第5話 はじめての特別課外授業4
「残念だよ、わが妹よ。」
周囲には武装したデーモンたちを侍らせ、陰気な顔の男が勝ち誇ったように胡桃たちに言った。いや正確に言うならば、胡桃たちの後ろにいる、一人の少女に向けて発せられた言葉だった。
「母親のことで父上を恨んでいたか?それとも天界の血がなせる悪行、いや正義とやらかね?」
「兄上!!そこまでして私を!!」
少女が兄と呼んだ男をきっとにらむ。その腕には血塗れの壮年の男性を抱えていた。
「(どうしてこんなことになったんだっけ!?)」
両方に注意をむけつつ、胡桃がひとりごちる。
少女が抱えているのはまぎれもなくクロンダイク公、そして少女こそがクロンダイクの公女、プリミエラであった。おそらく兄と呼ばれた以上、目の前の男もクロダイクの後継者候補の1人であろう。
「ちっ、こっちだ。お嬢さんがた!!」
ロビンの声とともに煙幕が張られ、腕を引っ張られる。
訳も分からぬまま、胡桃たちは、マンホールの下へと身を躍らせた。
胡桃たちは息をひそめて、クロンダイク公の出待ちをしていた。まぁ暗殺するために待っていることを果たして出待ちと言っていいのかは疑問だったが。
池袋のとある裏路地。じめじめとした空気があたりに充満したここが池袋の夜の出入り口の一つであった。ここから、クロンダイク公は池袋の夜に入り、そして出てくる。勝負は迎えの車がいるであろう、表通りまでの十数m。
暇を持て余した胡桃は例の少年、ウラーといくつかの話をした。ジャンとは距離を置いておきたかったし、ロビンはクララにでも言い含められているのか胡桃に対して明らかに警戒の意志を目に宿らせていた。自然、残った選択肢としてウラーを話し相手に選ぶことになったのだ。まぁおそらく正解は、だれにも話しかけない、だったとは思うのだが。
ウラーは首の翻訳機から電子音声を響かせながら、胡桃の質問に答えてくれた。ウラジミールのことが相変わらず気になってはいるようだったが、胡桃にも多少の興味、もしくは好感のようなものを持ったようだった。
翻訳機は外に出るために、ウラジミールが用意させたものだという。様々な国の人間が集まっている学園では空中に散布されたナノマシンが言語を自動翻訳してくれている。
この物々しい翻訳機はずいぶんと古い物らしいが、ウラーいはくウラジミールがかわいいからと選んだのだという。どこがかわいいのか一切分からないかったが、ウラーはうれしそうにしていたので適当に笑って相槌を打っておいた。
ウラーは記憶がないのだという。どこか遠い場所に居て、気が付けばあの場所、学園の校門前に居たという。そしてそのときにはそれまでの記憶がすっぽりと抜け落ちていた。ウラジミールを見た時に、守らなければならないという衝動にかられて彼女に手を伸ばしたのだという。
”ランチャー”の知識によれば、ウラーが実際に話しているのはどうやらロシア語であるらしい。どうやら宇宙人というわけではないようだ。
「ウラーはこんなことしてまで、どうして学生になりたいの?」
「ウラジミール、ガイッタカラ」
幾度目かの同じ答えだった。彼にはウラジミール以外にこの世界に寄る辺がない。それゆえに、それ以外のことに一切拘泥しない。彼はこの暗殺自体には特に何も感じていない。ただウラジミールの言葉に従っているに過ぎないのだ。
ただ、それは彼が壊れているわけではない、と胡桃は感じていた。生徒会室で自分に話しかけてきたロビンにも興味を持っているようだし、話しかけてきた胡桃にも無関心というわけではない。彼はただ記憶ごとウラジミール以外の絆を失っているだけなのだ。
だからこそ……彼を導かねばならない。学園の常識に染まる前に、外の世界の常識を与えねばならない。とまぁ非常に自分本位で傍迷惑であろう決意をした。
「じゃあ友達になりましょう。」
「トモダチ?」
「私も今は学園じゃほとんど友達は居ないし、学園の連中はなんか変だしさ。どう?」
「ワカッタ。クルミ、トモダチ。」
ウラーが少し笑った気がした。気のせいかもしれないが、胡桃にとっては悪くない感触だった。
「いいところすいませんね、お二人さん。そろそろお時間ですよっと。」
ロビンが腕時計を確認しながら、胡桃たちの会話を遮った。
ジャンとウラーの入学試験、というわりにはロビンの注意は胡桃に向いていた。いや、ジャンやウラーに注意を払っていないわけではない。ただ、それ以上に胡桃を注視している……気がする。胡桃も半魔となってから”ランチャー”が口うるさく言う甲斐もあって敵意や警戒の視線には鋭くなった。なにせ、それらを向けてくる相手は、概ね敵だからだ。
「というわけで全員配置について……ジャンさーん、聞いてる?」
「ん?ああ、聞いてるよ。今日は天気いいよね。」
「完全に聞いてなかったですよね?」
とぼけた様子でジャンが手元の携帯ゲーム機から視線を外して、ロビンに答える。暗殺に乗り気なウラーと比べるとジャンは学生の身分に興味があるのかも不明だ。そもそも、ここまでついてきたのも何らかの義理を果たそうという感じがありありと見て取れた。いままでのいちいちよっこいせ、という声が聞こえてきそうなゆったりと強烈な慣性がかかったような挙動からはそもそも彼が能動的に何かをするのかもはなはだ疑問だ。
「おっと、ほら……誰か、出てきたよ?」
ジャンの声に全員がそちらを向く。路地裏に背筋をしゃんと伸ばした壮年の男性が現れる。掘りの深い顔にその年齢にふさわしい年輪を刻み、ヨーロッパの小国といえど、もしくはだからこそ悩みは尽きぬのだろうということが読み取れた。だがそれでいてなお壮健なり、という風情であった。
あれこそがまぎれもなくクロンダイク公だ。
そして、彼の後ろから控えめに、少女が現れる。髪と同じ、黒と白のドレスに身を包み、見忘れるわけもない麗しきはクロンダイクの公女である。
「なるほど聞きしに勝る美人さんだね。」
微かに舌なめずりをして、ジャンが一言呟いた。
「割となんでもありなんですね?」
「僕はほら雑食性だからね。」
胡桃の冷たい視線もどこ吹く風で、ジャンがしれっと答える。
「俺が合図をするから、一斉に……」
ロビンの言葉を遮るように、ドサリと、クロンダイク公が倒れた。胡桃は確かに見た。一条の光がクロンダイク公を貫いたのを。
「あっ、こら馬鹿!!」
ロビンの制止の声を置き去りにして胡桃は飛び出していた。光が来た方向をに対して、公女を背に構える。
「”ランチャー”!!」
「(やれやれ、物好きめ。)」
”ランチャー”の嘆息とともに胡桃の手に矢のつがえられていない白い弓が現れ、全身を蒼い毛並みの皮鎧が覆う。”ランチャー”の伝説を借り受け身にまとう、それこそが魔物としての胡桃の姿だ。”ランチャー”の転生者たる胡桃には彼の伝説の武具が己のもののように扱うことができるのだ。
矢もつがえずに弓を引き絞り、光が放たれた方向へ向けてその手を放す。引き絞られた弓の弦が音を立てるとともに、中空から雪崩のごとく無数の武具が放たれる。
その光景にロビンとジャンが目を見開く。彼らにはわかったのだ。その蒼くきらめく武具のひとつひとつが宝具であることが。英雄の伝説の体現たる宝具を、無造作に大量に放ったこの攻撃がどれほど規格外なものかを。
「クルミ、テキクル!!」
ウラーの叫びに胡桃が空を見上げると、武装した悪魔たちが翼を広げていた。
一人の男が、いや悪魔が進み出る。
「まさかお前が”父上を暗殺する手引きをする”とはな」
悪魔が笑う。
「残念だよ、わが妹よ。」
ビーストアナライズ№005
プリミエラ
「兄上、なんてことを」
魔王の後継者/天使
絆:クロンダイク公(家族)
エゴ:清く正しく美しく
クロンダイク公国の第一公女。その美貌と清廉さゆえに国民には熱狂的な人気のある人物。諸外国も公国の後継者と目している。
第二公妃の子であり、悪魔が牛耳るクロンダイク公国において天使の血を引く異端の子でもあるが、父親と国民には愛されている。
所持アーツ:《エンゼルフィールド》《魔性の美》《プロテクションフロムエビル》《絶対結界》《両性具有》etc




