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第三章 友達なんてさ#2

  学校の正門の上で、俺は躰を丸め、目を閉じる。

 

 いつもと変わらない教室での努の姿に、俺は無意識で髭を二回ほどひくつかせてしまう。


 しまったと思うが、もう修正する気力もない。


 歪んでしまった時間を補正するなんて、俺には無理な仕事だったんだ。


 変わらない光景を見て、俺は嫌気がさす。


 リサの、不適合者の言葉が、やけに頭に引っかかっていた。

 このまま努を放って、リサが言う、次のクライアントの元へ行ってしまおうかとも思う。


 強い力で躰が吸い上げられる。


 乱暴に放り出された俺は、地面へ強く躰を打ち付けてしまっていた。

 無情に雨粒に打たれながら横たわっている努が、目に映る。

 

 「畜生。戻れるところまで戻しやがれ」


 地面を拳で叩きつけながら、俺は天に向かって叫ぶ。

 

 一瞬、雨粒が止まり、天に吸い上げらたかと思うとそのまま目の間が暗くなる。

 

 自分の身に、何が起こったのか分からなかった。

 よろよろと立ち上がる。

 暗がりだが、努が横たわっているのが分かった。


 血の気を失せてしまっている努の顔を見て、俺はぞっとなる。

 「何だよこれ?」

 冷たくなってしまっている努の躰に這い上がり、俺は、違うだろうと、何度も頬を叩く。

 窓がなく、手向けられた線香も、既に灰になっていた。


 「時間は、いつまでも待ってはくれない」

 いつの間にか横に並び、努の顔を見やりながら、リサが呟く。

 「分かったよ。受け入れるよ。無駄でも、もう少しましな終わり方、させてやらなきゃな」

 リサが小さく微笑む。

 

 そして俺たちは息を合わせ、時間を飛ぶ。


 ――遠くで、雷音が轟く。


 クラスメイト達の罵声が耳の中で木霊し、あの母親の冷たい目が瞼にこびりつく。必死で俺は首を振り、それを振り落す。母親と父親が言い争う声に、耳を塞ぐ。風に揺らされたブランコが目に飛び込んで来る。俺は尻尾を伸ばし、鎖に巻き付けるが、雨で滑ってしまい、そのまま先へと飛ばされてしまう。

 時間の波がものすごい勢いで流れて行き、俺は不覚にも、意識を失ってしまう。


 薄れて行く意識の中で、俺は少女が前を駆けて行く姿を見た気がする。


 ぼんやりと天井を眺めている視界を、トキが遮る。

 「おはよ。気分はどうだ?」

 「気分?」

 そう聞かれ、努は戸惑う。

 「頭、まだ痛むか?」

 「頭? あっそうか。僕、頭が痛かったんだっけ……うん、大丈夫」

 「悪かったな。時空が少しずれちまったみたいで、俺様としたことがとんだミスしちまったぜ。本当にすまん」

 「ジクウ? ミス? 何、それ?」

 トキの言っている意味がさっぱり分からなかった。

 「いや、何でもない。それより飯だ。腹がペコペコだ!」

 「うん。で、今、何時?」

 努は、やたらに時間が気になった。目覚まし時計も見当たらないし……。

 「多分、八時ぐらい」

 「ええ? 八時?」

 素っ頓狂な声を上げる努に面倒臭そうに、トキがドアの前で振り返り、今度は何と、投げやりに尋ね返す。

 「学校、始まっちゃう」

 「ばーか。寝ぼけてんじゃねぇよ! 夜の八時だよ!」

 「ええええ? だって、さっき。おはようって…」

 「分かってねぇなぁ。業界では朝でも夜でも事始は、「おはよう」って、言うのが礼儀なんだよ!」

 「夜でも?」

 「当然!」

 トキはそう言うと、器用に前足を使ってドアを開ける。

 「業界って?」

 後を追いながら訊く努を、トキは無視をした。

 「だから、業界って何?」

 

 トキが、ニャオンと短く鳴いてキッチンへ入って行き、努はドアノブを掴んだままじっと中の様子を伺う。


 リサが瞬きを繰り返す。


 「努、そんな所で何をしてんだ?」

 背後から急に声を掛けられ、努は飛び上がって驚く。

 「随分な驚きようだな? ただいま。さては何か悪さしたな?」

 父親が満面の笑みで立っていた。

 「努もでかくなったな」

 取って付けたようなセリフに、努は眉を顰める。

 おかしなやつだなと言いながら中に入って行く父親を見やりながら、努は納得いかない眼をトキへ向ける。

 やっぱりおかしい。

 「いい加減中に入れよ」

 青ざめた顔で努はトキに顔を近づけた。

 「トキ、何かした? あの二人、仲良過ぎでしょ?」

 「馬鹿か? 親が、仲がいいのは当たり前だろ?」

 当たり前じゃないから訊いてんだ。

 食卓には、並べられた料理は全てが手作りのもので、出来合いのものなど一つもない。

 絵に描いたような家族団らんてやつだった。

 父親が母親の料理を褒める。

 母親が父親のグラスへビールを注ぐ。

 

 完璧すぎる情景だった。


 リサがドアのそばで、優しく微笑む。


 そして尻尾をそっと動かす。


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