真実はどこに
「いかないで……。連れて行かないで……」
姉はたまに泣いていた。
寒い季節なのに、真夏のような空気を感じた。キャンプファイヤーの大きな炎の前に立たされたように、熱と恐怖が目の前にそびえ立つ。もちろん気がする、だけだが。
そんな空気を全身からあふれ出させるのは、目の前の彼女。ゆらりと立ち上がる彼女は、直視したくないほどに恐ろしく感じる。階段の上で立っているからか、元から慎重が高いのか、見下ろすようにこちらを見るその顔はひどく恐ろしい。表情がそげ落ちたような無表情の中に、恐ろしいほどの怒気が垣間見える。
冷や汗がまた一滴、背を伝った。
「今、なんと」
「女子高生の、名前は、柚香、です。水沢、ゆずか」
「姉と言ったか」
「……そうです。私の、姉です」
蜃気楼のようにゆらめくコウを見上げる。怒気は相変わらずそこに揺らめいているし、灼熱の気は収まらない。どこに、何に怒っているのかわからない。私には検討もつかない。
「教えてください。姉に、何が起きたんですか」
「……」
コウは喋らない。
「狐の嫁入りってなんですか」
「……」
コウは話さない。
「姉はどこにいったんですか」
「……」
コウは言わない。
「ねぇ、わたしのおねえちゃんをかえして……」
コウはーー。
「あの、野郎ォッ……!」
先ほどとは比べものにならないほどの怒気は熱気のように私を包み込む。喉を締め付けられるような錯覚に、息をのむことすら許してくれない。
全身を焼き殺すような熱気は私に向けられたものでは無い、と思いたい。どこか別の所にいる何かに向かうその怒気は勇ましい。木々が、草が、花が、その熱気にも似た怒気に揺れ震えていた。
「いつもそうだ。あいつぁ、勝手な真似してーー。観察処分中に何をーー」
苦しい。その熱気は私の喉を、肺を、体を焼く。息なんてできやしない。息を飲むことも、吐くことも熱気が許してくれない。気を失うことすら許してくれない。
「お嬢ちゃん、もうこの社に来るんじゃあない。死にたくなければ、逃げ続けろ」
どこに逃げろと言うのだ。
「逃げろ。あいつは地の果てまで追いかけ続けるぞ。逃げろ。十七を過ぎるその時まで」
視界は霧に覆われた。