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歩とその周りの方々のお話

知らなかったよ、私

作者: 青木ユイ

最近恋愛小説を書くのにハマっています。

あゆむ! 俺、彼女できた!」


 笑顔であたしに報告する、幼馴染。驚きで、声が出なかった。おめでとうなんて、そんな祝福の言葉はかけてあげられそうになかった。

 ――――ずっと好きだったのに、知らなかったよ、私。あんたに好きな人がいたなんて。



 小山こやま歩、十歳。小学四年生。生まれつきのくせっ毛が目立つ、普通の女子。

 明日は、学校で二分の一成人式がある。将来の夢を作文にして発表するらしい。いつも忙しいお母さんが珍しく見にきてくれるから、張り切っていた。なのに。

 幼馴染の叶田かなだ一翔かずとに、彼女ができたと報告された。ずっと好きだった子に告白したらしい。

 バレンタインデーも過ぎたばかりの二月十六日。頑張って作って用意したチョコは、結局恥ずかしくて渡しに行けなかった。勇気を出していたら、もしかしたら一翔のとなりにいたのは、あたしだったかもしれないのに。

 帰って自分で食べて、あんまりおいしくなくて。あげなくてよかったと、一昨日は思っていた。でも。


「……渡せばよかった」


 後悔しても、今さら遅かった。



「あーゆーむ。何拗ねてんだよ」


 一翔があたしのほっぺたをぷにぷにしながら言う。あたしは、一翔の手を取ってあからさまに不機嫌そうな表情でつぶやいた。


「……別に。一翔あんた、彼女のとこ行かなくていいの?」


 そう聞いたけど、一翔は「いいんだよ。一緒に帰る約束してるから。それに高田たかださん、友達と話してるし」と言って彼女の方を見る。

 高田さん。高田志結しゆちゃん。ほっぺたぷにぷにのあたしとは違って、小顔ですらっとしてる。

 あたしは外で遊んだりするから肌も日焼けしたりしてすぐに黒くなるけど、高田さんの肌が焼けているところを、あたしは見たことがない。ちゃんと日焼け止めクリームを塗っているのだろう。噂によれば、肌が弱いらしい。


「かわいいよなー、高田さん」

「なに、あんた外見だけで選んだの?」


 あたしの机に頬杖をついて、高田さんを見つめる一翔。あたしの問いに答えようと、顔をこっちに向ける。


「そんなんじゃねーよ。高田さん、優しいんだからな。歩も一回話してみろよ」


 一翔は嬉しそうに言うけど、あたしは素っ気なく「ふうん」と言っただけで、特にそうしてみるつもりはなかった。高田さん、おとなしそうな子だから、あたしと気が合わなさそうだしなあ。

 話しかけてもきっと話が続かない。それに、いつも話さないのに突然話しかけたりなんかしたら、びっくりされるかもしれないし。

 見たところ誰とでも仲良くなれそうな感じだけど、きっとただの八方美人。


「……腹黒そう」


 むすっとしながら、あたしは一翔に聞こえないようにつぶやいた。



 体育の時間。仲の良い梨花りんかと着替えを済ませて運動場に出る。寒い!

 腕をさすりながら歩く。トレーナー着てくればよかった。風強いし、すごい寒い。


「今日はドッヂボールをします」


 先生がそう言って、あたしたちはそれぞれチームに分かれた。コートは一つだけ。男女混合でやるらしい。

 一翔は、高田さんと同じチームだった。あたしは、違う。耳元でこそこそ話したりして笑っている二人を見て、胸が痛んだ。

 あたしの方が、ずっと前から好きだったのに。高田さんはきっと、告白されたからとりあえず付き合おうと思っただけでしょ。八方美人だから、断れなかっただけ。きっと、そうだ。

 ぐるぐると、心の中で黒い渦が巻いていた。どうしよう、あたし、嫌な子だ。


 ボールが飛んでくる。あたしは、ぼーっとしていて気づかなかったけれど、すれすれを通って行ってセーフだった。

 また、一翔たちが見える。高田さんは長い髪を耳の下でツインテールにしていて、かわいかった。きっと美容室に連れて行ってもらってるんだろうな。高田さんち、たしかお金持ちだって聞いた。いいところにいってるんだろうな。シャンプーもリンスも、高いの使ってるんだろうな。

 あたしは髪もお母さんに切ってもらってるし、シャンプーも特売品だしリンスは使わせてもらえない。ただでさえくせっ毛なのに、ぱさぱさだ。全然かわいくない。羨ましい。何でも持ってる、高田さんが。


「歩危ない!」


 梨花の声が聞こえた。はっと気づいて振り向いたころには、ボールがすぐ近くまで飛んできていた。速いから、きっと男子が投げたんだろう。

 バシッという音とともに、右耳とその周りに痛みを感じた。ジンジンする。


「小山さん大丈夫!?」


 先生が走ってくる。あたしはその場に座り込んだ。痛くて、悲しくて、涙が出てきた。そしたらもう止められなくなって、大泣きしてしまった。子どもみたいに泣いて、先生を困らせてしまった。

 先生と梨花に付き添われて、あたしは保健室に向かう。そこまで怪我はしていなかったみたいだけど、一翔と高田さんのこともあったから泣いてしまったのかもしれない。今さらながら、あんなみんなの前で泣いてしまったのが恥ずかしくなった。


「歩大丈夫?」


 梨花が、保健室のふかふかのソファーに座るあたしの横に腰を下ろした。花がついたヘアピンで前髪を留めている。梨花もおしゃれなんだよね。余計に、自分がみじめになる。


「うん……大丈夫」

「ボール、そんなに痛かった?」

「……そんなに痛くなかった」


 よく考えたら、そんなにボールが当たったのは痛くなかった。痛かったのはぶつかった瞬間とそのあとちょっとだけ。やっぱり、一翔のことがずっとショックなのかもしれない。

 梨花は「じゃあなんで泣いてたの?」と訊いてきた。梨花になら話してもいかもしれないと思って、一翔のことがずっと好きだったことと、一翔に彼女ができたことを話した。

 すると梨花は「それはつらいね~」と言う。そしてしばらく考えこんでから、もう一度口を開いた。


「でも、仕方ないよ。叶田くんのことほんとに好きなら、応援してあげなきゃ。叶田くんの好きな人だもん、きっと高田さんもいい人だよ」

「……そう、なのかな」


 あたしは、うつむいた。あたし、いっぱいひどいこと考えてた。口に出してはいないけど、高田さんを傷つけるようなこと考えてた。それってやっぱり、間違いだよね。

 ぽろぽろと、また涙が零れた。保健室の先生は「次の給食は保健室で食べようか」と言ってくれて、梨花は運動場に戻った。



 給食を保健室で食べて、昼休みの間に教室に戻った。体操服のままなので、着替えを済ませてから行く。

 教室に着くとクラスの女の子があたしを囲んで心配してくれた。その中には、高田さんの姿もあった。

 八方美人。そんなことを、さっきまでは考えていたけど、心配してくれてるんだろうと思った。そう思うと、なんだかあたたかい気持ちになって、あたしはみんなに「大丈夫だよ、ありがとう」とだけ言った。

 席に戻ると、すぐ後ろの席の一翔が声をかけてきた。


「歩大丈夫? 耳痛い?」

「ううん、もう大丈夫」


 一翔を見るのは、少しだけつらい。なるべく顔を合わせないようにして話した。


「歩」

「うん?」

「……俺、歩になんかした?」

「へ?」


 あたしは首を傾げる。そして、顔を合わせなかったからだということに気付いた。


「あ、違う違う。そういうのじゃないよ」


 へらへら笑って、一翔の方を見る。するとなにか視線を感じて、そっちを見てみると、高田さんがいた。ちょっと、不満そうな顔。あたしが一翔と話してるから怒ってるのかもしれない。


「……高田さん見てるから、もう話すのやめよう」

「え。……あ、ごめん」


 やっぱり、まだ高田さんのことは好きになれなさそうで。一翔にも今すぐ「別れたら」って言いたくなる。でも、一翔が好きって言うから。もうちょっとだけ、待っててあげる。

 だけどそのかわり、高田さんがだめだったらあたしにしてね。

 当分、言うつもりはないけど。



 知らなかったけど、知らなくてよかった。一翔を、好きでいれて楽しかったから。

 まだ、笑顔でおめでとうは言えないけど、もう少しだけ待っててね。ちゃんと、笑顔で言えるように頑張るから。その時までちゃんと、二人は仲良しでいてよ。

今日はちゃんと働きました。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  思春期の女の子の複雑な心境がとても上手に表現されていて素敵でした。  特に最後の、素直に祝福する事が出来ない所は、読んでいてとても切なくなり、胸が締め付けられる思いに駆られました。 [一…
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