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ビーストバインドトリニティ 鋼鉄の栄光  作者: ピーター
はじめての特別課外授業
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第7話 はじめての特別課外授業6

「どうやら疫病神でもいるようだな。この儂が自らの足を使うとはな」

 やれやれと”ランチャー”がかぶりを振る。”ランチャー”は崩落に巻き込まれて気を失った胡桃に代わりここまで歩いてきていた。本来ならば馬で駆け抜けるところなのだが、それは今、大きな荷物を乗せていてかなわなかった。

「うっ、ここは?」

「ふん、目覚めたか。気分は良かろうな?なにせ我が愛馬に乗せてやっているのだからな」

 その目覚めた荷物、クロンダイク公に話しかける。顔色は悪く弱ってはいるが、この程度では死ぬまい。死んだとしてもただでは死なぬだろう。権謀術数、悪辣卑劣は悪魔の得意技である。

「……隠の小娘から聞いた話は本当か、よくもよみがえったものだ。この非道な征服者め。」

「口を慎むことだな、今の貴様なら、とどめを刺すぐらいどうということはないのだぞ?」

 烈火のごときクロンダイク公の敵意を、”ランチャー”は受け流す。大戦の折には通り道として手ひどく蹂躙した気がするがまぁ些細なことであろう。なにせ”ランチャー”が蹂躙した国など片手では足りぬ。生き残りの敵意などは気が向いたときにそれごと平らげるおやつ程度のものでしかない。

「ふっ、今の貴様にはできんさ。隠の小娘から依頼されているのであろう。私を生きて連れて帰れと。」

「はっ、それだけ腹から血を出しても頭に血は巡っておるか。」

 今の”ランチャー”は反学園勢力の工作員である。わざわざ死にぞこないのクロンダイク公をここまで連れてきたのも、トップである彼女の命令あってのことだ。学園側の作戦に参加しつつ反学園勢力のスポンサーであるクロンダイク公の保護、ついでに死んだように見せかけ、国外にまで逃がす、という算段であった。リーセル公子が学園に接近していたところまではクロンダイク公を通して”ランチャー”たちもつかんでいた。だが、学園を利用してまでクーデターまがいの動きにでるところまでは予想だにしなかったわけである。

 口ぶりからするとクロンダイク公を殺害し、プリミエラに反逆の罪を着せて処刑する腹積もりであろう。学園側がプリミエラを連れ去ったことは見ていたわけだから、学園側にも圧力をかけているだろう。とはいえあの生徒会長がリーセル公子の言うことを素直に聞くとも思えなかった。”ランチャー”の見立てではそもそも役者が違う。あの女はリーセル公子と同じ立場からであろうとおそらく、血の一滴も流さずに己が実権を握るぐらいのことはしてのけるであろう。リーセル公子があの女に勝つには直接的に暴力を使うぐらいしか思いつかなかった。そして、あの女はそれを許さないだけの地位にある。

 リーセル公子は学園側にとっても、プリミエラにとっても裏切者の敵だ。なんとしてもこれを排除すべきだ。そこまでは”ランチャー”たちとさえ、利害が一致する。学園の連中は大いに利用すべきだろう。 問題はそのあとである。学園側の打つ手としてはこの状況を利用してプリミエラを取り込み、クロンダイク公国を切り崩し、クロンダイク公には亡き者になっていてもらえればなおよし、といったところか。運の悪いことにプリミエラはこの近くにはいない。まずはプリミエラには早く接触を取らねばならない。が、その前にクロンダイク公はどこかに安全な場所に匿っておきたい。生きて日本国内のどこそこにいると分かれば学園はまたすぐさま刺客を放つだろう。さりとて死の確定はよくない。あの女であればその情報を利用してプリミエラの政権を確固たるものにするだろう。そうすれば、学園の友好国のできあがりだ。

 つまりクロンダイク公を生死不明のままにして、リーセル公子を排除し、手を出せないぐらい大々的に凱旋する。これが最善手であろう。

「やれやれ、めんどうだな。貴様、なんかこういい感じにちっちゃく仮死状態になれんか。手のひらサイズのボールぐらいに。」

「私はどこのゲームの魔物だ。」

「……もしや、貴様の国でも売ってるのか、あれ。」

「日本のゲーム会社をなめてはいかんぞ。いまやワールドワイドだ。」

 しばしの沈黙。

「ふむ。さて、まぁ我らだけで脱出するが吉、か。あの鰐が追ってこなければよいがな。勝手に死ぬなよ。」

「貴様に踏みにじられた国土の仇を取らねば死ねん。」

「はっはっはっ!!良い答えだ。」

 かくして、高らかに笑って”ランチャー”はクロンダイク公を背に乗せた愛馬とともに歩を進めるのであった。



「疫病神でもいるようだね。このメンバーには。」

 ジャンが大げさにため息をつく。

「ヤクビョウガミ?ワルイカミカ?タオスカ?」

 それにウラーが反応する。

「ここでいうこれはそういう天運、いや悪運に恵まれた人だね。たいてい本人は平気なんだよね。」

 ジャンが髪の毛をいじくりながらウラーに答える。多くの彼の知り合いが、彼のことをまさしくそう呼んでいるとは露とも思ってもいない。

 ジャンは己の不運を嘆いていた。一人きりであれば気が楽だった。あの状況ではバックレても怒られはしまい。三人以上であれば、自分が働かなくてもなんとかなる公算が高い。だが二人はだめだ。お互いを見るものはお互いしかいない。この状況ではさしものジャンもそれなりに働く必要がある。

 そして、二人きりになるのであれば、お嬢さん方と一緒であればとジャンはまた嘆く。特にあのプリミエラという少女は良い匂いがした。そう魂の匂いが素晴らしかった。身も心もまさしく純潔であるに違いない。当然、これはジャンの勝手な想像であるので、外れている可能性もある。だが、それでも一度味わってみたいと思わせるだけの魅力がある少女であった。

 胡桃も悪くはない。むしろジャンの好みだ。彼女はひりつくように強いエゴを秘めた人間だ。だが、まぁよほど機会に恵まれない限りは胡桃に手を出すのはよしておこう、とジャンは結論付けていた。

 彼女は、おそらく、”あいつ”の影響を受けた魔物だ。あの無数の宝具を何のためらいもなく投げ捨てるかのような使い方。ジャンには覚えがあった。ずいぶんと古くなった記憶だが確かに覚えがある。”あいつ”が果たして何だったか、は残念ながら覚えてないのだが、ひどい目にあった記憶だけはある。ろくでもない奴なのは確かだ。なにせ、わざわざあの宝具の奔流を自分に見せて思い起こさせたのである。うっかり、などではなかろう。計算高い男、そう確かあの時は男だった。そしてあれは大胆不敵な警告だ。つまるところ、彼女に手を出すには覚悟が必要で、そしてそこまでするほどの価値はジャンにとっては今のところない。とはいえ、男とデートするよりは幾分かはましだろう。

「デグチワカルカ?」

 迷いなく薄暗いアンダーグラウンドを進むジャンにウラーが声をかける。アンダーグラウンドは危険だ。さきほども、地底の住人たちが襲い掛かってきた。まぁジャンが頭からバリバリとやったら、這う這うの体で逃げ出してそれっきり静かになったので大した根性の連中ではなかったようだが。逆に言えば、これから何かが襲い掛かってきた場合、ジャンに勝てるだけの自信がある相手、ということだ。そんな状態で、道に迷うのは流石のジャンでも勘弁願いたい。そもそもここにはあの巨大な白い鰐という難敵がいるのだ。そのあたりを気にしてのことだろう。

「出口は流石に分からないね。けど、あの麗しきお嬢さんのいる方角はだいたい分かるよ。」

 ジャンが長い金髪をかき上げながら答える。好みの違いはあれど吸血鬼とはすなわち獲物の血をすする捕食者である。そのうえ無駄に長く生きるため執念深い。捕食者に必要なものは獲物を捕らえる力だ。それゆえに被捕食者、つまりはジャンであればお眼鏡にかなった麗しい女性を見つけ出すこと、その点においてまさしく吸血鬼というのは秀でた種族なのである。

 というような適当なことを口から出まかせにジャンが語るのを見て、ウラ-は訝し気にジャンを見つめるだけだった。実際、ジャンの語り口は真剣味と真実味が絶望的に欠けていた。ジャンは会話は好きだ。だが、その中身には拘泥しないのが悪癖であった。嘘であろうと真実であろうと、言葉が人を動かすことに大差はない、というのがジャンの考えであった。言葉は時に暴力よりも多くの人々を動かし、指一本動かさずに人を殺すことさえある。だが、逆にナイフ一本よりも無力で寡黙であることさえある。そこにジャンは得も言われぬ価値を見出しているのだ。その意味でいえば、ウラーから言葉によるリアクションを引き出せなかったことは痛恨の極みとも言えた。一人でしゃべっていては”会話”にならない。まぁジャンは別にそれも嫌いではないのだが、なにせ、ジャンもそれなりに無駄に長く生きた。語るべきこと、語りたいことはとくとある。

「ジャン、セイカクヨクナサソウ」

「ははは、ばっさりきたねー。嫌いじゃないよぉ、そういうの。」

 ウラーの返事にジャンは大笑いする。嫌いではない、というかジャンに基本的に嫌いなものはない。何かに関わることにめんどくさい、と思うことはあっても、嫌いになることはないのだ。例えば、胡桃の本性、あれも嫌いではない。むしろ、ジャンのような適当な存在からすれば畏怖するに足る正統にして強大な魔物であるといえよう。例えばプロメテウス国際学園。彼らは彼らの理想を生きている。そういった信念を持つこと、そしてそれを実践することのなんと難しいことか。すくなくともジャンにはそんなものはない。今の姿となってからは概ね適当に生きている。摩耗した記憶の彼方には、理想や理念があったような気もする。だが、もはやそれが自分の物であったという自覚すらないのだ。ジャンが過ごした時間は、ジャンという器にとって長すぎたのだろう。

「さぁそろそろ追いつくよ。というか彼らから近づいてきてくれているようだけど。」

 ジャンはそう言って地底から湧き出し、襲い掛かろうとする妖精たちを踏みしめながら笑った。


ビーストアナライズ№007

クロンダイク公

「おのれ、帰ってきたのか。」

魔神

エゴ:国を守りたい

絆:プリミエラ(慈愛)

絆:リーセル(失望)


 クロンダイク公国を治める魔神にしてドミネーター。プリミエラやリーセルの父親。不自然に思われないように幾度も対外的な姿と名前を変え、長きにわたりクロンダイク公国を統治してきた。

 ”ランチャー”の率いる軍勢により国が手ひどい被害を受けたため、”ランチャー”を嫌っている。

 魔界の名家の生まれであるが、地上に住んで長く、第二公妃として、天使を娶るなど人間や天使との共存を模索する穏健派である。彼を地上へと召喚し国を託した人物との約束もあるという。

 反学園勢力への支援を秘密裏に行っていた。

 


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