夢見の謎
「夢は必ず覚めるものよ。……霧の向こうに行かないかぎりはね」
悪夢を見た日、姉は私にそう言い聞かせた。
「いったぁ……」
背中への強い衝撃が私を襲う。辛うじて打たなかった頭で何が起こったか確認する前にありえない光景を目にすることになった。
「私の、家……?」
自宅だ。二階へと上がる階段を見上げる形で私はへたりこんでいる。どういうことなの。だってついさっきまで剣稲荷の階段にいたはずなのに。階段の、一番上から何者かに突き落とされたはずだった。背中を押された感触も、前のめりに倒れるところで引かれた腕も、落ちていく感覚も、リアルだった。
「かおり! どうかしたのか!」
背中の強い衝撃に比例した大きな音が聞こえたのか、バタバタと両親が起きてしまったようだ。
「かおり、何かあったの」
「階段、踏み外しちゃったみたい」
「怪我は」
「腰打っただけ。それ以外は無傷だよ、お母さん」
「……病院に行くか」
「心配ないよお父さん。二、三段踏み外しちゃっただけだ」
何なの。どういうことなの。わけがわからない。辛うじて冷静を装って両親に答えられたが、内心は混乱の極みだ。夢? 白昼夢? 幻覚? そんなちゃちなもんじゃあない。あれは紛れもなく現実だった。あの時、私は連れて行かれるところだった。たとえ、さっきまでのが本当に夢だったとしても、あのままついて行ったら死んでいたかもしれない。そんな気がする。
時計を見ると午前三時。丑三つ時。不吉で不穏な魔の時間帯。こんな時間に起こしてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
あれはどこからが夢でどこからが現実なのだろうか。もしかしたら今も夢の中なのかもしれない。どこが夢なの。どこが現実なの。
気味が悪くなりながら部屋へ急ぐ。デジタル時計を見ると、コンビニに行ってから日付が変わったようだ。おおよそ三時間半ほど、時間が経っていることがわかる。机の上には書きかけのノートがしっかりと置いてあった。課題も、情報整理した時のメモもそのまま散乱している。
『YOU MUST ESCAPE』
そんな文字、どこにも書いていなかった。