第4話 はじめての特別課外授業3
最悪だ。
生徒会室に集められたメンバーを見て、”ランチャー”と胡桃は同時に思った。
二つの人格が意識を向けたものはそれぞれ違っていたが、いずれにせよ、胡桃の顔は引きつっていた。
そもそも生徒会からの呼び出しを留学早々受けるというのが最悪だと言えた。そしてその先にあまり会いたくない顔見知りがいたとすれば、当然のことだろう。
「(なんで、あいつがいるのよ)」
最初の日に、校門前で出会った少年、そう、あの不審者である。最初に出会った時と違って、制服を着ていた、いや着せられていた。気になったのは見覚えのない小型の装置がまるで鈴のように首輪のような黒いバンドと一緒に取り付けられていたことだろうか。
少年の方は、胡桃を見て、目を少し細めてすぐに目をそらした。こちらのことは覚えているのか、いないのか。少なくとも興味はないようだった。むしろ生徒会室にある、さまざまなものに興味を持っていた。胡桃からすると別段変わったものは置かれてはいないのだが、彼には目新しい何かに映っているようだった。それはまるで文明に初めて触れた原始人みたいな反応だった。
「あーっ、お兄さん、そいつは触るの勘弁してくれねぇかなぁ。」
見かねた生徒会の男(ロビンと名乗っていた)が困った顔でなだめ始めていた。
「(やれやれ、あやつは何をしているのだ……)」
一方で”ランチャー”の目を引いたのは、金髪の優男、ジャン・ジャック・ジェローム3世だった。”ランチャー”は他者の名前を覚えることは少ない。”ランチャー”にとって他者は基本的に3種類しかない。つまづくことすらない路傍の石と、己の物と、やがて己の物になるものだけだ。それらの名前を覚える必要性などない。だが、例外はある。有能な身内は名前を覚える必要があるし、そして”ランチャー”の手をもってしてもその手に収まらぬ”至宝”、その行く末を見るだけの価値があると認めた相手の名前は覚えるだけの価値がある。
ジャン・ジャック・ジェローム3世は、雑種でしかも半魔という変わり種だ。誇り高い純血種達からすれば下等と見なされ、蔑まれるような魔物だ。そのうえ、見ての通り何事にもたいしてやる気を見せない。だが、”ランチャー”はその名を覚えていた。
呼び声に呼ばれ、戯れに現世に現れたあの大戦の折に、間違いなく、その名を魂に刻み込んだのだ。生きていたことには特に驚きはない。今もどこかでのほほんと半魔として生活をしているに違いないとにらんでいた。よもやこんなところで、会うとは想定外ではあったが。
「やぁ、……君はいい匂いがするねぇ」
”ランチャー”の思惑を知ってかじらずかジャンが無遠慮に胡桃に顔を近づける。
「な、なんですか!!」
身をこわばらせる胡桃をジャンの赤い目がのぞき込む。その瞳は捕食者、すなわち吸血鬼のそれだ。心の弱い相手ならこうして目を合わせるだけで、心を貪り食い、思うままに操ることさえする魔物。
「……やめておこう、君からは、なにかいやな気配を感じるや。しかも僕の知り合いっぽい。あはは、自慢じゃないけど、僕、知り合いに碌な奴いないんだよね。」
にこやかに笑いながらジャンは胡桃から離れて、日の差さない部屋の隅に移動した。日光は致命的、ではないようだが、苦手ではあるようだった。
「(相変わらず勘の鋭い奴め。)」
”ランチャー”は内心、舌打ちした。あと少し、あと一歩踏み込んでいれば、串刺しにできていた。吸血鬼を殺すにはかすり傷では意味がない。2、3回は殺すつもりで、殺す必要がある。
ガチャリ。騒がしくなってきた生徒会室のドアおもむろに開いた。入ってきた人物に全員の目が釘付けになる。ならざるをえなかった。自信に満ちた歩み、ピンと伸ばした背筋、無駄に露出した改造制服、いずれもが彼女という存在を主張していた。
「(というか何食べたらあんな立派な体になるのかしら……)」
胡桃でさえ彼女のことは知っている。魔術師や超能力者でさえない、まさしくただの”人間”にして学園を束ねる生徒会長。自然体で人を見下ろす女。人呼んで”欄外個体”。
「やぁやぁ諸君、私が生徒会長の春夏秋冬=クララだ。よろしくお願いするよ。……まぁ、あれだね。これに失敗するとサヨナラとなってしまうものもいるがね。」
クララは視線を満足げに受け止め、悠然と自分の椅子に座る。
「まぁなに君たちにやってもらうのは簡単なことさ……魔王を一人暗殺してもらうだけだよ」
クララはまるで、ちょっと隣町までおつかいにいくかのように集められたメンバーにそう言い放った。
「まぁつまりだ、学園は敵が多くて仕方がないわけさ。で、池袋の夜に来るその敵の首一つで、その2人の学生としての身分をくれてやろうと言うわけだ。」
池袋の夜。かの大悪魔メフィストフェレスが運営する最強の魔物を決定する現代に蘇った魔物たちのコロッセオ。その池袋の夜に学園の反対派勢力に与する魔王が試合を観戦しに来るのだという。学園の諜報組織である情報委員によればメフィストフェレスに対しての信頼の証として護衛は連れていないらしい。魔界の貴族どもにはいろいろしがらみがあるのだろうな、とクララはコメントしていた。
簡単に言えば、池袋の夜の出入り口に待ち伏せし暗殺する、というわけだ。
「実にシンプルだろう。君らは所定の位置で待機して魔王をたたき殺すだけだ。」
クララはいともたやすいといった口調だ。確かに彼女ならなんなくこなすであろう。そんな気がした。事実、前準備はすでに完了しているし、魔王を殺すだけの手勢を、ここにいるメンバー以外にも用意することも可能だろう。胡桃にはただの”人間”のはずのこの生徒会長が、まさしく人間という生物の怪物性を体現した存在であるように思えた。
「しかし、クララ生徒会長、なぜ私は選ばれたんでしょうか?」
胡桃はクララに当然の疑問をぶつける。魔王暗殺などに任命される心当たりがない。いや、”ランチャー”という盛大な心当たりはあるのだが、それはとりあえず置いておきたい。
「あぁ、それか、君がラッキーガールだからだよ!!」
クララは胡桃に楽しげに立ち上がって言った。
「ラッキーガール……ですか?」
「そう、とりあえず3人では頭数が足りないのでね。学園が誇る厳正なる抽選機で選んだというわけだ。それが君、というわけだ。」
気が付けばクララの両手の手が胡桃の両肩に乗っていた。
「で、ですが!」
「なに、その魔王様だが、趣味が悪くてね。人間を何人も悪趣味に殺している。ほうっておけば更なる犠牲者も出るだろう。」
まるで見透かすようにクララが胡桃の耳元で囁く。
「こういうの、許せないだろう?君は。」
そうだ、許せない。
今までも、これからも。
そうしなければ、”悪い魔物”を否定し続けなければ胡桃は胡桃たりえない、そうささやく声が胡桃の身を焦がす。胡桃の正義感は、もはや凡人のそれではない。胡桃は、ただ漫然と”悪い魔物”を見過ごして生きることができない。
魔物は常にエゴにその身を焦がす。
エゴなくして我でなし。それこそが魔物が魔物たる理由にして、力の源だ。
なるほど、その抽選機とやらは優秀だ。胡桃が、断らないということを計算に入れているのだ。
「わかり、ました。」
胡桃はクララの目を見据えて頷いた。覚悟は決めた。あとはやるだけだ。何が起ころうと動じるまい。
「けれど、後悔しないでくださいね。私をメンバーに入れたことを!」
「決まりだ!!では、はじめようか。クロンダイク公暗殺作戦をね」
「はっ?」
覚悟を決めたはずの胡桃は、クララの言った一言にただ目を丸くするしかなかった。
ビーストアナライズ№004
春夏秋冬・クララ
「愛しているとも生徒諸君!!」
ノウンマン
絆:生徒(慈愛)
エゴ:お祭り騒ぎがしたい
プロメテウス国際学園3年生。大胆不敵、豪華絢爛。ただの人間でありながら学園の自治組織、生徒会を率いる生徒会長。序列圏外、人呼んで”欄外個体”。生徒たちを愛していると公言してはばからない派手好きのお祭り女で、何かイベントが起きはしないかと学園中に目を光らせている。
その権力は絶大で学園の経営にさえ携わっているが、基本的に生徒をいじって遊ぶことしか考えていない。
所持アーツ:なし