表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/39

第二章 僕は透明人間#2

 無造作に座る努へ、何か聞きた気にしながら、母親は温めた牛乳を前に差し出す。

 努はこの母親の目が嫌いだった。

 躰を大きく伸ばし、丹念に前足を舐めながら、俯く努をじれったい思いで、俺は見やる。

 俺は心の中で強く思う。

 「言っちまえよ。さぁ何もかも言ってしまえよ。楽になれるぜ」

 どうやら、努に俺の声が届いたようだった。

 驚いたように俺を見る努へ、俺は数度目を瞑って見せる。


 一瞬、真っ白になった視界が景色を映し始める。

 

 俯いて歩く努の姿が、そこにはあった。

 急にランドセルが後ろに引っ張られた努は、バランスを崩し、地面へと尻をついてしまう。

 見上げた先に、ニヤついた忠志の顔があった。

 へへへと愛想笑いをする努に、俺は幻滅させられてしまう。

 「ばーか」

 頭を叩いて、忠志が俺の横を通って逃げて行く。

 それを見ていた数人の子どもたちが、ゲラゲラと笑っているだけで、誰も助けようとはしない。


 授業中も休み時間も努はポツンと一人きりでいた。掃除は担任が見まわって来ない限り、どうやらが一人でやらされているようだ。

 見ている限り、誰の目にも努の存在は写っていないかのように思えた。

 

 補正の必要大だな。


 髭をピクピクさせた俺は、呟きとともに、躰を引っ張られる感覚にさいなまれる。


 矢張りこれはきつい。

 

 ゲホゲホとむせ返り、涙目で現在位置を確認した俺は先を急ぐ。

 とてつもない時間補正を24時間以内に済ませな帰ればならないのだ。

 契約書を初めてみた時には、こんな大変なことだとは、露とも思わずにいた。

 のんびりと壁伝いを歩いていた時とは大違いである。

 息が上がり、足がパンパンになっても止めるわけにもいかず、ひたすらに地面を蹴り上げて行く。


 よしあった。

 丸く開けられた光の空間へ、俺は勢いよく飛び込む。


 なだれ込むように落ちた先を見上げ、俺は大きく息を吐き出す。

 数度の経験から、いっぺんに時間を戻すことは有効ではないことに、俺は気が付いていた。

 わざと少しずれた場所へと着地し、歪んだ時間を引き寄せるように正しい場所へと戻していく。そうすることで、自分の躰に受ける衝撃も緩和されるのだ。


 ペチャペチャと、音を立てて皿にあったものを平らげていた俺は、ノソノソと入って来る努を見やる。


 上手くいってくれよ。


 本来ならこの時間は努の中には存在しないものだ。

 記憶の糸を結び直し、何とか俺が作り上げた時間だった。

 

 「努、ママに話したいことがあるんじゃない?」

 作ったような優しい声に、努は無表情で俯いていた。


 おいおい。また飛び直しかよ。


 たまらなくなった俺は、努の足元へ行き、躰を大きく伸ばし寝そべる。


 「それよりさ、この猫どうしたの?」


 思わず、前足を舐める下が止まってしまう。


 マジ、こいつ面倒くせぇ。

 

 俺は一度目を強く瞑る。


 「本気で言っているの?」

 怪訝な顔をした母親が、スッと努の額に手を当てる。

 「何?」

 手を払いのけ煙ったがる努に、母親は深く息を吐く。

 「忘れたの? 昨日あんなに大泣きして飼うんだって騒いだのは、ア、ナ、タ。名前も決めたって教えたのも努、あなた自身でしょ」


 フーやれやれ。


 ホッとした俺は、ソファーへと身を移し、本格的に毛繕いを始める。

 「というよりも先に、ママの質問に答えていないわよね」

 声のトーンが変えられ、努の目を泳ぐ。

 「こんな遅くまで、何をしていたの。ちゃんと答えなさい」

 俺はそっと努を見る。

 

 ジリジリと時間が巻き上げられていく。


 よし、いまだ言え。


 俺はまるで釣りでもしているように、一気に時間を巻き上げて行く。


 一向に口を開こうとしない努に、俺は我慢の限界を感じていた。

 「寄り道してた」

 「どこで何をしていたのよ」

 「どこへ行っていても良いだろう? 俺にも行きたいとこくらいあんだよ」

 ギョッとした努が、俺を目がけて駆け寄ってくる。

 俺は何もしていなかった。


 「見ていられないんだよね。あんたの生温いやり方」

 ハッとして俺は横を見ると、白猫が澄ました顔でこちらを見ていた。

 「お前、誰だ」

 含み笑いをした白猫がサッと身をかわし、その代わりに努に首根っこを捕まられ、強引に引き上げられる。

 「努待ちなさい」

 「おい、何をしやがるんだ」

 「それはこっちが聞きたい」

 「は?」

 「どういうことだ。説明しろ」

 「だからそれは僕が」

 「ちげぇよ。おまえにいっているんじゃ」

 白猫はすでに姿を消してしまっていた。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ