魔がさしてしまった。すまない、反省はしている。
※2013年作成らしいです。放出。
ちなみに、ホラーな主人公というか、ぞっとする主人公です。
魔が差して、足を踏み外した。
途端、誰かのうめき声が、
「ぐえっ」
俺の靴の下から聞こえてきた。
否、俺が踏んでいるのか。足の底に力をいれると、ガクガクと誰かの後頭部がずれる。ズラじゃなさそうだ。しっかりと、俺の足の下で、金髪野郎の髪が上下左右に揺れている。
踏みつけてやってるから、ヘドロやら、泥やらがその麗しそうな顔に付着しちゃってるけど。
「勇者様っ!」
「勇者さまぁ!」
女の悲鳴が響き渡る、魔王城謁見室。
一見、きらびやかなこの部屋で、優男の勇者はめきめきと、硬いダイヤモンドのごとき床にめり込んでいた。なるほど、勇者ってこんなにも顔面が強固なのか。最近のデータはあてにならないな。手直ししてもらわないと。書記係に伝えておこう。
俺は、片足を勇者様って奴に載せこんだまま軸足にして、くるり、と。
真正面に、目を向ける。さっきから気になっていたんだよね、その視線。
見据えてやれば、ぎくっ、と全身を強ばらせる魔王みたいな奴が、高座にいた。
奴もまた、綺麗な顔をしていた。怜悧な、というべきだろうか。俳優みたいな顔をしている。なんだか、ムカムカと腹たってきたので、足元のめり込ませた勇者の襟首をがしりと掴み取り、
「そらよっ!」
勢い良く、魔王っぽいやつに向けて、放り投げた。もちろん、一直線に。
またもや、女たちの悲鳴が室内に木霊して騒々しいが、俺はそんなものしらねぇっつー顔をしつつ、勇者と呼ばれる優男と魔王っぽいやつが激突して、豪奢な椅子をド派手に破壊しながらも、もんどり打って倒れこむのを見届けてから、ようやっと、俺の腹立ちも収まったか、と納得のための頷きをしてみせた。
すると、派手に大破壊したはずなのに、大したダメージを受けてなさそうに、むくりと起きだした魔王っぽい奴。
「ほう……」
俺は、正直に感嘆の意を示した。
魔王っぽい奴は、そんな俺に、凄まじい睨みつけをしてみせてきたが。
やっぱり、それなりにダメージは与えていたようで、勇者は投擲としてはなかなかに優秀な武器ではあったのであろう、それなりに痛みが走った、みたいな感情をその顔に浮かび上がらせながら、せっかく立ち上がりかけていた片足をがくり、と落とし膝を床につけた。ダイヤモンドみたいに透明できらびやかな床であったから、結構、のちのち疼痛しそうな音を立てていた。通院が長引きそうである。
「くっ……」
魔王っぽい奴は、そんな呻きを口の端に零しつつ、傍らに添え物みたいに置いてある勇者に侮蔑の視線を向ける。多分、犬猿の仲ではあるのだろう。横にいることさえ、嫌っぽい。
実際、俺は奴らがどんだけ、憎しみあっているかを知っている。
「どうすれば、平和になるんだろうなあ……」
俺は、一言、呟いた。
派手な室内に似合わぬ、平凡な一声。
周囲は息を詰めて、俺の様子を見守っている。
否、不気味さに注意を払っている、というべきだろうか。
「どうして、お前たちって、俺の楽しみを奪うんだろうなあ……」
ちら、と後ろにいる女たちに目を向けると、彼女たちも魔王っぽい奴みたく、ふるふると体を小刻みに震わせながらも、俺へ見やる視線の不審さに変わりはない。
「……いつもそうだ」
俺は、がっかりした。そうか、この世界も、同じか、と。
俺は俺は、それはそれはもう、長い長い、ため息をついた。
そうして。
「楽しくないなら、楽しくするか」
いつもの通りのことを、実行することにした。
曰く、それを人は、悪フザケ、という。
俺は、生まれながらにして天邪鬼にして、おバカである。正直、自分でもアホだと思う。だって、さっさと勇者とやらが出現する前に、魔王っぽい奴、倒しちまえばいいんだからな。でも俺はしなかった。
だって、俺、シャイだし。
ていうか、この世界がどこまで悪堕ちするか、見ていたかったんだ。
俺は、どこまでも強い奴だった。
いつも強かった。生まれながらにして、人だった。
ただし、この世界の人間じゃない。もっと、別の。異世界だった。
この世界からしてみれば、別のな。
まあ、そんなこと、どうでもいいか。
そんな異世界な人間っぽい奴だった俺が、いつの間にかこの世界にやってきていて、気付けば化物を倒していた。
んー。
まあ、なんせ、俺って結構長生きしてるっぽいからさ、年齢ってよくわからないんだよね。
おまけに、異世界への転移が可能みたいだし。ん。よくわからん? うん。俺もよくわからんね。
行きたい、って願えば行けるんだもの。俺が知るわけない。その法則ってやつ?
知りたかったんだけど、でも。
無理だった。
なんせ、俺ってアホだからさあ。目の前の楽しそうなものを見つけると、動けなくなっちゃうんだよね。それしか、興味がわかないの。だから、結局意味がわからん、ってことになる。ま、そのために書記係を雇ったんだよね。ちゃんと、ギルドで。
「あー、どこのギルだっけ?」
「覚えておられませんか」
「うん」
長いため息が、俺の背後から聞こえる。
「ワールドワイドです」
「あ、そうだっけ」
「もっと言えば、ワールドワイド、と呼ばれる世界の、
貴方様からしてみれば、推定123回前の異世界の、
チチパパーイ国のドントコイ村の酒場に貼ってあった求人ですね」
「おー、そうだった、そうだった。
お前、書記係っていう頭の良い役職ついてるくせに、
色々と緩そうな村が故郷なんだもんな」
「……故郷を馬鹿にしないでください」
片手にいつも辞書、脇の下には常に書物を抱えているローブ姿の人間が、俺の影からニュルりと出現してきた。勿論、顔もフードで覆われており、中性的な声であるから、雇い主の俺でさえ、こいつがどんな中身なのかは正体不明だ。
「それより、またですか」
書記係は、そう言いながら、周囲の惨状に辟易とした目を向けている。
あたりはすっかり、廃墟と化していた。魔王っぽい奴が根城にしていたお城は、すっかり更地となっていた。というか、俺がそうした。
「なんですか、また大暴れですか。
せっかく、育ち始めていた魔王の根を取り除いてしまうなんて」
「ち、ちげーよっ、ほら、空を見てみなって!」
指をさしてやると、そこには上空から差し込む太陽の光と、青空が雲間から見え始めていた。
「ほらほら、エンジェルランダム、
っていうんだろ、アレ! 綺麗だろ!」
魔王っぽい暗い城が立っていた、切り立った崖に、段々と差し込まれていく光の柱。
まるで、それは天界からの清浄な光のようでもあった。魔界っぽい異世界に、清らかな空気が入り込んでくるかのようだ。
「……それを言うなら、エンジェルラダー、天使の階段、でしょう」
書記係の冷静な突っ込みが、ずっと曇に曇って植物さえ芽生えないといわれる魔界のごとき異世界に冴え渡る。
「くそっ、また間違えた!」
「……そうですね」
俺の、盛大なガッデムな体制を、冷静な切り返して返してくる書記係に、俺はまたしても、間違えてしまったことを噛み締める。くそっ、英語なんてわかんねーんだよ、単位1なんだよ、こちとらよ!
地団駄すると、書記係からの冷ややかな視線を感じる。
でも、俺はやめない。これ、俺のジャスティスだから。
「また訳のわからない主張をなさっていますね……。
いい加減、居を構えたらいかがですか」
「えー……」
「異世界に渡ることばかりなさっているから、こうなってしまうのでは?」
「む」
一理あった。
びゅうびゅうに吹き抜ける風に、ローブの端をめくり上がらせながらも、結局は見えないようになっているらしい服装に俺は疑問を持ちつつも、書記係の提案に耳を傾ける。
「定住できないのは、この世界に住みたくない、
という意識が働いているから、なのは、なんとなくわかりますよね?」
「まぁ……確かに」
実際、俺が異世界に行くパターンの条件らしきものの一つが、俺の意志、だ。
それは認める。潔く頷くと、書記係も頷き返してみせた。
「そうです。ですから、潔く、
この世界に住み込んでみよう、
とは思いませんか?」
「えー……でもなあ」
と、俺はチラ、と。
背後にある人々に意識をやる。
そこには、折り重なって倒れ、意識のない有形無償の生命が一山、築いていた。
てっぺんには、無論、他称勇者と魔王っぽい奴。ほら、ケーキみたいにやっぱ、トップには飾り付けしとかないと! なんていう意識が働いたと思われる。自分なりの解説だけどな。無意識にやったにしては、なかなかうまい具合に息もできるよう隙間も開けてやったし、満足の域のピラミッドである。とはいえ。俺のへのへのへ文字みたいな眉毛は真っ直ぐ元には戻らない。
もうやることは、やっちまったし。
「……楽しみがない、というのなら、楽しくすればいいじゃないですか」
そんな俺の心境を読み取ったものか、書記係が進言してきた。
「楽しみを作り、やってしまったというのならば、
また楽しみを作ればいいじゃないですか」
「えー……でも、魔王を魔王っぽくさせるのにも、
もう疲れたし、見守るのも飽きたよ、俺」
「まだ勇者が残ってるじゃないですか、
貴方様は出現するとき、
勇者の後頭部めがけて降りたった時に意識奪ったので、
どんな勇者かご存知ないじゃありませんか」
「……いや、まあ、そうだけどさ」
ブーブー文句を言いたくもなった。
まあ、実際、あのピラミッドのてっぺんにて、昏睡状態の魔王と熱いハグをしているのに意識飛ばしてる勇者がどんな奴なのか、俺は知らない。というか、今まで興味なかったから、いきなり出てきたあいつに、腹が立って……。今はラブな形を魔王と作っているから、まさにラブアンドピースみたいなことを全身で体現してもらって、見ているこっちが困るというかなんというか。ま、俺が犯人なんだけど。
「うん。まあ、そうやね」
「では」
「うんうん。よし。じゃあさ、住んでやろうじゃん。楽しく!」
俺はガッツポーズを決めた。
あの、ラブアンドピースに向けて。平和が一番!
「てことで。早速、平和的な解決として。
あの優男と、魔王っぽい奴、無限牢獄に入れてみるわ」
「ほう。それはまた何故?」
「楽しそうだから」
俺はそう言うやいなや、ニヤ、と、まさに外道みたいな表情を浮かべた。
と思う。
「しばらくそうして、どっちが根を上げるか。
楽しそうだし。出てきたやつ、
それなりに強くはなってるだろうから、魔王にしてやろう」
言いながら、俺は片手を上空に上げる。平手で。五指は開きっぱなしだ。
俺の両の目から見えるラブアンドピースが、俺の片手にかぶさる。
「じゃあな」
さりげない、いつもの挨拶、のようなものをしてやると、二人の存在は、この異世界から消えた。
ふいに、吹き付けてくる風。
さらさらと、空から降り注がれる陽の光が、ついにピラミッドにまでやってきた。
書記係が、そんなエンジェルラダーたちに囲まれつつも、上から下に首を動かし、自然の光を堪能するかのようにして、雇い主へ告げる。
「……どうやら、あと数分でこの人々は、息を吹き返すようです」
「そうか」
俺は、手加減をして、この人間たち、それと、魔族の住まう者たちを詰め込んでいた。
もうしばらくしたら、この人型ピラミッドは瓦解するのだろう。
「あーあ」
俺は、観念したかのような声を上げる。
「せっかく、積み上げた俺の芸術作品がなあ」
パチン、と音を立て、わざとらしく指パッチンすると、ピラミッドは見る間もなく崩れた。
うう、と、うめき声がそこかしこから聞こえてくる。目覚めが近い。
「……では、書記係としての仕事に戻ります」
「うむ。任せた」
すると、ローブのこいつは、俺の影にするすると潜み始める。
足から、頭に至るまで、影に同化する。なんだか不思議現象だと実に俺は思うが、書記係もそれは同じらしく、はじめは嫌がってはいたが、試しに入れてやったら、すんなりと快適空間が広がっていたらしいので、今では俺の影は書記係の住居と化している。といっても、俺のやることや、変な現象を調べる研究部屋ならぬ、仕事部屋ともなっているが。
「うっし! じゃあ、楽しんでやりますか!」
俺は気合を入れるため、ぱん、と両頬を平手で叩いた。
これから、この世界がどう移り変わり、俺を散々に楽しませてくるものか――――
久しぶりの愉悦さんが、胸にこみ上げてきた。
「さぁ、俺を暇にすんなよ? お二人さんよぉ」
舌なめずりをしながら。戦いあう二人の魔王と勇者を見透かしながら。
俺は、邪悪にしては幾分、純粋洒脱な笑みを湛えるばかりであった。