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逃げて


「けして油断をしてはいけないよ。特に霧の中では」



 霧が濃い日の夜、姉はそう言っていた。





 しばらく部屋で考え込んだ後、リビングへ行くとだれもいなかった。不思議に思ったけれど、この青い顔を見せてしまえば不安にさせてしまうだろうしちょうど良かったのかもしれない。

 机の上には、まだ少し暖かいいなり寿司と大福が置いてあったが食欲が無いので食べない。どうやら今日も霧が濃いようだ。


 家を出てすぐに剣稲荷神社へと向かった。昨日は結局何もわからなかったから。それに、『剣』って人か、『コウ』って人がいるかもしれない。




 昨日と同じように剣稲荷神社の周りは霧で覆われている。朝の静けさと薄暗さも相まって少し不気味だ。



『YOU MUST ESCAPE』



 目の前にそんな文字がちらついたが無視して階段に足をかける。



『YOU MUST ESCAPE』



 どこに逃げろと言うのだ。私は階段を踏みしめる。



『YOU MUST ESCAPE!』



「やあ、またあったね。今日もお参りかな」


 階段を上っていると鳥居の前に男の人が立っていた。昨日会った剣だ。今日も白い着物を身につけ優雅に佇んでいる。にこやかに微笑みながら私のすぐそばまでやってきた。


「いえ、今日は調べごとをしに来ました」

「へぇ……朝から大変だね」

「……朝早くなら剣さんにも会えると思ったので」

「俺に?」


 私の言葉が意外だったのか目を見開く剣を見る。そんなに驚くことだろうか。


「剣さん、朝からここにいたので、もしかしたらここの神社について何か知ってるのかと思ったので」

「あー、そういうことね。良いよ僕が知ってることなら何でも答えよう」

「しゃあ、十年前の女子高生失踪事件についてなんですけど」


 瞬間、その場の空気が冷たくなった気がした。先ほどまでニコニコとしていた剣は目を細め私を睨めつけている。首を絞められたかのように苦しくなる喉に、肺から細く息が漏れ出す。何か悪いことでも言ったのだろうか。


「十年前ね。知ってるよ。ここの神社で行方不明になった水沢かおり(・・・)についてでしょ。嫌な事件だったよね」

「え、ええ。そのことで気になることがあったので、今更ですけど調べてるんです」

「ふぅん。良いよ、教えてあげる。ここじゃあアレだから中に入ろうか」


 剣は私の手を取って階段を上っていく。ずんずんと進む彼について行かざるえない私も急いで駆け上がる。駆け上がった先、鳥居の前まで来たところで異変に気がつく。

 こんなに霧って濃かったっけ。

 鳥居の向こう側に境内があるはずなのに一メートルほど先から何も見えない。真っ白な霧に包まれている。振り返るとうっすらと下まで見える階段も相まってなおさら気味が悪い。


「何してるの。ほら、早く行こうよ」


『鳥居をくぐってはいけないよ』


 姉の言葉が頭の中で乱反射している。


「はやく」


『霧の向こうに』


 頭が割れそう。


「どうしたの」


『行ってはいけないよ』



「えっ」


 体が前へ倒れる。腕が引っ張られて剣のほうを向く形になったが重力には逆らえない。スローモーションのようにゆっくりと景色が流れる。

 剣の手からすり抜ける私の腕。

 ふわりと持ち上がる内蔵。

 何かを押すような形で残っている誰かの腕。

 悔しそうな剣の顔。


「残念。もう少しだったのに」




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