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もう1人の黒い君



「霧に惑わされないで。自分を忘れないで」



 姉はいつもどこか遠いところ見ていた。





 私は走る。絵空島の制止の声は確かに耳に届いたが、私の足を止めることができなかった。

 自分の体なのに言うことを聞いてくれない。確かに体が動いているはずなのに、誰かに体の所有権だけ誰かに奪われているみたいだ。誰かーーおそらく恐怖が私の体の所有権を持って動かしている。


 あいつが言っていた意味が分からない。意味が分からない。だってそうでしょう。私は剣稲荷神社に行ったのだ。あの階段も、標識も、鳥居も、標識も、風も匂いも、全てが本物だったはずだ。

 じゃあ、絵空島が言っていたことは嘘なのか。いや、そんなはずはない。あんなにも真剣な顔をしたあいつがそんな嘘を言うはずがない。

 いったい何が嘘で何が本当なのか見当も付かない。どこまでが夢でどこまでが現実なのか、嘘か本当か。


 私の体は相変わらず恐怖が所有権を握っている。どこまで走ったかここがどこなのか見当も付かないけれど、霧が濃くなっていくのを感じて私は焦っていた。

 止まりたい。でも止まってしまえば何かに捕まるのではないか。肺は酸素を求め悲鳴を上げている。喉は水分を求めてひび割れていく。恐怖はますます体の支配権を奪っていく。

 助けて、助けて。助けを求めたって霧が濃くなるばかりだけれど、どこかに逃げたい。誰か助けて。



 瞬間、視界が広がる。


 刹那、耳を貫くクラクション。


 一瞬、私の世界が止まった。



 トラックのブレーキ音を聞きながら迫り来る鉄の塊を眺める。一寸先が真っ白で何も見えないほどの濃い霧が瞬く間に消え失せて、私の体は銅像のように固まってしまった。

 目前に迫る鉄の塊に間抜けな面をさらしているだろう。逃げなくては。逃げなくてはいけないのに。私の体は動いてくれない。

 ああこれは死んだな。漠然と感じる実感に今世への別れを覚悟した。目をつぶり来るべき衝撃に備えていると、何かが私の体ごと引っ張られる。思っていたのと違う衝撃にやっと私の体が動いてくれた。


「おいあんた、危ないだろう!」


 私を死の淵から引き上げたのは一人の女性だった。女性、言っても私と同い年ぐらいだろうか。女性にしては低い声。白い肌に映える黒く長い髪は彼女の印象を黒で染めている。ポニーテールに束ねられた黒髪は彼女が動く度に揺れ動いていた。

 怒りを露わに私を睨む鋭い目元を、私はどこかで見たことがあるかもしれない。

 見たことがあるかもしれないではなく、見たことがある。


 あの時のように熱風のような怒気は無いけれど、この顔は、この人はコウさんにそっくり。


「おい、聞いているのか」


 突然のことで思考と行動が追いついていない私に痺れを切らしたのか詰め寄ってくる彼女。目の前に近すぎる距離でその鋭く整った顔を見て私は思考を戻すことができた。


「す、みません。無我夢中で走っていたので」


 彼方へ飛んでいた思考が戻ったのを確認したようで、コウさんによく似た彼女はあきれながらも安心したという表情を見せる。


「無我夢中ってあんた」

「霧で、目の前が見えなくて」

「今日は霧なんて出てないだろう。それも目の前が見えなくなるほどの霧なんて」


 何も言えない。背筋に氷水を入れられたような寒気が私を襲った。どこまでが夢で、どこまでが現実なのか分からない。もう嫌だもう嫌だよ。何がなんだかわからない。

 初対面の彼女には悪いけれど、涙がぼろぼろと流れ落ちていく。逃げ出したいけど体は鉛のように重くなって動けない。突然に泣き出した私に戸惑う姿を歪んだ視界越しに見た。

どうもお久しぶりです。

半年以上たちましたが私は今日も生きています。

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