第三章 友達なんてさ#5
家の前まで来ると、見覚えのある自転車が止まっているのに努は気が付く。
玄関を開けて、やっぱりなと顔を顰める努の足元で、俺はそれを確認してから、サッと中へと入って行く。
ゆさゆさと長い尾が揺れ、髭がピクンと一度だけ引き攣る。
少々の補正でいいってことか。
ふと足を止めた俺は顧みる。
塀の上、リサが足組みをしてうれしそうに眺めていた。
「やっと帰って来た」
ママの声に反応して、忠志とその母親が同時に振り向く。
「忠志君たち、努に謝りに来てくれたのよ」
「努君、昨日はごめんなさいね」
上目づかいで努は、忠志の母親を見ていた。
こめかみに青筋が立ち、笑顔を装っているけど、全然笑ってなんかいない。
忠志もちゃんと謝りなさいって、無理やり頭を下げさせられた忠志の目が睨みつけて来る。
「ごめん」
「もう大丈夫なのよ。怪我も大したことじゃなかったし、忠志君ももうしないでね」
林間学校の班分けが決まり、担任から話を聞かされた忠志の母親がとった行動はこれだった。
手に取るような上辺だけの謝辞。妙に腹が立って仕方がない。脳裏に何かが霞めていく。傲慢で身勝手な思惑。反吐が出るような醜悪な顔。それが誰でどうかかわっていたのかは、まったく思い出せないが、その感覚に似ている親子だと思った。
低い声で渋々忠志が返事を返す。
「ほら、努も」
上目使いで忠志は努を見る。
努を見る目は、相変わらず鋭さを宿したものだった。
「嫌だね。どうせ口先なんだろ。ね、おばちゃんも僕のこと、嫌っているんでしょ? そういう風にママに言えばいいじゃん」
ギョッとなった努が俺を見る。
「努っ」
言ってやった感満載の俺を見て、努はその場から逃げ出すように部屋へ駆け込んでいってしまう。
あのバカ。ここで逃げるなアホ。
俺はすぐに努の後を追いたかったが、すぐに思いとどまる。
「まぁ何なのあの態度」
その後の往来は、忠志の母親の言いたい放題だった。
「悪いけどさ、多分うちの忠志と努君では、今までみたいにはいかないと思う」
ついに言いやがった。
俺はそう思いながら努の母親を見上げる。
多少顔をひきつらせていたものの、それでいいじゃない。ときっぱり答えたの見て、俺はホッとなる。
二人は帰って行き、玄関を閉めた母親は崩れるように啜り泣き始める。
「時間の問題だったのよ」
母親の後ろから現れたリサがにっこり微笑む。
「どういうことだ」
「見ている人は見ているものだわ。それを伝えるか伝えないかは別だけどね」
「じゃあ俺がしようとしていたことは、無駄だったってことか」
「無駄かどうかは私にはわからないわ。ただ、時間の流れが変わったのは確かね」
「これからどうすればいいんだ?」
俺の問いかけに、リサは首をすくめてみせた。
「ねぇトキ、あなたは初心者でよく分かっていないだろうけど、過ぎてしまった時間は取り戻せない。見返ることはできるけどそれだけのこと。ましてや停めるなんて不可能。前へ進むだけよ」
「だから」
イラッとした俺が大声を出すと、リサはその場からスッと消えていなくなる。
ゆらゆらと景色が揺れ、気が付くと元の時間へと戻っていることに、気が付いた俺は、そっとバンガローの中を覗き見る。
--中では、努と忠志だけになってしまっていた。
まずいと思った努は、咄嗟に存在を感づかせない様、息を殺す。
余程健一に自慢されたことが気にくわなかったのだろう。
息を殺して部屋の片隅に佇む努に全く気が付く様子もなく、忠志は軽く舌打ちをするとそのまま出て行きってしまった。
努は、息を思いっきり吐き出す。
「だから来たくなかったんだ」
一人きりになった努は、誰に腕もなくつぶやくと、荷物の中に蹲る。
何をやっているんだあいつ。
文句の一つでも行ってやろうと前へ踏み出した時だった。
俺は人の気配を感じ、サッと身を隠す。
いきなりドアが開いた健一が、怖い顔をして怒鳴る。
その隣には耕基も立っていた。
「努、何してんだよ」
「お前がちゃんとしてくれないと、また先生に言われちまうだろ」
健一と耕基にほぼ同時にどなられ、努は身を縮める。
「何でお前と同じ班なんだよ。お前、来ないって言ったのに。有り得ないし、嘘つき」
「こんな奴、放っていこうぜ。先生にはこいつが勝手に来なかったて言えばいいじゃん」
耕基はそう言うと、ムキになって言っている健一の腕を引っ張る。
「先生がどうしたって?」
遅い努たちの様子を見に来た担任が現れ、健一達は顔を見合わせる。
「何でも有りません。努、早くしろよ」
二人はそう言いながら、逃げ出す様に駆け出して行ってしまう。
「永田、そこで何している?」
「探し物」
「探し物って……」
「もう、有りました」
努はタオルを見せ、首に巻いてみせる。
「それなら早くしなさい」
二人で並んで歩いた。
「なぁ永田、林間学校は楽しめそうか?」
反射的に努は明るい声で答える。
「楽しいですよ。どうしたの先生?」
「いや、楽しんでいれば良いんだ。折角、自然に囲まれて空気がいい所に来たんだから、皆には楽しんでもらいたいなと思って」
「だから、超、楽しいです」
半ばやけ気味に答える努を見て、俺はあきれるやら情けないやらで、つい目をギュっと強く瞑ってしまっていた。




