第20話 黒き死の行軍、赤き贖罪の夜3
「ファイ!オー!」
「ふぁ、ファイ!オー!」
掛け声を上げながら、少女と少年が走る。さて、いかにしてかようなことになったのか、少年、ウラーはいぶかしんだ。
ウラーは己の力の限界を感じていた。ジャンがいなければ、残念だがあの場の全員が死んでいた。まぁ胡桃、というか”あれ”は分からないが。当のジャンは飄々とふるまっていたが見た目以上に消耗していた、というのをジークリンデとウラジミールが言い争っているのを聞いて知った。聞きたかったわけではない。ジークリンデはウラジミールと話すときの声が大きすぎるのだ。だが、聞いてしまった以上、自分の力量不足であったということは認めざるを得ないだろう。
ウラーも自分の力は異能の類である、という認識はある。おそらくだが、この学園での超能力開発に似た手術といった類によって得た物だ。そうでなければ、もっと手足のように使いこなせる、と思う。
先達として、ウラジミールに鍛錬の方法を聞いてはみたのだがが、「困りましたね、私、そちらの努力をしたことがないの」というお答えであった。ならばと、ジークリンデに聞いてみると言う手も考えたのだが、まぁ案の定、死なねば安い程度の電撃による歓迎を受けた。彼女は身内には甘いとも聞くが、ウラジミール陣営だと思われている今どうも敵というカテゴリから抜け出すのは難しいようだった。
さて、結果、ウラジミールの紹介があったのが、この少女、剣崎さやかであった。
この少女は異能者ではない。異能者ではないが、努力の仕方を知っている、だそうだ。
『駆動心音』剣崎さやかは”選ばれし7人”の末席、つまり、学園での序列七位。彼女は凡庸な少女であったという。だが、吸血鬼に襲われ、”怪物”になり果てぬために学園の手術を受けたサイボーグだ。彼女の肉体に人間として残っている物はもうない。抗吸血鬼化ワクチンで抑え込んだ吸血鬼化した部位と、手遅れだったために人工物に代替された部位しかない。
彼女には人間としての心だけが残された。ふつうでありたかったと彼女は笑って言った。その笑顔は果たして人工物なのかどうか、ウラーには判別できなかった。
だが、彼女は、前に進んだのだろう。ジークリンデやウラジミールを見る限り、”選ばれし7人”は超人という言葉では生ぬるい魔人たちである。羽根とやらを1枚手に入れた程度の相手など何なく御するだろう。それはつまり、さやかはその彼女らと同じ地平に立つだけの努力をしたのだ。
だが、まぁいきなりのスポ根には恐れ入ったが。なにせ、話は聞いた、まずは走ろうかである。
「うーし、じゃあ休憩。」
「はぁ、はぁ、はい。」
ウラーが声を荒げて力なく答える。ウラーの身体はほぼ生身だ。ついでにいえばたいして鍛えていないことも身に染みた。
さやかは汗はある程度かいているが涼しい顔だ。吸血鬼はほとんどの肉体ダメージは治癒してしまう、とジャンが言っていたのを思い出す。そもそも吸血鬼の体は鍛錬できるのだろうか?
「うーむ、今なら全国狙えるんだけどなぁ」
「まぁ人間相手なら、ぶっちぎりだな。」
残念そうにつぶやくさやかにウラーが答える。ジャンはそういえば、吸血鬼は生前(あえてこう呼ぶ)の行動を繰り返す習性があると言っていた。ジャンにはそういった習慣はないのか聞いたら、ときどき河とかで泳ぎたくなるね、などと言っていたが、はて、吸血鬼は流水はだめだったのではないだろうか。
つまるところこれは単に彼女の習慣であった可能性が高い。
とはいえ、体を鍛えるという発想は悪くない気はした。健全な肉体に健全な精神は宿るともいう。
「では、気分がさっぱりしたところで話を聞こう。」
聞いていたのではなかったのか。というかやっぱり趣味じゃないか。
「ふーむ、異能者としての力を鍛えたい、か。異能者の力の源は何かというのは知っている?」
「発達した超能力野によって物理法則を捻じ曲げる、とかだったっけ?」
「そう、つまり、気合いよ!!」
「なるほど……」
確かにそうであろう。だが気合いを持ち出す人間はそいつでいろんなものを乗り越えてきた人間だけである。そこには一切の合理性がない。彼女が運がいいだけ、とは思わないが努力が一切苦にならない努力の達人である可能性はある。だとすると、つまるところ、ウラーにはそこまでの才能がない、という結論に落ち着く。それは結局のところ一種の天才だ。
「違った、気の持ちようよ。」
「気の持ちよう?」
「そう、つまり、まずは目的地を決めること。」
「目的地。」
「そして、そこにいくまでに何をするべきかを細かく刻んで考えるのよ。」
「刻んで考える。」
「それで、ちょっとずつちょっとずつハードルを乗り越えていくの。あれよ、忍者の修行ね。」
「忍者の修行。」
「まずは今日の目標を立てて評価!PDCAよ。」
「PDCA。」
「目的を決めないがむしゃらな努力なんて無意味よ。」
「無意味。」
「分かったかしら?」
「……ひとつ聞いていいかな?」
「何かしら」
掌を見つめてオウム返しを繰り返していたウラーだったがふと気になって、さやかに向き直った。
「君は何が目的で”選ばれし7人”に居るんだい?」
さきほど、彼女は目的を決めない努力は無意味だと言った。なら、彼女には、”選ばれし7人”に上り詰めねばならないほどの目的があったはずなのだ。その言葉に対してふふん、と腕組みをして彼女が話し始める。
「買いたい物があったからよ。単純でしょ?で、しかも時間制限付きでね。
”選ばれし7人”にはね、桁外れのお金、というか学園内で使えるPポイントって奴、それががもらえるの。まぁついてくる余計なものも桁外れだけどね。この学園ならPポイントさえ払えば、外で買えないものだって買えるわ。例えば……外にはない未来、とかね。」
さやかはさきほどと変わらずふふっとウラ―に笑った。こんどは”人工物”だと分かる笑いだった。
「でも、まぁもうちょっとかな。もうちょっと頑張れば、私ももう頑張る必要なはなくなるかな。」
遠くを見るようにさやかが目を細める。
その表情に、ウラーは大方の事情を察した。そして、彼女が自分と同じものを抱えているのだと思った。自分がウラジミールに抱いた言い知れぬ感情と同じものを感じているのだと。
もはや人間ではない自分の人間性のすべてになる何か、人間であるための絆を彼女は守ろうとしているのだ。それは一本の蜘蛛の糸にしがみついているように危うい。けれど、自分たちはそれを捨てることができないし、そしてほかの糸はどうあっても同じ太さにはならないと確信がある。
だから、ウラーは剣崎さやかとはきっと、いい友人になれる、と勝手にそう思うことにした。
お互いが落っこちぬぐらいの太さの絆になればよい、と願うことにした。
ビーストアナライズ№012
剣崎さやか
「私は、普通に生きたかったのに」
サイボーグ/ダンピール
絆:剣崎あやか(家族)
エゴ:普通に生きたい。
剣崎さやかは改造吸血鬼である。
プロメテウス国際学園2年生。”選ばれし7人”の末席にその名を連ねる。これといってとりえもない普通の少女であったが、吸血鬼に襲われ、家族は死亡、自分は吸血鬼と化したところを、学園理事長、”全能科学の”フレケンシュタインの手によって、開発中だった機械化による抗吸血鬼化手術を受ける実験体として捕獲され、今に至る。
吸血鬼の力の源である血を生み出す心臓および、吸血鬼化の著しい個所を人工臓器に入れ替え、それ以外の部位には抗吸血鬼ナノマシンを投与。このナノマシンと全身に仕込まれた対吸血鬼用兵装を駆使する科学の生み出した吸血鬼狩りの戦士。すなわち人造のダンピールである。
生身部分が吸血鬼であるため、ただの人間のサイボーグには搭載できない無茶な兵装を使用することも可能であることから特別課外授業では強力な魔物を狩ることより様々な兵装の実験を行うことが多い。また、兵装は換装可能であるため、対応力は高い。
太陽光を集めることで目からビームを放てることと、機械化された右手が、ばねでの射出と内蔵ウィンチでの回収可能なロケットパンチとなっていることが悩み。
あと吸血鬼化とサイボーグ手術でかなり美人になったとは本人の弁。
所持アーツ:《加速装置》《鏖殺のメソッド》《パーフェクトソルジャー》《鮮血の宴》《チェイスバレット》《チェイスブレード》《呪わしき美貌》etc