第23話 黒き死の行軍、赤き贖罪の夜6
ブラックコート。法王庁退魔局13課を中心として教理を超えて団結した世界最大の退魔組織の一つである。彼らの敵は多岐にわたる。人心惑わす悪魔や、邪悪なる吸血鬼たちはいわずもがな、人類にあだなす亜人たち、彼らが異端とみなす魔術結社や宗教組織にそれらが信奉する神々、本質的には魔物である彼らを他の魔物もろともに滅ぼさんとする虚無、そして彼らの信仰する”神”の使いである天使たちでさえ教理に背くのであればその刃を向ける。彼らが戦っていないのは宇宙人だけだ、とさえ囁かれる。
これだけの”敵”がいながら(”敵”をつくりながら)、彼らは歩みを止めることのない。まさしく、人間としてそして宗教の恐ろしさと強さを体現する存在。それが彼ら、ブラックコートだ。
ブラックコートは、組織としての発足は最近ではあるものの、母体となる教会とその退魔組織の歴史は長く、彼らの元には恐るべき力を秘めた魔物絡みの物品、封印指定遺物が数多存在する。
そして、この第十三封印指定遺物保管庫、通称パンドラにはそうした物品のうち、魔物である彼らの手にさえ余るような、それこそ核兵器に匹敵、もしくは凌駕するような危険な封印指定遺物が収められている人工アレナだ。無論、ここを守るのは、ブラックコートの中でも精鋭中の精鋭だ。
だから、そもそも、そこからSOSが発せられた、ということが異常事態なのだ。
そのSOSを受け、偶然パンドラに向かっていた頼光が駆けつけた時には、むせるような血と硝煙の匂いであふれていた。そして、普段は厳かな静謐に満たされたこの場所に、かすかに聞こえる誰かのうめき声がいくつも響いていた。
石畳をカツン、カツンと蹴りながら、頼光は、油断なく周囲に気を配りながら、奥へと進む。ダンピールである頼光には石の壁に包まれた暗がりも苦にならない。途中で、意識のある生存者から聞いた話が本当であるならば、この先に待ち受けているであろう相手にはいくら警戒しても足りぬはずだ。
なにせ、一人でこのパンドラを襲い、ここを守る精鋭たちをもねじ伏せ、何重にも設置された隔壁を突破していったというのだ。
だが、その暴挙こそが、敵の底でもある。裏を返せばこの保管庫そのものに施された多重基底結界――ブラックコートの総力を挙げて生み出された対外敵用の巨大結界――を打ち破れぬがゆえに、強度に劣る保管用の隔壁と防衛戦力を突き破るという正面突破を行ったのだ。
正面突破できるほどの魔物であるが、正面突破するしかない魔物ではある。多重基底結界を打ち破れぬ以上、来た道を戻るしかない。そして敵はなぜかここを守護する番人たちを殺していない。頼光にはすでに相手の気配がつかめているが、相手はおそらく頼光の存在に気づいていない。
ならばこそ、勝機はある。
そも敵の狙いがなんであれ、相手を足止めするか、目的の物を取り戻せばいい頼光と、この後にその目的の物を何かに使わねばならぬ敵では頼光の方が圧倒的に有利だ。
単純に言えば、頼光は別にここで死んでもいいが、相手はそうではない、ということだ。相手も決死の覚悟程度はあろう、だが、頼光は必死の覚悟を持って対峙する。
心残りは、胡桃に別れを言えなかったことであるが、覚悟はしていたことである。頼光はまさしく微塵の余地もなく死ぬる覚悟である。
頼光は聖別化された折り畳み式の弓を展開し、矢をつがえる。この弓と矢で頼光は幾多の戦場を潜り抜け、数多の魔物を仕留めてきた。所詮は吸血鬼の子とそしるものたちを黙らせるために、苛烈な戦場に自ら赴いたことは数知れない。
「(近いな。……これは)」
頼光が近づく匂いに、血が沸き立つ。こいつを今から殺すと思うと頬が緩む。
ああ、これは……
「ははっ、殺してやるぞ吸血鬼!!!!」
「あははっ、殺してあげるわ吸血鬼!!!!」
歓喜に満ちた言葉と殺気が交錯する。
吸血鬼を殺す。それはダンピールの身に刻まれた呪わしき本能の一つ。
殺せ、殺せ、殺せ。
信仰によってその心を縛ろうと。
殺せ、殺せ、殺せ。
鋼鉄によってその身を戒めようと。
吸血鬼を殺せと肉体が語り掛ける。
永遠の生と不滅の肉体を持つ吸血鬼に致命打を与えうるのはその力の源、狙うは心臓のみ。
まさしく必殺の一撃は、だがそれでもお互いに致命傷には至らない。
相手がただの吸血鬼であったなら殺せていただろう。だが、相手はただの吸血鬼ではなかったからだ。
ダンピール(じぶん)ならこう殺す。無意識な己の手の内が、己の命を守った。
だが勝負はあった。
「なぜ俺たちを殺さない?」
頼光が少女を見据える。
「だってほら、後味悪いでしょ。」
それは傲慢か、もしくは欺瞞か。
「ふっ、そうか、だが、忠告はしよう。俺だけは殺していくといい……」
半身を吹き飛ばされた頼光が笑う。
勝負はあった。
そうだ、お互いの一撃は、お互いの命には届いていない。
だが命に届かねば、相手を倒せぬわけではない。それは火力と防御力の差という単純だが残酷な差。それはお互いの武器が弓矢と重火器だったからではない。人類の叡知が信仰の加護に勝ったのでもない。魔物同志の戦いでのそれはエゴの強さの差だ。
この娘は頼光より強い。
そして傲慢も欺瞞も強者には許される。
だが、それをひっくり返すものもある。
もっとも簡単なものはさらなる強さ、個人ではなく組織の強さ。
「俺はその制服を知っている。プロメテウス国際学園の制服だろう。知り合いが見せてくれたことがある。」
「似たような制服かもよ?」
少女が自分の服と、頼光を交互に何度か見比べる。
「俺があいつがあんな笑顔で見せてくれた制服を見忘れるわけがない。」
断言する頼光に少女があきれ気味に言葉を失う。
「ふっ、まぁあいつは美人だからな、なんでも似合うんだが、そういうとなぜか怒るんだ。」
「それは、あなたが悪いわね。」
ため息をつきながら、少女はそれでも頼光を置き去りにする。
「好きにすればいいわ。」
少女は振り返りもせずに歩み去る。
「だけど、まずはその人を学園から助け出した方がいいんじゃないかしらね」
「というわけだ。」
頼光が大方を話し終えた頃には、胡桃は顔から火が出るを通りこして、地獄の釜をも炊き上げようかという有様だった。なにせ、いちいち胡桃への称賛とプチエピソードが挟まれては、鳳瞬やアイネに続きを促されるのである。胡桃の意識は起きてこそいるものの今、体の主導権を握っているのは”ランチャー”であるため、態度にも表情にもそれは出ないのだけが幸いだった。
人間はどうしようもなく他者の評価を求めるものだが、それが身の丈に合わない場合はどうしよくもなくいたたまれない気持ちになるものだと思い知った。この従兄には一切の悪気はないが、それゆえにそれはまさに生き地獄であった。うむ、というか従兄もしやは私の意識が起きている可能性を考慮していないのではなかろうか。
「(だろうな、まぁ血筋だな。)」
”ランチャー”がからかうように、胡桃の意識に話しかける。実際、うかつ、といえばそれだけだが、”ランチャー”などという名前に縛られていなければ、彼と胡桃が、同時に生きられないのは間違ってはいない。他人が口にした蹂躙大帝の言霊とその承認だけで、”ランチャー”、いや”余”は一時的とはいえ胡桃から体の支配を取り戻した。
”余”という自我が覚醒した状態で、胡桃という自我を認めるわけがない、と頼光は考えている、事実、彼が覚醒したときはそうであった。
だがそこにひとつ思い違いがある。彼は支配者で、従うべき道理とは己自身だ。ゆえに道理を受け入れるものは全て許す。覚醒したどちらかが消えるしかないあの時と、ひとまずの共存が成り立っている今では事情が違う。今の胡桃はいうなれば同盟相手といったところだ。
加えていうなら、彼と胡桃の意識が共存しないと思っている頼光の話を胡桃に聞かせるのは、実に愉快なことになるに違いない、という確信もあった。
というか今も意識の奥に潜りこんで耳を閉じようとしている胡桃の自我をわしづかみにして聞かせているのである。いい気味である。そもそも誉めそやされてなぜ困るのかは彼には理解に苦しむが。
そんな胡桃と”ランチャー”の人知れぬ攻防をよそに頼光が、”ランチャー”に言う。
「胡桃が学園の副会長になったと聞いた。貴様もどうせ一枚かんでいるのだろう?俺たちを何とか学園に入れてほしい。」
「(そんなの、ダメに決まってんじゃーん!!)」
「よかろう、容易いことだ。」
胡桃の絶叫をよそに、”ランチャー”は見事に安請け合いしたのであった。
ドミニオンズレポート №001
第十三封印指定遺物保管庫
ブラックコートが封印指定遺物の中でも、地球そのものさえ滅ぼしかねない危険な遺物を保管、隔離するために山脈ひとつを丸々くりぬいて作りだされた保管庫。聖人認定を受けたブラックコートのエージェントたち数百名の秘蹟によって生み出された人工アレナであり、その実態は疑似閉鎖複合ドミニオンともいうべきもの。ひとつひとつの封印指定遺物の保管室そのものがアレナ、つまり疑似ドミニオンとして成立しており、その強度は小さなドミニオン一つ分に相当する。邪なことを考える魔術師などの外敵を排除するための精鋭が配備されてはいるものの、本質的には封印指定遺物、もしくはその影響が内から外へと持ち出されないためのもの。
無論防性ドミニオンとしても一級品でブラックコートが有利になるような小世界律や多数のトラップも配置されているが、さやかはこれを真正面から打ち破っている。




