第三章 友達なんてさ#3
――ガタン。
身体が大きく右に引っ張られる感じがしたかと思うと、誰かに押し戻されて努はハッとなり、目を覚ます。
今まで耳に入ってきていなかった雑音が一気になだれ込んで来た。
ワーッと歓声が上る。
「川だ!」
誰かが叫んだ。
冷たい風が頬を撫でていく。
努は薄目を開けて周りを確認すると、また硬く目を瞑る。
これは夢だ夢だ。
「はい、ご苦労様。到着です」
バスガイドの声が合図になり一気に賑やかさが増した。
「着いたから起きろだと」
忠志が舌打ちをしながら、僕の体を大きく揺さぶる。
「ふざけんなよ」
小声で呟き、一変させ声を張り上げる。
「先生、起きません」
「行こうぜ」
健一の声だ。
「永田起きろ。着いたぞ。忘れ物ないか? ちゃんと持って降りろよ。永田、早くしなさい」
担任に手を引っ張られバスを降りると、一面の景色に努はただ呆然としていた。
何もかも信じがたい光景だった。
行く行かないで、両親ともめたのは覚えている。
ぞろぞろと大きな荷物をバスガイドや運転手から貰っては、集合と声を張り上げている教師たちの元へ進んで行く列も、木に囲まれている景色も全てが嘘だと言って欲しかった。
「永田君。気分でも悪いの?」
努は聞き慣れない声に顔を上げると、見知らぬ女性が微笑みかけて来ていた。
その女性の首から下げられた名札には、多田玲子と書いてある。
多田は努の腕を持つと、もう一度、大丈夫と尋ねた。
努はきょとんとしたまま頷く。
――こんな先生いたっけ?
多田はニコニコしながら、努を列に並ばせると、どこかへ行ってしまった。
それにしてもこの蝉の声は煩い。
努は、あたりをグルッと見回した。
一面が木に覆われ、空がその隙間からぽっかりと見え、蝉の声に混じって幾つかの鳥の声も聞える。それに混じって水が流れる音が聞こえた。
隣に並んだ女子が嫌な顔をして前に並ぶ女子に耳打ちをしている。
「キモイ。側に来ないで欲しいよね」
前のいる女子がチラッと努の方を見て、顔を顰める。
「これから開校式を始めます」
司会進行は学級員の健一だ。横にいる女子は誰だっけ?
努は5年生からの学校での記憶はあまりない。同じクラスに誰がいて、学校に何先生がいるのかもはっきりしない。唯一知っているのは、忠志達とくらいで、担任の顔すらまともに覚えていない。だから、多田のことも隣で嫌な顔を見せる女子も未知の世界のものだった。
ただ言えるのは、全員敵だ。
「永田君、どうかした?」
顔を上げると、荷物を持った人の列が、広場の奥へ向かって歩いて行くのが見え、努の周りには誰も居なくなっていた。
「さぁ、これから忙しいわよ」
多田は妙に張り切っていた。
「さて、行きましょうか?」
多田は努の鞄を肩にかけると腕を組んだ。
「君の部屋まで、一緒に行きましょう」
努の心臓がドキッと大きく脈打つ。
「皆は?」
ニッコリと微笑んだ多田に訊かれ、努は目のやり場に困る。
こんな近くで母親以外の女性の顔を見るのは、初めてだった。
「先に行きました」
顔がカーッと耳の裏まで熱くなり、努は目を逸らす。
多田は大袈裟に目を真ん丸くしてみせる。
「まぁ、薄情ね。もうルール違反だわ」
頬を膨らませて怒っているけど、目は笑っている。
「ところで自分の部屋番は知っているわよね?」
優しい声で聞かれ、努はコクンと素直に頷く。
「じゃぁ、一人でも行ける?」
行けないって答えたらどうするんだろう?
「大丈夫です」
ボソッと答える努に、多田は満面の笑みを浮かべる。
「そ、じゃエスコートは大丈夫ね。さぁ、行きましょか」
努はてっきりここから一人で行けと言われると思ったのに、目を見開いて多田のことをみる。
「こういう景色の中に居ると、まるで王子様とお姫様になった気持ちになるわね」
すぐに努は、多田の手を振り解こうと体をよじる。
冗談じゃない。こんなところを誰かに見られでもしたら大変だ。ましてや忠志達が居るバンガローに仲良く登場したら、ただで済むはずがない。無神経すぎる。だから、大人は嫌なんだ。
努は多田の腕を振り解き、荷物を引っ手繰った。
「一人で行けます」
一体何を考えているんだろう?
203。
努は丸太で作られたバンガローの前で、立ち尽くしていた。
「考えたわね」
その声に俺は肩をびくつかせる。
時間を戻すことが出来ないのなら、俺自身が努の時間になってしまう。
我ながらいい考えだと思った。
思考回線の修復は一度やっているからお手の物だった。
「お前こそ、神出鬼没だな。何が目的だ」
「あなたと同じだと思う」
「同じって?」
「知らない」
意地悪く言ったリサが目配せをする。
健一が努に気が付き、中に向かって何か叫んでいた。
それを見て、リサが首を竦める。
一気に俺は暗い気持ちになる。




