死でロープを解こうとした。
ああこんな手じゃ、解けねぇ。どうすりゃいいんだ。魔法とか使えたらいいんだけどな。こうチチンプイプイのプイってよ。
焦りまくった俺の長い尻尾が、その言葉に合わせ、くるくると勝手に円を描き、耳がピクピクと動く。
必死で前足を動かしていたおかげでバランスを崩してしまった俺は、そのまま地面目がけて落下してしまう。




